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「ずっと夫の不満を口にしながら別れようとしなかったり、金銭トラブルに巻き込まれているのにどうしようと言うだけで放置していたり。頭の中がこんがらがってしまい、整理できず、決められない人がすごく増えています」

 そう話すのは、中島心理相談所所長の中島美鈴さん。公認心理師・臨床心理士・心理学博士として日々カウンセリングを行い、認知行動療法にまつわる多数の著書を持つ。

間違えたくないから決断を先延ばし

 カウンセリングに訪れる人の悩みは、結婚や離婚、転職など人生の岐路だけではなく、例えば家電一つ買い替えるのも「決められない」のだという。そこには現代ならではの背景が。

「今の世の中、ネット社会でどんどん選択肢が増えていますよね。いざ情報収集をしようとすると、情報の海に溺れてしまう。それで結局選びきれず、面倒になって挫折してしまう。あと、絶対に失敗したくないから選べない、決められない、という人も。一つに決めてダメなら次の経験に生かそうという余裕がなく、選べないんです」

 選択肢を目の前に、迷いに迷い、袋小路に入り込み、決めずに終わる。けれどそれは問題を先延ばしにしているだけ。放置していたぶん、問題がさらに膨らんでしまうこともある。

 では、どうしたら頭の中を整理して、「決められる人」になれるのか。中島さんが提唱するのが『もじせか』『も問題の明確化』『じ情報収集』『せ選択肢の作成』『か価値判断』の4つのステップだ。

ステップ1『問題の明確化』

 頭の中でモヤモヤさせているだけでなく、「これは問題なのだ」とまずは自覚すること、と中島さん。

「モヤモヤしている人は、一つの問題だけでなく、いくつもの悩みでぐちゃぐちゃになっていることがあります。例えば、夫に対する不満に、嫁姑問題、子どもの悩みもあって、こんがらがっている。

 まずはその中でどれが解決すべき問題なのか整理していく。そこに優先順位をつけ、問題を明確化する。頭の中だけで考えず、書き出してみるとわかりやすいでしょう」

 問題を明確化したら、実際に自分はその問題を解決したいのか、解決するために自分で動くつもりがあるか、問題の解決像がイメージできるかどうかを見極めていく。

「ここで大切なのが、自分が主体になって考えること。家族や身近な人の意見は聞いても、最終的には本人が決める。自分はどうなりたいのか、具体的かつ現実的なゴールを思い描けるといいですね」

『情報収集』『選択肢の作成』『価値判断』

ステップ2『情報収集』

 適切な決断をするためには、情報集めが必須。ただし、やみくもに調べて情報の海に溺れてしまっては意味がない。

「インスタで見かけたとか、誰かが言っていたとか、みなさん聞きかじった情報だけでふわっと悩んでる。資料となる本を読んだり、信頼できる人の意見を聞いたり、正しい情報を集めること。ただし、情報は多ければ多いほどいいというわけではありません。ネットで調べるにしても、信頼できるサイトに絞って検索するといいでしょう」

頭の中だけで考えず、紙に書き出してみると整理ができる ※写真はイメージです

ステップ3『選択肢の作成』

 ステップ2で集めた情報をもとに、決断のための選択肢をつくる。そのために情報を整理する必要があるが、これがなかなか難しい。

まず大枠を決めてから、選択肢を整理することが大切です。例えば海外旅行に行きたいのなら、場所やホテル、予算、日程、人数など大枠を決め、その中から優先順位をつけていくと決めやすいでしょう」

ステップ4『価値判断』

 選択肢を比較する上での基準が明確か。最終的に決定するためには、「自分」と向き合う必要がある。自分が大切にしたいもの、自分が好きなもの・こと・人、将来こうありたいと思う姿を描いてみる。

「例えば転職するにしても、ステップアップしたいのか、人間関係重視なのか、給与重視なのか、休日がたくさん欲しいのか、自分が重きを置く価値によってゴールは変わってくる。これは人に判断してはもらえない。自分の中にある価値に照らし合わせて、この道を進むと決めましょう」

 自分の価値に迷いがちなのが、ミドルライフ・クライシスを迎える中年期。転職、離職、起業と、人生の岐路を迎える時期でもあるが……。

「そうした世代の人こそ自分の価値基準がわかっていないことも。自分で決めてと言うと、自分に向いているかどうかも含めて、本当に何をしたいのかがわからないと言われる方がいます」

まずは進んでみることが大切

 中年期以降になると、仕事には責任が生じ、同居する家族の世話に日々追われ、ふと気づけば自分のことは後回し。自分が本当に好きなもの、大切にしたいものは何だったのか。いつしか自分の価値基準を見失い、突き詰めようとしてもわからない。

「多くの人が頭の中だけで抽象的に考えているんです。そこでおすすめは、これまでの人生の浮き沈みをグラフに書いてみるという方法。幸せだった時期、低迷していた時期と、今までの日々を振り返ってみる。

 そこで、自分はみんなと一緒に何かをするのが好きだったなとか、こういう時間が好きだったなと、自分の方向性が浮き彫りになる。価値判断のヒントが見えてくるかもしれません」

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 自分の価値判断基準がわかれば、ゴールも見え、選択肢もおのずと絞られる。それでも、いざ決める段階になって、本当に良いのだろうか、と迷ったら?

「完璧を求めすぎないこと。決断を放棄して現状を維持していれば、確かに失敗することはないかもしれません。でも、その代わりに本来だったら出会えたかもしれない人や職場、経験や成長、そうした可能性を手放してしまうんです。

“機会損失”という言葉がありますが、決めないという選択はもうそれだけで損失になることも。決断し、まず進んでみることが大切です」

お話を伺ったのは─中島 美鈴さん
臨床心理士・公認心理師。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学、福岡大学などの勤務を経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて学術協力研究員。心理学博士(九州大学)で、ADHDの認知行動療法と時間管理を専門とする。
『マンガで挑戦 とっちらかった頭の中を整理して決められる人になる』(主婦の友社)

取材・文/小野寺悦子