
50代のとき、指がパンパンに腫れ、「何かな?」と思っていたら膠原病の一種、シェーグレン症候群と診断を受けた石川さん。その後もさまざまな病に襲われながらも、前向きに闘病を続けている。石川さんの笑顔とバイタリティーの源とは―。
医師も前例がない症状だと困惑
「今、抱えている病気を挙げたらキリがありませんね!」
そう明るく話す歌手の石川ひとみさんからは、病の影はまるで感じられない。でも、そのハツラツとした笑顔の裏には、さまざまな病気や苦痛との闘いが隠れている。
2012年には膠原病の一種「シェーグレン症候群」が見つかり、現在も闘病中と公表した石川さん。指定難病に認定される自己免疫疾患で、全身の倦怠感のほか、目や口が渇くドライアイやドライマウスといった症状に苦しめられている。
「ドライアイは目薬でどうにかなりますが、しょっちゅう口が渇くので、こまめな水分補給が欠かせません。ステージ上でも、とにかく水を飲むので、ファンの方に心配されるほど。それに唾液がうまく分泌されないと、虫歯や歯周病のリスクもすごく高いそうなんです。ほかにも胃のむかつきなど、いろいろな不調に悩まされています」(石川さん、以下同)
40代では変形性股関節症が悪化。座れないほどの激痛に襲われ、3年前に人工股関節の手術を受けた。
「このときのリハビリが本当に大変で。経過は良いのに突然、痛みが戻ってくる。でも検査しても異常はないし、お医者さんも前例がない症状だと困惑していました」
定期的に行っていた肝臓のエコー検査で、腎臓に石が見つかったことも。石川さんによると、ここ何年かは痛みはないものの、腎臓結石による痛みは別格だという。
「いつも身体のどこかに痛みが出ているので、“痛み慣れ”してしまったかも(笑)。今、特にキツいのが左足の痛み。おそらく2023年に見つかった骨盤内の腫瘍『神経鞘腫』の影響じゃないかと。長年、左のふくらはぎの外側から足の甲にかけて鈍痛があるんです」
「神経鞘腫」とは、神経を取り巻く細胞から発生する良性の腫瘍のこと。あらゆる神経に発生する可能性があるが、今のところ明確な原因はわかっていない。
石川さんの場合、場所的に手術が難しく、医師と相談の上、経過観察となっている。
「ほかにも喘息やメニエール病もあって、薬が手放せません。慢性的なめまいに片頭痛……。どの病気の症状なのかもわからないので、“不調が通常”のような状態ではありますね」
石川さんによると、実はシェーグレン症候群など、日頃の通院をきっかけに偶然、判明した病気も多い。
「10年以上前、突然、手の指がパンパンに腫れたんですが、何科に行けばいいのかわからなくて。当時、B型肝炎の治療で通院していた病院の総合診療科を受診してやっとわかったんです」
少しでも違和感があれば病院へ
実はこのとき、最初のうち手のしびれや、指先が真っ白になる症状が現れていた。
「あのときの症状が膠原病の症状のひとつだったと、あとでわかりました。当時はそんなこと全く知らなかったし、すぐに症状も治まったのでそのままにしておいたんです」

ほかにも、いくつかの偶然に救われた面は多い。
人工股関節置換術のあとには、検査で血中カルシウム濃度が高くなっているのがわかり、内分泌内科の専門医に診察してもらったところ、副甲状腺の腫瘍が見つかっている。幸い、良性で数値も正常値に戻ったので、現在は経過観察中だ。
「私の場合、たまたま通院や定期検査で病気に気づけましたが、年齢を重ねると、何か不調があっても加齢のせいにして我慢したり、放置しがち。でも、病気の可能性もあるし、原因がわかれば治療や対処ができます。少しでも変化や違和感があれば、悪化する前に病院に行ったほうがいいと思うんです」
石川さんの闘病の始まりは1987年、まだ27歳のとき。母子感染のキャリア(持続感染)で発症したB型肝炎だった。
高校卒業後、名古屋から夢いっぱいで上京し1978年にデビュー。3年後『まちぶせ』で一躍人気アイドルに。そして初めてミュージカルの主演を務めることになった石川さんをB型肝炎が襲った。
異常な倦怠感に疲労感、脱力感、無力感─。最初は自分の甘えだと思っていたが、ついにめまいで倒れ、病院で検査を受けて判明した。決まっていたミュージカルは降板。順風満帆だった石川さんは、たちまち絶望の底に突き落とされた。
完治しない病気と闘う石川さんを支えたのは、周囲への「愛」と「感謝」だった。
「最初は『なんで私が……』と病気を憎んだし、将来に希望なんて持てませんでした。でも、病気を機に、周囲に支えられている、助けられていることを改めて実感できたんです。自分だけの命ではないので、大事にしようと心に決めました。誤解を恐れずに言うと、B型肝炎の経験は、私の人生にとって貴重な出来事だったと思っています」
その後、偏見や差別に苦しんだ自身の経験を生かし、正しい知識を広めるための講演会を行うなど、積極的に活動する。
「みんなに支えられている命ですから、私がやっていることが誰かのためになったり、勇気づけられたらうれしいですね。そのためにできる限りの努力はしていきたい」
石川さんが抱えている病気は、ほとんどが完治せず、一生付き合っていかなければいけないものばかり。20代の若さで大病を経験し、以後、さまざまな病と対峙してきたからこそ、病気とうまく付き合っていく方法を心得ている。
「まずは病気を『ちゃんと受け入れる』ことが大切だと思います。自分に起きた現実を全部受け止めて、初めて消化できるようになると思っています」
そんな石川さんは、自らを「模範患者」と言うほど、病気とまじめに向き合う。
「私はB型肝炎になったころから、200%まじめに治療に励んできました。薬の服用を忘れたことはないし、どうしたら身体をいちばん良い状態にできるのかいつも考えています」
何があっても前向きに
それほどまでに前向きになれる理由は“熱中できるもの”があるからだ。
「私は昔から歌が大好きで、少しでも多くステージに立ちたかった。歌うために、そして気持ち良く生きるために、何事も積極的な見方をするよう努力しています」

“生きる”を存分に楽しむ石川さんの目標は、「心の豊かさ」を磨くことだと教えてくれた。
「本当の『豊かさ』って、思いやりとか優しさ、そして現実を捉えられる心の広さだと思うんです。私に起こった病気は、望んだわけでも予期していたわけでもありません。人生が計画どおりにいくことなんてほとんどない。捉え方次第でプラスにもマイナスにもなります。だったら、何があっても前向きに考えていたほうがいいですよ」
長い間病気と闘い、数えきれない苦しみや悲しみと向き合ってきたからこそ、たどり着いた“本当の豊かさ”。石川さんのエネルギーに満ちた歌声は、今後も多くの人を励まし、勇気づけるだろう。
取材・文/オフィス三銃士(小山御耀子)
いしかわ・ひとみ 1959年、愛知県名古屋市生まれ。'78年に『右向け右』で歌手デビューし、3年後に大ヒット曲『まちぶせ』で『NHK紅白歌合戦』に初出場する。'87年にB型肝炎で入院。現在は歌手を中心に幅広い分野で活躍中。11月24日には毎年恒例の秋のコンサートが東京FMホールで開催される。