池脇千鶴

 朝ドラ「ばけばけ」での変貌ぶりが、大きな話題を呼んでいる池脇千鶴(43)。ふっくらした顔や、娘を抱きしめる手などからは、確かに43歳になった年齢が感じられる。筆者は20代の頃にインタビューをしたことがあるが、当時から感じたのは、こだわりを持って出演作を選んでいるということだった。

華々しいデビューを飾っていた池脇千鶴

ASAYAN出身の池脇千鶴

 彼女のデビューは1997年。『ASAYAN』のオーディションで、『三井のリハウス』CMの第8代リハウスガールに選出された。過去に宮沢りえや一色紗英らが出演していた枠で、華々しいデビューだったといえよう。

 2001~02年には朝ドラ『ほんまもん』のヒロインを射止め、そこから先は民放の連ドラ主演が続く王道の人気女優街道を進むものと、誰もが思っていた。しかしそうした仕事は『太陽の季節』など数作で、次第に連ドラのレギュラーからは距離を置くようになる。

 2003年に主演した映画『ジョゼと虎と魚たち』の試写を見て驚いた。彼女がヌードをさらし、ベッドシーンを演じていたからだ。まだ朝ドラの2年後で、22歳の若さだったのだから、その衝撃は想像していただけるだろう。

 その時に雑誌でインタビューをさせてもらうと、最初はアイドル的なやりたくない仕事が来ることもあり、きちんと考えて受けるか受けないか返事をするようになったと話していた。「とてもぜいたくだけど、今のままの自分のペースや選択基準で仕事をしていきたい。もしできるなら、もっと映画をやっていきたい」と話していた。

 民放の連ドラは時間に追われるように収録し、視聴率が振るわなければ台本も大きく変わるような慌ただしい世界だ。そうした環境でなく、きちんと監督と意見を交わしながら、じっくり納得のいく作品作りをしたいという強い思いが感じられた。

 ただ当時は日本映画冬の時代で、今みたいに低予算の映画がたくさん作れる時代ではなかった。「ぜいたくだけど」「できるなら」といった発言に、思慮深さが表れていた。「胸張って個人で生きていくのが好き。人の責任とかでなく、自分で選択していきたい」と話す様子には年齢に似合わぬ潔さも感じられた。

 その後は言った通り、年に数本ずつ、主演にこだわらずに映画に出演していく。ドラマはNHKや単発ドラマを中心にして、2008年の次は11年、12年の次は16年と間の空くこともあった。自身のことを、見られるのがレアな「ツチノコ女優」と称するほどだった。

 そして17年の次に、21年に主演したドラマ『その女、ジルバ』が、ネットをざわつかせた。

 筆者も正直、『その女、ジルバ』の番宣写真を見た時は、わざとメイクを濃くしているのかと思った。だがドラマを見て、自然に年を重ねているのだとわかった。同作は地味な倉庫勤務の中年女性が、高齢者バーに居場所を見つけていく物語で、深夜枠ながら好評を博した。

 これで再脚光を浴びたから、メディアへの露出が増えるのかと思いきや、そうはならないのが池脇ならではだ。

ネット民が騒ぐ変貌ぶり

 次に民放のドラマに登場したのは24年の『アンメット』へのゲスト出演で、患者の母親役で、今度は明らかにふくよかになって登場し、「え、誰?」とネット民は大騒ぎとなった。続く25年の「秘密」では少女趣味の衣装に身を包んだ殺人犯として、狂気を感じさせる演技を披露していた。

 そして今回の『ばけばけ』である。

 近年は1話だけの登板などが続いていたので、まさか半年スパンの朝ドラとは想像していなかったが、きちんと稽古やリハを重ね、収録していく朝ドラは、彼女の希望通りの現場なのだろう。

 そして主人公・トキ(高石あかり)の母親・フミ役として、たおやかで包容力のある女性を生き生きと演じているように見える。

 そもそも、若い頃は美人女優として名高く、中年になって体形が変わった女優はこれまでにも大勢いるし、それは人間だから避けられないことだ。ただ彼女たちは、もっと頻繁にメディアに出続けていて、徐々に変わっていったので、誰もあまり変化に気づかずにいた。しかし池脇は数年に一度顔を出すため、余計に視聴者に驚きを持たれたのかもしれない。

 けれど今回は、朝ドラという国民的枠で、現在の姿が日本全国に広く認知された。これからは、可愛らしい母親役として多くの声がかかるだろうし、そんな彼女の活躍を私も期待したい。

 けれども彼女のことだから、『ばけばけ』が終わったら、また少し期間を空けるのか…?

 まあ、今からそれを心配するよりは、ともかくは『ばけばけ』を堪能したい。まだ物語は始まったばかりなのだから。

古沢保。フリーライター、コラムニスト。'71年東京生まれ。『3年B組金八先生卒業アルバム』『オフィシャルガイドブック相棒』『ヤンキー母校に帰るノベライズ』『IQサプリシリーズ』など、テレビ関連書籍を多数手がけ、雑誌などにテレビコラムを執筆。テレビ番組制作にも携わる。好きな番組は地味にヒットする堅実派。街歩き関連の執筆も多く、著書に『風景印ミュージアム』など。歴史散歩の会も主宰している。