
大阪市内全域が路上喫煙禁止となってから約8か月、府内の飲食店での喫煙規制が強化されて約半年の現状をお伝えするこの企画、【前編】では、急進的な受動喫煙防止政策の裏で「正直者がバカを見る」状況が生まれている大阪の現状を、飲食業界の悲痛な声とともにお伝えした。市民や事業者から喫煙所の増設を求める切実な声が上がり続ける中、大阪市はついに重い腰を上げた。
9月19日、大阪市は『路上喫煙対策の実効性の向上に向けた実態把握・検証について 〜中間とりまとめ〜』を発表し、新たに対策の優先度が高い15のエリアを選定、喫煙所の整備を進める方針を明らかにした。
路上喫煙の禁止は街の美化に貢献するはずだったが、【前編】でも触れた通り、受け皿の整備が全く追いついていない現状が、かえってポイ捨ての増加や、市民間での密告・不信感を生むという皮肉な結果を招いている。この15か所という「追加策」は、そうした市民の不満を解消する第一歩となるのだろうか。その内実を知れば知るほど、市民感覚との大きな乖離(かいり)が浮かび上がってくる。
市議会を突き動かした「切実な陳情の山」
今回の「中間とりまとめ」は、もともと路上喫煙が禁止された今年1月当初から実施後の課題の把握として予定されていたものだが、それを待たずして市民や事業者からの切実な声は殺到していた。大阪市議会に提出された陳情書の数からも、その深刻さが窺える。
この中間とりまとめが議論された大阪市議会では、大阪駅周辺の公衆喫煙所整備を求める陳情や、西九条駅・弁天町駅など、具体的な場所を指定した喫煙所整備の要望が多数寄せられていたのだ。市民の生活に直結する喫煙所の不足は、もはや無視できない社会問題となっていたのである。
市が今回発表した選定プロセスは、この市民の不満に応えるための「重い腰上げ」のように見えたが、その選定基準については疑問が残る。
15か所増設も…大阪駅やミナミはなぜか対象外
市はまず、「路上喫煙の実態を確認する調査対象エリア」を、下記の3つの条件から洗い出した。
【1】乗降客数(1万人以上)の駅周辺において、半径300m圏内に指定喫煙所もしくは、誰でも利用可能な情報提供喫煙所がないエリア(46エリア)
【2】過去に喫煙所の整備を検討したが、実現に至らなかった候補地(66エリア)
【3】寄せられた広聴を分析し、調査が必要としたエリア(172エリア)
その結果、現地調査などを経て、市は「路上喫煙対策が必要なエリア」として、49エリアを選定。さらに、各区役所も独自に14エリアを選定し、合計63エリアを特定したという。
しかし、市は63エリアすべてではなく、その中からさらに「特に対策の優先度が高い」とする15エリアを絞り込んだのである。前述の通り、調査対象エリアが46+66+172の合計284エリアだったことを考えると“狭き門”だったことが感じられる。
その最優先の選定条件とは、63エリアの中でも「周辺に誰でも無償で利用できる喫煙所が確保できていないエリア」であること。そして人流やポイ捨ての状況などを勘案したものだという。
この選別基準には多くの疑問がある。まず、1日の乗降客数が約34万人(2022年)にのぼる大阪の玄関口・大阪駅周辺が入っていない。また、「タバコのポイ捨てが全国の繁華街で最も多い」と民間調査で判明しているなんば駅周辺(ミナミ)といった、誰もが必要性を感じるであろう場所が含まれていなかったからだ。
前編で紹介した飲食組合の調査結果によれば、大阪ミナミの繁華街ではポイ捨てごみの数が突出して多いことが明らかになっている。街の美化とマナー向上を目的とするならば、最も問題が深刻なエリアを最優先で対策するのが道理だろう。
「あるけど足りていない」という発想の欠如と、数字の矛盾
では、なぜ大阪駅やなんば駅周辺が外されたのか。その理由は、前述の選定基準にある。
週刊女性PRIMEの取材に対し、大阪市は次のように回答している。
「15箇所の選定エリアについては、63エリアの中でも、『周辺に誰でも無償で利用できる喫煙所が確保できていないエリア』のうち、特に人流、路上喫煙やポイ捨ての状況を勘案し、『特に対策の優先度が高いエリア』として選定し、令和7年度内での喫煙所の早期確保を図ることとしたものです」
つまり、なんば駅周辺(ミナミ)には、たとえ数が圧倒的に不足していたとしても、既存の指定喫煙所が”すでに存在する”ため、「周辺に喫煙所が確保できていない」という最優先の条件に当てはまらず、今回の15エリアからは除外されたのだ。一方、同じく選定から漏れた大阪駅周辺は、市の資料では喫煙所が「無」とされているものの、人流やポイ捨ての状況など、他の要件が基準を満たさなかったため、15エリアから外れたと見られる。

9月25日の大阪市議会でも、この点は厳しく追及された。ある議員が「なんばエリアがなぜ選定されていないのか」と質問したのに対し、市の担当者は「なんばエリアにおきましては、エリア内に指定喫煙所が存在するため、特に対策の優先度が高いエリアの15エリアとしては選定しておりません」と答弁している。
これは、市民感覚からすれば本末転倒と言わざるを得ない。問題の深刻さは「喫煙所があるかないか」ではなく、「需要に対して供給が追いついているか」で判断されるべきだろう。
市の算定ロジックには、さらに矛盾が潜んでいる。
市は、人流データと市の喫煙率から「推定喫煙者数」を割り出し、1日平均2,300人を超えるエリアを抽出基準の一つとしている。ここで重要となるのが、大阪市が当初の喫煙所整備の目標を140か所と設定し(前編参照)、現時点では市内の誰でも利用できる喫煙所が約395か所(市設置・民間含む)に達しているという事実だ。ただし、この395か所という数字も、約4割の140か所がパチンコ店内の喫煙所であり、既に「利用しずらい」という声がさんざん上がっている。
市は、この395か所という数字を根拠に「必要な数は確保できている」という立場を崩していない。そして、選定基準に用いる「2,300人/日」という数値も、中間とりまとめ本紙の注釈によれば、「喫煙所の設置必要数(当初120か所と算定。民間の既存喫煙所の改修による一般開放20か所を加え市の目標は140か所に)の算定に用いた、喫煙所利用可能数」をベースにしているという(注)。つまり、これは過去に「120か所の設置で十分」とするために利用を前提として想定された人数であり、現在の利用実態やポイ捨ての深刻度を反映した数字ではないのだ。
行政は、市民の利便性向上や喫煙環境の実態ではなく、過去に定めた目標値ありきで算出された数字を判断基準に使っている。今回の追加措置は、あくまで「喫煙所はあるが、喫煙マナーの悪い人のために仕方なく追加で作ってあげます」といった、極めて腰の引けた姿勢の表れだと言えるだろう。そこには、現場が感じている「すでにあるが、全く足りていない」という発想が決定的に抜け落ちている。
万博の「負のレガシー」となりかねない中途半端な対策

今回選ばれなかった、喫煙所対策が必要とされる残りの48エリアはどうなるのか。
大阪市は、週刊女性PRIMEの説明に対し「検証の中間とりまとめで公表した63エリアについては、年末頃の最終とりまとめに向けて、具体的な対策を検討しているところです。最終とりまとめ結果を踏まえ、15エリア以外についても、令和8年度以降に必要な対策を講じていきます」と説明している。
しかし、万博開催直後の来年度(令和8年度)以降の喫煙所設置に関わる予算が確保されるかについて、市は「予算編成の過程であるため、現時点ではお答えできかねます」と慎重な回答に終始した。
大阪・関西万博は閉幕したが、万博の準備期間から継続した課題であったはずの喫煙所の増設に対し、来年度の予算すら確約できないという対応は、スピード感を欠いていると言わざるを得ない。
大阪市は市内全域の路上喫煙を禁止にするという「厳しい規制」を断行した。であれば、それに伴う「受け皿の整備」は、街の美化を守る行政が責任を持って果たすべき責務である。その責務を数字上のつじつま合わせで回避し、「マナーが悪いから仕方なく追加」という姿勢で臨む限り、この問題が解決することはないだろう。
大阪・関西万博(10月13日に閉幕)を見据えて実行に移した市内全域の路上喫煙禁止だが、市民の不満とポイ捨てによる景観の悪化をもたらしたのなら、すでに「万博の負のレガシー」と言えるのかもしれない。
市民が、そして事業者が求めているのは、数字上の達成感やアリバイ作りではない。喫煙者と非喫煙者が真に共存できる環境を、行政が「喫煙所の不足は行政の責任」として責任感を持って整備することではないだろうか。
週刊女性PRIMEの取材に対し、「本市としては、路上喫煙のない、美しいまちの実現をめざして路上喫煙対策を進めています。(中略)最終とりまとめに向けて、万博閉幕後の動向を確認するため定点調査等を実施するとともに、地域の実情に精通した各区役所とも連携し、それぞれのエリアの状況を踏まえながら、路上喫煙をなくしていくために必要な対策について検討を進めていきます」とも回答した大阪市。15か所追加設置以後もスピード感を持って対応にあたることが求められている。
注…13㎡の大阪市堂島公園喫煙所は定員11名。1回あたりの喫煙時間を4分とし、1日14時間供用した場合、同規模の喫煙所で、14×60÷4×11=2310なので1日延べ2310人利用できるという計算。