春山記念病院

 眠らない街、そして東洋一の歓楽街ともいわれる新宿・歌舞伎町。その程近くに存在する春山記念病院。どんな急患も断らないという救急外来の責任者である藤川翼先生が語る、ドラマよりエキサイティングな実態とは?

患者の不安を取り除きたい

 2024年に放送されたテレビドラマ『新宿野戦病院』(フジテレビ系)のモデルといわれる病院がある。東京都新宿区にある春山記念病院は、一般病床39床、回復期リハビリテーション病棟60床、計99床と決して大きくはない。

 しかし、'24年度の救急搬送件数は約8000台。月平均に換算すると約660台、1日に20台以上の救急車が到着する、まさに“戦場”さながらの病院だ。

 もちろん、春山記念病院はいたって普通の病院なのだが、同病院が突出している点は、「救急外来」に力を入れていることだ。

「救急外来」とは、直ちに治療が必要である患者を夜間や休日はもちろん、平日の日中も含めて“時間を選ばず”受け入れる外来である。飛び込みで来院する“直来”や救急車搬送などに対応し、地域の安心を支える緊急医療の最前線を担っている。

 深夜や休日に猛烈な腹痛に襲われた─そんなときに私たちを診察してくれるのが、病院の「救急外来」なのだ。

患者さんは、不安に襲われている。しかし、『病院に行ける』ことがわかれば安心してもらえる。われわれは、その不安を取り除きたい

 そう語るのは、春山記念病院の副院長・藤川翼先生。救急部門の統括責任者であり、

「新宿の守り神」とも称される救急医だ。大げさに聞こえるかもしれないが、そう呼ばれるのにはワケがある。一般的な病院は、時間外・休日は当直体制で、内科や外科の医師が待機する。

 仮に骨折の疑いのある患者を救急搬送するとなると、整形外科の当直医がいる病院を探さなければならない。しかし、整形外科が当直医でいるとは限らないため、搬送先が決まらず、病院を探し続ける“たらい回し”と呼ばれる状態になることも珍しくない。

 春山記念病院には、藤川先生をはじめ“救急医”と呼ばれる「救急外来」専門の医師がいるため、そうした事態を防ぐ“守護神”というわけだ。

「搬送先が決まらないと救急隊も不安なんです」と藤川先生が言うように、春山記念病院は患者と救急隊の不安を緩和させるため、「断らない」ことをモットーにしている。

「もちろん、すべての疾患を自院で完結できるわけではありません。春山記念病院は、主に外傷系の対応に強い病院ですから、産婦人科などの患者さんにはできることが限られます。

 ですが、CTなどの画像検査を行うことはできますから、他の専門病院へ適切につなぐ“ハブ”としての役割は果たせます。正確な診断情報があれば、転送先の専門病院も受け入れやすくなる。“ファーストタッチ”を行うことが大切なんです」(藤川先生、以下同)

救急医だった父親の影響も

 多忙ではあるが、「仕事の中に楽しさを見いだすことも忘れたくない」。そう言って藤川先生は笑う。なぜ救急医を目指したのだろうか。

春山記念病院副院長の藤川翼先生

父が救急医だったので、その影響もあると思います。出身校でもある東京医科大学病院の救命救急センターでキャリアをスタートしました。実際に始めてみると、イレギュラーでさまざまな患者さんが来院する救急外来が、自分の感覚に合っていた

 近隣にあることもあり、東京医科大学病院勤務中から春山記念病院を手伝うように。しかし、新型コロナウイルスが流行すると、未知のウイルスゆえに春山記念病院も救急患者の受け入れを制限。

 激減した救急患者数を見て「再び救急患者を受け入れることで病院を盛り上げたかった」。急患を断らないのが、春山記念病院の伝統だと声を弾ませる。

 転倒した高齢者、熱中症患者、諍いでのケガ……。さまざまな症状の患者が来院するが、同病院は新宿という土地柄、飲酒がらみの事故やケガが多いのも特徴だ。

「23時くらいを境に増える」と藤川先生が話すように、終電が近くなるにつれ、酔った勢いで転倒したり、急性アルコール中毒で倒れた人などが増えるという。泥酔者の対応はかなり大変では? そう藤川先生に尋ねると「いろんな人がいますね。でも、もう慣れたんで」と、事もなげに一笑する。

 救急車が横づけできる救急外来は1室、ベッドは2床のみ。時には救急車が4~5台、縦列することもある。

車内で待機させるのではなく、患者さんを院内に誘導し、廊下などのスペースも活用して、バイタル測定や問診を同時並行で進めていきます。救急医だけではなく、看護師や事務スタッフあっての救急体制です

 その目まぐるしさを見ると、『新宿野戦病院』のモデルというのも合点がいく。同作の脚本を務めた宮藤官九郎さんは、もともと救急医の日常に興味を持っていたそうで、人を介して藤川先生にたどり着いた。

 先生は宮藤さんに、実際に起きた出来事や、現場で働く思いなどを話したそうだ。時には、23区外からも救急車がやってくる。春山記念病院は、まさしく「最後の砦」なのだ。

ここで働いたら、どこの病院でも対応できるのではないか

昨今はインバウンドの患者さんも増えました。日中の時間帯であれば、英語や中国語に対応できるスタッフがいるのですが、救急外来にはいない。そのため、時にはGoogle翻訳を片手にコミュニケーションを取りながら診療することもあります

写真はイメージです

 中には、何語を話しているのかわからないケースもあるというが「本当に大変なのは救急隊」だと藤川先生は語る。

「僕たち(病院スタッフ)はどういう症状か、どんな人なのかということがわかったうえで対応することができますが、救急隊は何もわからない状況で現場に到着する。そこで得た一次情報があるから、僕らは対応できる。

 救急隊は、倒れている人の身分証を確認したり、興奮している患者をなだめたりと、医療行為以前の気苦労も絶えません。救急隊員あっての救急外来でもあるんです

 緊急性のない救急要請もあるため、救急車を有料化したほうがいいという声も少なくない。だが、「日本人は我慢強いため、有料にすると本来呼ぶべき患者さんが我慢をしてしまう可能性がある」と藤川先生が危惧するように、極端な強弁は控えるべきだろう。

 昨年12月29日の春山記念病院の救急患者受け入れ数は、救急車45台、直来42人、計87人に及んだという。同病院が頼られている証左である反面、それだけ疲弊も増していく。

他の病院でも、もっと救急外来の対応を増やしてほしいという思いはあります。ですが、追加報酬があるわけではないので、積極的になれない気持ちもわかるんです。僕らは、異常に高いモチベーションだけで救急外来の対応をしている変わり者ともいえる(笑)。

 ですが、今後は診療看護師(NP/ナース・プラクティショナー)の数を増やすなどして、救急医療体制の強化を図っていかないといけない局面を迎えていると思います」

 テレビドラマ『ザ・トラベルナース』(テレビ朝日系)で、その存在が知られるようになった「診療看護師」は、医師と看護師の中間的な立場で、より専門的な処置を行うことができる。

 だが、日本ではまだ800人程度しかおらず、数は足りていない。こうした人材を育成し、包括的に医療体制を強固にしていくことが望ましいと藤川先生は提唱する。

「そのうえで、われわれは不安を取り除き続ける存在でありたい。救急医だけが取り上げられがちですが、スタッフみんながすごいんですよ。すさまじい数の患者さんを、看護師はたった2人で対応し、事務スタッフは休日もサポートしてくれます。

 ここで働いたら、どこの病院でも対応できるのではないかと思うほど(笑)。春山記念病院が、“野戦病院”のように機能しているのは、決して私1人の力によるものではありません

 医師、看護師、事務スタッフ、そして救急隊。医療に関わるすべての人々がいるからこそ、今日も「守り神」でい続けられる。

取材・文/我妻弘崇 

藤川翼先生 春山記念病院副院長。2013年、東京医科大学卒。東京医科大学病院救命救急センター勤務後、2023年から春山記念病院救急科勤務。日本救急医学会専門医。東京DMAT隊員。