大学在学中に、『いなくなった私へ』で「このミステリーがすごい!」大賞・優秀賞を受賞して以来、深い心理描写や巧みな伏線回収などで、多くの読者の心をつかんでいるミステリー作家の辻堂ゆめさん。
20個ほどの候補を考えて、ニュースを絞り込んでいった
最新作『今日未明』は、新聞の片隅にしか載らない小さな事件の真相を描く、5編の物語が収められた短編集だ。
「どの作品も、初めに短いニュース記事があり、その後に事件関係者の日常生活の描写が続いて、ミステリーとしての真相が明かされるという構成になっています。同じ構成をとってはいるものの、それぞれの作品は登場人物やテーマがいい意味でバラけているので、結末もさまざまなものになっています」
プロローグに続く冒頭の一編『夕焼け空と三輪車』は次のような見出しから始まる。
─住宅で血を流した男性死亡 別居の息子を逮捕─
「5編すべてに共通しているのですが、読者の方が『どこかで聞いたことがある』と思えるようなニュースを取り上げたいと思ったんです。実際の記事や記憶を頼りに20個ほどの候補を考えて、ニュースを絞り込んでいきました」
この作品には、70代の両親と40歳のひきこもりの息子が登場する。
「20~30年前は、若い人がひきこもりになるというイメージがあったと思うんです。その方々が年齢を重ね、現在は80代の親が50代の子どもの生活を支える“8050問題”という言葉もあるように、40代、50代のひきこもりの方が多いといわれています。こうした時代の空気感も描きたいと思い、登場人物の年齢を設定しました」
─マンション女児転落死 母親の交際相手を緊急逮捕─の見出しで始まる『そびえる塔と街明かり』は、5編の中でいちばん、せつない読後感の物語かもしれない。
「私は今、5歳、3歳、1歳の子どもを育てています。子どもって、大人には想像し難い思考回路で物事を考えたりするんですよね。親としては子どもが危険な目にあわないようにと、日々教えているつもりなのですが、変な解釈をして危ないことをしてしまうのではないかという怖さを感じるときもあります。そうした想いがストーリー展開に反映されたように思います」
5編の中で最もよく見聞きするニュースを題材にしているのが、高齢者の交通事故のてんまつを描いた『まだ見ぬ海と青い山』だ。
救いはない話
「つい最近も、90代の方が高速道路を逆走したニュース記事を読みました。記事の中で息子さんが『危ないと思いつつも、車が必須の地域に住んでいるので注意することができず後悔している』といったコメントをなさっていたんです。作品の中でも触れていますが、免許を返納してタクシーを使う生活に変えるのは経済的に厳しいものがありますし、難しい問題だと思います」
─男子中学生がはねられ死亡 運転の七十五歳の女性を逮捕─の見出しにあるように、本編の登場人物は75歳の女性と男子中学生。女性は親切心から男子中学生と親しくなり、やがて思わぬ事態に発展する。
「親切にすることがトラブルにつながることってあるんですよね。子育てをしているせいか、最近、SNSで放置子に関する書き込みが流れてくるんです。親御さんに十分にお世話をしてもらえない子を気の毒に思って家に上げたら、毎日家に来たり、勝手にお菓子を食べたりするようになったりと困ったことになっているみたいで……。自分が当事者だったらどうするだろうかと、答えが出ないことを延々と考えることがあります」
最終話の『四角い窓と室外機』では、高齢夫婦が熱中症で死亡したニュースが取り上げられている。5つの物語の中でも、辻堂さんが特に思い入れがある作品だそうだ。
「ほかの4編と同じく、救いはないお話だと思います。ただ、主人公は長年抱えていた疑問が解決して心が落ち着き、納得のいく人生の選択をすることができました。ですから、5編の中では、いちばん救いを持たせた終わり方になったような気がしているんです」
死亡した高齢夫婦は、亡くなった息子の妻とともに暮らしていた。
「この作品は、連城三紀彦先生の直木賞受賞作の短編集『恋文』に収録されている『紅き唇』からヒントを得ました。『紅き唇』は、妻を亡くした主人公の男性が義理の母と一緒に暮らすお話です。私も微妙な関係性の家族の様子を描いてみたいと思い、この作品で挑戦してみました」
単行本化の作業中、辻堂さんは時代の変化に直面した瞬間があったという。
違うタイプの作品も書きたいと思い執筆
「3編目の『ジャングルジムとチューリップ』は2023年の作品で、妻に協力的な夫が出産費用を半分出すというくだりを書いていたんです。でも、最近はSNSなどで“出産費用は男が全額出すべき”という議論が巻き起こっていますし、全額負担しないと、今ではできる夫にはなり得ないということに気づきました。この2年の間でこうした価値観の変化があることに驚き、単行本化にあたって修正しました」
『今日未明』はデビュー10周年の記念作品でもある。
「10年間小説を書き続ける中で、読者の方に“辻堂の作品は大団円で終わるに違いない”と思われているような感覚があったんです。ミステリー作家としては違うタイプの作品も書きたいと思い、『今日未明』を執筆しました。事件の裏にある人間の奥深さや人生のままならなさなどをつぶさに書いたつもりなので、そうした部分にも思いを巡らせながら読んでいただけたらうれしいです」
最近の辻堂さん
「最近、パン屋さんでパンの耳がぎゅうぎゅうに袋に詰まって30円で売られているのを見て即買いしたんです。小さい部分は離乳食に使い、大きな部分は3歳と5歳の子と一緒に食べました。パン屋さんのパンの耳はおいしくて、子どもたちに『ママ、これ高いんでしょ?』と聞かれたくらい(笑)。30円のパンの耳、ありがたかったです」
取材・文/熊谷あづさ
辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)/1992年、神奈川県生まれ。2015年、第13回「このミステリーがすごい!」大賞・優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞受賞および第75回日本推理作家協会賞候補、『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補。2022年『卒業タイムリミット』がNHK総合で連続ドラマ化。著書に『山ぎは少し明かりて』『ダブルマザー』などがある。

