WHOは、緊急避妊薬へのアクセスを人権問題として捉えている(写真はイメージです)

 10月20日、厚生労働省は緊急避妊薬「ノルレボ」の市販化を承認した。緊急避妊薬の議論は2016年から開始されており、海外ではすでに緊急避妊薬を薬局で買えることも多く、日本もようやく追いついたといえる。

7000円から9000円と高額な薬

「これまでは、緊急避妊薬を手に入れるには医者の処方箋が必要でした。しかし、学生だと恥ずかしい気持ちや罪の意識から入手をためらい、望まぬ妊娠へとつながるケースもありました。今回の厚労省の承認により親の同意や処方箋が必要なくなったため、そのような事例を減らすことができるのではないでしょうか」(全国紙記者、以下同)

 もちろん、緊急避妊薬が必要となる状況を防ぐことは大切だが、起きてしまったことのアフターケアも重要だ。特に女性は、妊娠によって大きく人生が変わってしまう。昨今、性犯罪に対する意識も高まり、女性自身が自らの体の決定権を持つことができるようになったのは大きな前進といえるだろう。緊急避妊薬の市販化は長い間、女性にとって必要な問題だったため、今回のニュースは大きな話題となったが、別の観点で注目されていることがある。

「緊急避妊薬の価格が非難を浴びているのです。現在の想定価格は7000円から9000円と公表されました。学生にとっては高額の負担になります。親にお金を出してもらうような状況となれば、今回、親の同意が不要となったという利点も薄れてしまいます」

 スタディサプリが実施した「高校生のお小遣い調査2025」によると毎月の平均額は5421.5円で中央値は5000円。緊急性を要する緊急避妊薬は学生らにとってすぐに買える価格とは言えないだろう。

 実際にSNSなどでも

《アクセスしやすくなったのは良いけど高すぎるでしょ……何かの罰ですか》
《大人からしても高額すぎる。中高生が性被害に遭って少しでも早く手に入れたい時にどうするんだ》
《未成年には緊急時出せる額じゃないでしょ》

 など、価格設定について疑問視する声が上がっている。その背景には、海外の事例もあるという。

日本より海外のほうが安い

「日本の緊急避妊薬は、海外の事例と比べても価格がかなり高いと指摘されています。European Consortium for Emergency Contraception(ECEC)は今年5月、日本政府に対し、緊急避妊薬に関する書簡を送付しました。その中で、日本に緊急避妊薬を安価で提供するように求めるとともに各国における1錠あたりの価格例が示されており、最も安価なフランスでは約7米ドル(1071円)、最も高いノルウェーでも21米ドル(3213円)にとどまっています。さらに、海外では無料で配布されている国や地域もあります。こうした状況を踏まえ、今回、日本が設定した7000円から9000円という価格は高すぎるのではないかとの批判があがっているのです」

あすか製薬「ノルレボ錠1.5mg」(同社の公式HPより)

 一方で、この価格設定を肯定的にとらえる意見もある。その理由として、あまりに安価にすると“乱用を招くおそれがある”という懸念からだ。緊急避妊薬がまだ十分に一般化していない日本では、こうした意見も含め、情報や認識が錯綜している。

「緊急避妊薬の市販化は、女性のからだの自己決定権、もしくはSRHR(性と生殖に関する健康と権利)の中で、大きな前進だと思います」

 そう話すのは産婦人科専門医の稲葉可奈子先生。今回定められた緊急避妊薬の市販の制度について話を伺った。

「年齢制限や保護者の同伴が不要になったことは、良いことではないでしょうか。海外でも多くの国ですでに実施されており、理にかなっていると思います。薬剤師の前での服用を義務付けたことに関しては、プライバシーの観点から批判もありますが、プライバシーが守られる場所を確保できる薬局でしか販売できないので、心配しすぎる必要はありません。緊急避妊薬はより早く飲む方が効果的。現に私が処方する際には、診察室で“はやくのみたいですよね、今のんでもいいですよ”、と声をかけています。やはり、緊急避妊薬を悪用することへの懸念もあるので、その対策として面前服用が良いのではないかと考えています」

 今注目されている価格に関する議論について、専門家の立場から話を聞いた。

「市場原理からすれば、適正な価格設定だと思います。市場規模と開発コストを考慮すると単価が高くなってしまうのは仕方のないこと。一方で、自己負担額はその金額で良いのか、という別の問題もあります。やはり7000円を超えるのはかなりの金額で、そこがハードルになってしまう方もいると思います」

 海外と比較しても高いと言われる日本。この価格設定は社会問題の意識の差だという。

「フランスやイギリスでは、特に若年における望まない妊娠を社会全体の問題と捉えています。若年で妊娠することで、教育やキャリアなどの機会を逃してしまうこともあります。日本では自己責任と捉える傾向が強いですが、そういった女性や子どもを支えるのは社会全体です。望まない妊娠自体を社会問題と捉えているから、フランスやイギリスでは国の補助によって比較的安価での提供や、一部条件はあるものの無償提供などがされています」

女性の権利を守る大事な一歩

 また、「薬が高いと感じたとき、どこに向けて主張するのかが重要だ」と、稲葉先生は続ける。

「開発や製造、処方にはコストがかかっているため、製薬会社や医療機関に“安くしろ”と求めるのではなく、行政が補助を行うべきでしょう。ただし、緊急避妊薬だけを特別に補助するというのも違います。というのも、緊急避妊薬はあくまで緊急時の避妊法であり、本来は普段から避妊をしておくのが理想です。ただ、日本では避妊についての医療行為が妊娠や中絶と同様、保険診療の対象外で、すべて自費負担です。したがって、まずは避妊全般に対して何らかの公的補助があるのが望ましいと思います。女性のからだの自己決定権を社会全体の課題として捉え、望まない妊娠を防ぐための手段として、緊急避妊薬だけでなく、経口避妊薬や子宮内避妊具にも補助を行うことが大切です。そのうえで、緊急避妊薬への補助を整備することが、本来あるべき姿だと考えます」

 最後に“価格が高いことで乱用を防げる”という意見については、現場を知る医師からはどう見えているのか伺った。

「『高い方が良い』というのは、窮地に陥ったことがない人の発言と言いますか……。緊急避妊薬の話の根底にはしっかりとした性教育があるべきなのですが、価格が高いからといって知識が付くわけではありません。逆に、値段が高いことで本来必要な人がアクセスできなくなるという影響は考えるべきだと思います」

 緊急避妊薬の市販化は、女性の権利を守るうえでようやく実現した一歩だ。しかし、その価格が高すぎて手が届かないのなら、本当の意味での“自己決定権”とは言えない。望まない妊娠を防ぐことは、決して個人の問題ではなく社会の責任でもある――。日本が“追いついた”と胸を張るには、まだ課題が山積している。

※1米ドル=153円で換算しています。

産婦人科専門医の稲葉可奈子先生

稲葉可奈子●産婦人科専門医・医学博士・Inaba Clinic 院長。京都大学医学部卒業、東京大学大学院にて医学博士号を取得、双子含む四児の母。産婦人科診療の傍ら、子宮頸がん予防や性教育、女性のヘルスケアなど生きていく上で必要な知識や正確な医療情報を、メディア、企業研修、書籍、SNSなどを通して発信している。婦人科受診のハードルを下げて小中学生からかかりつけにできる婦人科を作るため2024年7月渋谷にInaba Clinic開院。著書に『シン・働き方~女性活躍の処方箋』など。