連続テレビ小説『ばけばけ』でヒロインを務める高石あかり

 NHK連続テレビ小説(朝ドラ)『ばけばけ』の放送がスタートして7週目に突入した。評判はよく、視聴率は爆上がりしているわけではないが“優等生”と言える数字を維持している。

これまでになかった“怪談”のテーマ

 朝ドラのコンセプトといえば主人公の成長・立身出世物語で、オリジナルの物語もあるが、描かれるのは歴史に名を連ねた人物であったり、あるいはその妻であることが多い。そして、“朝ドラヒロイン”というワードがあるように、主役もたいてい女性だ。『ばけばけ』も例に漏れず、主人公は女性で、著名な作家の妻。そして困難に立ち向かいながら成長し、夫が功成り名を遂げるまで支え続けるのはほかの朝ドラと同じ。

 だが、『ばけばけ』は「これまでの朝ドラとはどこか違う」と感じている視聴者は多いだろう。

 ヒロイン・トキのモデルとなっているのは、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の妻である小泉セツ。八雲といえば、「怪談の書物は私の宝」と語っていたように、古くから伝わる日本各地の怪談や奇談、民間の伝承を集め、『耳なし芳一』『ろくろ首』『雪女』などの話を“怪談”という文学作品として一冊にまとめあげた、いわば“ホラー作家”だ。セツは八雲に説話を伝承し、また日本の書物を読み聞かせて、作品の素材を提供していたと言われている。

 作中で、トキは小さいころから、何か嫌なことがあると“子守歌”のように母親に怪談を語ってもらい、気を紛らわしていた怪談好きという設定。概ね史実通りで、怪談はこのドラマのテーマの1つであることが分かる。

「『あんぱん』は漫画、『おむすび』や『ごちそうさん』は食、『スカーレット』は焼き物、『まんぷく』はインスタント麺など、朝ドラによっては“サブテーマ”が用意されているものがありましたが、怪談は今までにありません。小泉八雲が怪談の作者であっても、妻がヒロインとなると聞いたとき、これまでの朝ドラのように、夫を支える妻の話なんだろうな、くらいにしか思いませんでした。物語に怪談が深く関わってくるとは正直、予想できませんでしたね」(テレビ誌ライター)

ほかの朝ドラと『ばけばけ』の違い

 すでに、ドラマでは『松風の怪談』や『鳥取の布団』という怪談が登場しているのだが、馴染みが薄く、聞いたことがある人は少ないだろう。怪談といえば『四谷怪談』『皿屋敷』『牡丹燈籠』などが有名だが、実は日本には100を超える怪談があり、地方限定で語り継がれていたものも多い。馴染みのない怪談が登場したことで、このドラマの特徴が見えてくる。

「まさに、NHKの真骨頂です。今回の朝ドラは、最近のNHKドラマのトレンドといいますか、“学習型・検索型”ドラマになっていますね。聞いたことがない怪談が出てきて、ネット検索した視聴者は多いでしょう。先日は“らしゃめん”という言葉が登場し、話題になりました。ネットが普及していなかったころは、誰かに聞くか辞書を引かねばならず面倒でしたから、意味不明なことが多いと、視聴者がドラマから離れてしまう心配がありました。今はスマホで即検索できますから、若い視聴者も興味を持ちやすいのでしょう」(前出・テレビ誌ライター)

小泉八雲とその妻・セツ

 ほかの朝ドラと『ばけばけ』の違いは、それだけではない。朝ドラファンのベテラン映画ライターによれば、

「放送が始まって驚いたのは、登場人物の会話がコメディタッチなんですね。朝ドラのヒロインはたいてい災難にあい、困難に立ち向かう波乱万丈の人生を送ることになっています。視聴者も胸が痛くなりますが、そればかりだと視ているほうも疲れるので、ほっこりしたシーンを入れたり、笑いを取ったりしています。これまでもときどき、ウケを狙っているんだなと感じるシーンがありましたが、『ばけばけ』は最初から笑いを取りにいってて、“攻めてる”感じがしました。登場人物の会話が“ボケとツッコミ”になっています。これまでの朝ドラでは、なかったことです」

史実に近いと、かなり“悲劇”に

 しかしなぜ、そんな展開になっているのか。それは、“史実”が大きく影響しているのだという。

「ヒロインのトキは没落士族の一人娘で、実は養子という設定ですが、これは史実通りです。婿養子を迎えて生活苦から逃れようとしたが、想像以上の貧困さだったのか、婿は耐えられず“失踪”してしまう。これも史実通りです。ただ、モデルとなった小泉セツの家は、ドラマのような貧しき中にも“笑い”があるような家庭ではなかった。

 極貧のかなり悲惨な生活を送っていて、セツは小さいころから働かねばならず、小学校に行くこともできなかったため、満足に読み書きもできていなかったそうです。セツの生母は生来の“お姫様気質”で、夫を亡くした後は自力で生きていくことができず、物乞いのような生活をしていたとも。セツが失踪した夫に会いにいくと、“何しに来たんだ! 帰れ”とけんもほろろに追い返されてしまう。ドラマとは全く違います」(同・映画ライター)

「ばけばけ」公式インスタグラムより

 史実から大きく乖離するわけにはいかない。かといって史実に近いと、かなり“悲劇”になってしまう。第29回の放送で、北川景子が演じるトキの生母・タエが物乞いをしているシーンが放送されたが、胸が痛くなった視聴者は多いだろう。

「それでも全体としては、笑いを取る台詞回しで悲惨さを感じさせないような演出にしているのでしょう。朝ドラでも『おしん』のような、涙なくしては視られないドラマが受けた時代がありましたが、今の時代、朝からそんなドラマはしんどい。視聴者は、出勤や登校の前に重い気持ちになりたくないですからね」(民放プロデューサー)

 また、劇中に出てくる『シジミ汁』がフィーチャーされているのも興味深い。

「『おむすび』や『あんぱん』が放送されたからといって、おむすびやアンパンが特に大きく注目されたということはありませんでした。『ばけばけ』でしつこく登場するシジミ汁に“いくら好きでも毎日はあり得ない”という声も出たりしましたが、一方で“飲みたくなった”という声も多く、NHKではシジミ汁を特集したりしていました。これまで、そんなことはありませんでしたよ」(前出・テレビ誌ライター)

『ばけばけ』好評の秘密は、“斬新さ”にあったようだ。これまでになかった朝ドラ像の開拓で、今後の展開が増々楽しみになる――。