綿矢りさ 写真/深野未希(文藝春秋)

 芥川賞受賞作『蹴りたい背中』をはじめ、女性たちの心の揺れや感情をリアルな筆致で書き続けている、綿矢りささん最新作『激しく煌めく短い命』は、女性同士の18年間にわたる関係を描いた長編恋愛小説だ。

この小説は4年の年月をかけて連載で書いたものです。作品の中で18年もの時間が流れているせいか、すごく長く付き合って書いてきたような感覚があるんです

書いているうちに気づいたこと

 二人の関係は京都に暮らす久乃が、中学校の入学式で同級生の綸に出会うところから始まり、物語は久乃の視点で描かれている。久乃は「機能不全家族」で育ち、中学受験に失敗して公立の中学校へ進学した。

久乃はすごくまじめな性格で、つらいことがあっても勉強をがんばることによって乗り越えてきました。その一方で、悩みや不安を人に相談したりはせずに頭の中で考え続け、ネガティブな方向に引っ張られてしまいがちなところがあるなぁと、書いているうちに気づきました

 そんな久乃と心を通わせる綸はおしゃれでセンスがよく、歌も料理もうまく、クラスの中でも目立つ存在の女子だ。

綸は女子が憧れる、おしゃれで家庭的な女の子というイメージで描きました。勉強が苦手で気が短いところもありますが、とても優しい一面もあります。久乃にとって、綸のような温かみのある人格というのは一番、心に沁みるように思います

 入学以来、二人の心の距離は少しずつ近づいていく。だが、とある出来事をきっかけに関係が崩れ、卒業式の日に決定的な溝ができてしまう。

書き始めた当初から、二人が血が出るくらいのケンカをしている場面が頭の中に浮かんでいたんです。“なんでこの二人はこんなにうまくいかへんのやろう”と思いながら、その場面に向かって書き進めていたような感覚です

 ケンカ別れをしてから十数年後、都内で会社勤めをしている久乃は思いがけない形で綸に再会する。

最初はプロットのようなものを作って書いていたのですが、特に大人になった久乃と綸の言動は私が思っていたものとは違っていました。だからプロットは無視して、“二人がくっつくならそれでいいし、くっつかなくてもそれはかまわない”という感覚で書いていました

誰かを傷つけないと生まれない感情もある

 執筆の途中、綿矢さんの脳内には、新宿にある百人町のラブホテルの中で二人がケンカをしている映像が浮かんできたという。

この場面を書き込んでいくうちに、大人になってからの二人の関係性が定まったように思います。久乃と綸は、傷ついたりぶつかったりすることで絆を深めてきました。誰かを傷つけないと生まれない感情もあると思うんです

綿矢りさ 写真/深野未希(文藝春秋)

 一番思い入れがあるのは、成長した二人が京都へ行き、久しぶりに帰省をした久乃を綸が家の前で待っている場面だそう。この光景も、綿矢さんの頭に執筆中に浮かんでいたものだ。

久乃は綸のすすめで両親が暮らす家に帰りました。でも、やっぱり家族とはうまくいかないことに気づいて家から出るんです。深い孤独を感じる瞬間に自分を待ってくれている綸を見て、久乃はすごくうれしかっただろうなぁって。このシーンを書くことができて本当によかったと思っています

 物語のラストは─目に見えない永遠の炎が、燃え続けている。─の一文で締められている。“永遠の炎”は、綸が中学時代に練習し、久乃が歌詞を日本語に訳したバングルスのヒット曲『エターナル・フレーム』の題名にも通じる。

この曲を知ったのは物語を書き始めたころで、ちょっと不安げで美しくてチャーミングな歌声が久乃と綸に合いそうだなって思ったんです。私自身、“永遠の炎というものがあるのだろうか、ないのだろうか”と考えながら書いていましたし、物語全体のテーマにつながる曲なのかもしれません

 本作は中学時代が舞台の第一部と、三十二歳からの二人の関係を描いた第二部の二部構成になっている。これは綿矢さんにとっての新たな挑戦でもあるようだ。

私は若いころから小説を書き始めたということもあり、これまで青春時代を送る主人公の物語をたくさん書いてきました。今回の作品には長い時間が流れていて、同じ人物の違う年代での悩みや葛藤を書くことができました

 ルーズソックスや安室奈美恵、PUFFYの『アジアの純真』、矢沢あいの『ご近所物語』。久乃と綸の中学時代の風景には、綿矢さんが学生時代に見聞きしたものが溶け込んでいる。

周囲からは浮いていました(笑)」

中学生のころ、まわりにはアムロちゃんファンの子がいっぱいいました。そんな中、私はスピッツが好きでよく聴いていて。ルーズソックスもすごく流行っていて、持ってはいたものの学校でははけませんでした。ルーズソックスをはくようになったのは高校生になってからです。私服の高校に制服っぽく見える服装で通っていたので、周囲からは浮いていました(笑)

 ちなみに綿矢さん、中学時代は演劇部員だったそう。

部員が少なかったので、自分たちで脚本を用意して、小道具なども作って演じていました。中高生向けの演劇脚本の中から、高校生の主人公が宝くじに当たって使い道を考える話や、おもちゃを擬人化した話を選んで上演していました

 新しい環境への期待と不安や思春期の淡い恋心、校外学習での非日常感など、本作は主人公の久乃の経験を通して10代のころの感覚が呼び起こされる作品でもある。

ページ数が多く厚みのある本ですが、思ったほど時間がかからずに読めるのではないかと思います。気軽に手に取っていただいて、当時の空気感を思い出しつつ読んでいただけたらうれしいです

最近の綿矢さん

小説家で着物デザイナーの宇野千代先生が好きで、宇野先生デザインの着物を集めています。今は新しく作られていないので、中古で手に入れることが多いです。新中古の反物を買って仕立ててもらうこともあります。来年秋の朝ドラの主人公は宇野先生がモデルだそうなので、この機会に着物や帯の復刻版が出るといいなぁと思ってます

『激しく煌めく 短い命』

綿矢りさ著『激しく煌めく短い命』(文藝春秋)

綿矢りさ 文藝春秋 税込み2585円

取材・文/熊谷あづさ