高齢化社会の今、だれもが望むのは、「100年使える脳」。感覚、言語、運動、生命維持と、人のあらゆる営みを司り、その疾患は、要介護や寝たきりにつながることも多く、患者の生活を左右する。
とくに認知症や頭痛、脳卒中などの脳の疾患を予防するには、「脳の血流」が重要で、じつはそこにおおいに関わっているのが「骨盤」だという。
“脳の名医”が外来診療で最初に注目するのは、患者の「骨盤」
「全身の健康を保ち、寿命を健康寿命に近づけるために、“骨盤”は最も重要な部位だと私は考えます。<脳は全身を司っているが、その脳は全身の健康に支えられている>。
これは、かつて頭部に命に関わる重症を負い、5回にわたる手術によって生かされた私が身をもって体験し、さらに、医師として救急医療と全身管理に力を注いできたからこそたどりついた確信です」
というのは、脳神経外科医で、国際医療福祉大学三田病院の石川久先生だ。
脳は大量の糖と酸素を消費するが、それを供給しているのが脳全体に張りめぐらされている血管。そして血流をよくするための体の幹となるのが、頭蓋骨から背骨、骨盤へと続く体のバランスだと、石川先生は言う。
「ですから私は外来でも、患者さんが診察室に入ってこられたときの歩き方や、骨盤の使い方で、患者さんの状態を推察してから診療を進めています。
特に、頭痛で来院された患者さんには、背骨や骨盤がゆがんでいないかとか、首の正常なカーブがストレートになる、いわゆる“スマホ首”になっていないかなど、患者さんと話をしながら原因を探していくようにしています」(石川先生、以下同)
脳神経外科医として多くの患者の脳を診てきた経験と、全身管理の向上に取り組んできたなかで、石川先生が強く感じたのは、「脳の健康を保つのは、全身の健康によい日常生活」だということ。
もちろんウォーキングやジョギングなどの有酸素運動は効果的だが、なかなか時間が取れない、続かないという人が多いのが現実。また急に運動を始めても、腰痛やひざ痛などのトラブルで挫折してしまう人も少なくないという。
そこで石川先生がおすすめしているのが、立ち方、座り方、歩き方などの「日常の立ち居ふるまい」を見直して、骨盤を安定させる習慣を作ることだという。
特に気をつけたいのが、「姿勢の悪い人」。そして「座りっぱなし」の時間が長い人だという。こうした人は、日常生活のほとんどを「脳によくない血流」の状態で過ごしているのだ。じつは活動量が減ることで脳への血流が悪化し、認知機能の低下が始まっていた患者がいたという。
石川先生による、骨盤が安定する「立ち方」「座り方」「歩き方」や、骨盤からの血流をよくする「骨盤まわし」など、骨盤から全身の血流をよくする脳習慣を紹介する。
骨盤が安定する「正しい立ち方」
骨盤を立てて、背筋を伸ばして胸を自然に張り、あごを軽く引く。頭と体の重心がまっすぐになるように。
<効果>骨盤を支える腰まわりの筋肉を鍛える。
<こんなときに>信号やエレベーター、電車やバスの待ち時間に。
(左)骨盤が後ろに傾き、下腹が前に出ている。肩がまるく猫背になって、あごが前に出ている。首がストレートになった状態で筋肉が緊張状態に。
(右)骨盤を立てて背筋を伸ばし、自然に胸を張る。あごを引いて正面を向き、頭の重心が体の中心線にくるように意識する。
骨盤を支える内転筋を強化してくれる「座り方」
骨盤を立てて、両脚を閉じる。背筋を伸ばして胸を自然に張り、あごを軽く引く。
<効果>骨盤を支える内転筋群や、尿もれを招く骨盤底筋、腹筋の衰えを防ぐ。首筋が伸びるので、首のシワが目立たなくなる効果も。
<こんなときに>デスクワーク時、食事中、乗り物の座席に座っているときなど。
●キーボードやマウスは手前に。
●ひざをつけるというより、股を閉じるように意識する。
●足の裏を床につける。
●姿勢が崩れるのを防ぐのには、お腹と机のあいだにボールなどを挟むのもおすすめ。
骨盤を安定させ、血流をよくする「歩き方」
背筋を伸ばし、いつもより靴の長さの半分ほど歩幅を大きくして、一直線上を歩く。股関節を大きく動かし、腕をしっかり後ろまでふり、胸を自然に張るようにする。
<効果>太ももの筋肉と骨盤を大きく動かして、消費エネルギーと血流をアップ。
<こんなときに>外出時だけでなく、家の中での移動でも。
●目線は遠くを見る。
●あごは軽く引く
●肩の力を抜く
●かかとから着地して、つま先で蹴るようにして前に進む。
●足先が開きすぎないように。
こわばった体を腰からほぐし骨盤から血流をよくする「骨盤まわし」
足を肩幅に開く、手を腰にあてて、腰を大きくまわす。後ろだけでなく、前にも腰を大きく突き出して、鼠径部を伸ばすように意識する。
<効果>血流の要所である腰まわりをよるめ、全身の血流を改善。
<こんなときに>デスクワークや家事の合間に、1時間に1回行う。
●前方にも大きくまわす。
●右まわり、左まわりを交互に。
頭の筋肉の緊張をほぐして、脳をリラックス
「首や肩のコリは、脳の健康を支えている<脳への血流>をてきめんに悪化させます。特に筋肉の緊張状態が続くと、頭痛に直結します。首や肩の緊張をゆるめるには、まず“スマホ首”とも呼ばれるストレートネックを解消することが最優先です」
アイーン体操
首の筋肉をゆるめてスマホ首解消
背筋を伸ばし、両手を頭の後ろで組み、頭を前に押し出すようにしながら、あごを上げて前に突き出す。その状態で10秒ほどキープする。
※首の筋肉をリラックスさせ、頸椎がカーブしていることを意識する。
<効果>首や頸椎のまわりの筋肉をゆるめて脳への血流をよくする。
<こんなときに>デスクワークや家事の合間や、頭痛が起こりそうなときや、痛みはじめに。
●首の筋肉をリラックスさせる。
●気道が開くのを意識する。
●肩に力を入れすぎない。
頭蓋骨ストレッチ(頭頂部)
呼吸を整えながら行うのがコツ
頭頂部の縫合線の両側に、親指以外の4本の指をあて、それぞれ中心から外側へ縫合線を開くように、10秒くらいかけてじわじわと動かす。
※ゆっくりと呼吸をしながら、リラックスして行う。
<効果>頭頂部の緊張をゆるめて、副交感神経を優位にする。
<こんなときに>デスクワークや家事の合間、頭痛が起きそうなときや、痛み始めに。
●縫合線を外側へ開くイメージで
●ゆっくりと呼吸をしながら
以上が、石川先生がおすすめする「骨盤から全身の血流をよくする脳習慣の一例。ぜひ今日からとり入れてみてほしい。
これまで開頭手術やMRIの画像診断などを含め、1万人以上の脳を診断し、多いときは年間約300件、現在でも2日に1回、年間150件ほどの手術を担当している石川先生が、実際に診察室で患者にアドバイスし、自身も実践中の「100歳まで冴える脳のメンテナンス法」が満載の書籍がこちら。
『1万人を診た脳の名医が実践 100歳まで冴える脳習慣10』石川 久著 定価1650円(本体1500円+税)主婦と生活社刊
記憶力、集中力、思考力が落ちたと感じたら始めどき。もの忘れ、認知症、脳卒中、脳動脈瘤を防ぐ全身管理術を収録。
●加齢でもの忘れが増えるのは、集中力の低下のせい。「記憶の網」をきめ細かく維持することがコツ。
●ひたすら受け身状態の「スマホ漬け」に注意。自分なりの意見をアウトプットして、思考力を衰えさせず、五感を研ぎ澄ます創作活動を。
●「聴覚」と「嗅覚」は、認知症との関連大。耳と鼻をケアして、認知機能低下を防ぐ
●頭痛は、自己判断せず受診して原因を見極めて。くも膜下出血、脳卒中、脳腫瘍など「危険な頭痛」の場合あり。
●脳卒中に「様子を見よう」は厳禁。特効薬のリミットは4時間半。一過性でも念のため病院へ。
【石川先生からのメッセージ】
患者さんの脳をCTやMRIで画像診断すると、50代くらいから、症状に出ない小さな脳梗塞がぽつぽつとあったり、血流が悪い箇所があったりする人が増えてきます。それはイコール認知症や脳梗塞のリスクが高い状態です。
また、同じような手術をしても、回復が早い人もいれば、時間がかかる人もいます。脳という特殊な臓器について知り、メンテナンスをしていけば、脳の血流を促して機能を維持できるだけでなく、たとえ病気になっても、それを乗り越える基礎になる体を作ることができるでしょう。
そんな脳神経外科医からみた、脳のメンテナンス法を一冊にまとめました。無理なく、忙しい方でも時間をかけずにできることばかりですので、どうぞ今日から日常生活に取り入れてみてください。
石川 久先生●脳神経外科医。 開頭手術やMRIの画像診断などを含め、1万人以上の脳を診てきた“脳の名医”。学習院大学法学部を卒業後、製薬会社に入社。その後退職し、近畿大学医学部に入学・卒業した異色の経歴の持ち主。帝京大学医学部脳神経外科、脳神経センター大田記念病院などを経て、現在は国際医療福祉大学三田病院脳神経外科に勤務。特に脳腫瘍に関しては、検査・診断から、手術・化学療法・放射線療法・電場療法などの多岐にわたる治療法まで、あらゆる手段を駆使して、患者の日常生活・社会活動像の構築に最善を尽くす。救急医として、救急医療及び全身管理を専門とし、院内教育や市民講習などでも貢献。 ベストセラー『1日1問解くだけで脳がぐんぐん冴えてくるドクターズドリル』(アスコム)の著者であり、2024年に放映されたドラマ「アンメット ある脳外科医の日記」の医療監修を務めた
撮影/有坂政晴 イラスト/斉藤ヨーコ

