『劇場版「鬼滅の刃」無限城編』(公式サイトより)

 高市早苗首相の台湾有事についての発言から、中国が日本に対して強硬な姿勢を示している。エンタメ業界では、複数の日本映画の中国での上映が見合わせに。しかし、大人気の『鬼滅の刃』の劇場版は予定どおり公開された

「中国側が、公開見合わせは“鬼滅だけはやめておこう”と考えたのは間違いないと思います。日本映画の公開見合わせが明らかになったのは11月17日。『鬼滅』の公開日を待ったのではないかと」

 そう話すのは映画批評家の前田有一氏。高市発言は11月7日、『鬼滅』の公開が14日。公開延期となった映画『はたらく細胞』の公開は22日、劇場版『クレヨンしんちゃん』は12月6日公開予定だった。

『鬼滅』は、公開第1週で100億円近い興行収入を上げています。もし見合わせとなっていたらファンたちの怒りが逆に中国政府に向かってしまう可能性があった。公開後の決定となれば“公開されてしまったものは仕方がない。でも、その後の作品は止めるよ”という格好がつきます」(前田氏、以下同)

日本が困らないと意味がない

 ほかの作品はなぜ公開延期に?

「『鬼滅』というビッグネームがあったことが大きいのではないでしょうか。今回の件は中国側による経済制裁のような意味合いのわけですから、日本が困らないと意味がない。『鬼滅』の場合、世界で1000億円稼ぐ商売をしているので、正直中国側にとって交渉力のない部分がある。ただそのほかの作品は“中国市場がないと日本は困るでしょ?”となります

 劇場版『鬼滅』の第1作は、流血や戦闘描写が過激だとして中国では公開されていない。前作と今作が公開に至ったことの関連は?

「当時はまだ中国側も無理をして上映するほどの熱はなかった。ただ、その後で中国のファンの間で鬼滅の人気がものすごく盛り上がった。コスプレの人、二次創作の人などファンダムがすごく大きくなっていって、中国的にも無視できない規模に」

中国では11月14日に公開された劇場版『鬼滅の刃』(公開日投稿の中国最大級SNS「微博」上の公式アカウントより)

 カネやファンの熱だけでなく、内容も一因だという。

作品の力が中国政府をねじ伏せた

「『鬼滅』は残酷な描写はありますが、内容的に中国政府にとって不都合な話ではない。体制を転覆させるような話だったり、悪い権力者がいて、それを倒すような物語だと警戒されます。

『鬼滅』は、鬼を退治し、今の人間の体制を守る者たちの物語。これは中国政府側にとって害のある話ではない。それどころか家族愛や忠義心といったものが描かれている。それは中国側が広めたい価値観であり、政府側との親和性が高い内容であると思います」

 今回はまさに文化の強さを見せつけた例だといえる。

「興収という“数字”が中国政府を妥協させ、作品の力がねじ伏せた形になっていると思います。政治が今のような状況になっても、決定的な対立を避ける抑止力のような存在になっている。これがアメリカ映画だったら、ヒーローものでも現実の国際情勢をメタファーにしたり、政治的なものも多いですから」

 悪化しつつある日中関係を今、鬼滅がつなぎ止めている?