区市町村の首長に批判される「おこめ券」(フォトライブラリー)

 12月9日の衆院予算委員会。またも高市早苗首相の“リップサービス”が炸裂した。物価高対策として国が各地方自治体に配布する総額約2兆円の「重点支援地方交付金」の使い道について、

「自治体によってはクーポンかもしれないし、電子マネーポイントかもしれない。また、農水大臣が大好きなおこめ券かもしれない」

 と笑いを誘ったのである。

農水相の「おこめ券」プッシュ

 この重点支援地方交付金をめぐり鈴木憲和農水相は「おこめ券」配布をプッシュ。反発した地方自治体が次々と“おこめ券見送り”を表明する事態となっている。

 政治評論家の有馬晴海さんは言う。

「鈴木農水相は、開成高校を経て東大法学部を卒業した農水官僚出身です。JA(農業協同組合)を助けるため『おこめ券』を言い出したとみています。自民党とJAは古くから信頼関係があり、同党にとって大事な票田です。

 小泉進次郎前農水相はJAを改革する姿勢をみせましたが、鈴木農水相は真逆。おこめ券が使われるほど、現在の高騰した米価を下支えすることになりますから“利益誘導ではないか”と反発されるのです」

 農林水産省が12月5日に発表したデータによると、全国のスーパーで米5キロあたりの平均小売価格は4335円と過去最高値を更新した。

 おこめ券はJAの全国組織である「JA全農(全国農業協同組合連合会)」と「全米販(全国米穀販売事業共済協同組合)」の2団体が発行。1枚500円で購入でき、券の印刷代など発行経費60円を差し引いた440円分しか使えない。経費率は12%と高い。

「おこめ券1枚ごとに60円吸い上げられるならば、商品券でお惣菜でも何でも500円分買ったほうがいいですよね。デパートの商品券などは購入金額と使用金額が同じですから」(有馬さん)

 鈴木農水相は批判を念頭に「米だけにこだわっているのではまったくない」と沈静化に躍起になっている。

 国の“おこめ券圧力”に対し、真正面から反発したのは大阪府交野市。その訳を山本景市長はこう話す。

「おこめ券という選択肢は選んではいけないと思っています。まず経費がかかりすぎです。市民に郵送する費用なども加算されますから、経費率は20%を超えそうです。農水省と関わりの深い2団体が発行元なので利益誘導を疑われても仕方ないでしょう。

 高止まりする米価を買い支えることになるほか、交野市にはおこめ券を使える店舗が10数店しかない事情もあります」

「おこめ券」に反対する区市町村

 国からの重点支援地方交付金は、5億円の見込みという。

全額を充てれば、全市民の水道基本料金の月額2000円を8か月間ゼロにできます。しかし、重点支援地方交付金には食料品の高騰対策に充てる特別加算枠があり、全額を注ぎ込めないので一部を市内の小・中学校の給食無償化に充てます。

 給食無償化はもともとやる予定だったため、その予算を水道料金に回して8か月間ゼロを実現します。このやり方はOKなんです」(前出・山本市長)

大阪・交野市の山本景市長(共同通信)

 国の顔色をうかがわなくていいのだろうか。

「農水大臣には屈しません。おこめ券を市民に配ることは100%ありません。区市町村は国からお金をもらうため、国に忖度するものです。私自身もこのあいだ別の要望で農水省に行きましたし、この後に行ったら何を言われるか不安もありますが、報道されて味方も増えました。

 水道料金の減免に経費はほとんどかからず、5億円規模でも100万円程度で済みます。市役所に寄せられる意見の約8割は賛同するものです。反対意見の中には、小学生から“おこめ券を見たことがないから欲しい”と、かわいいものもありました」(山本市長)

 福岡県古賀市もおこめ券配布は見送る方向だ。田辺一城市長は地元メディアの取材に対し、「地方自治体は国の下請けではありません。政府が全国一律におこめ券の配布を実施したいのならば、国の責任で国が主体となって実施されればいい」と突き放したという。

「何をするのがいちばん市民のためになるのか、考えて実行します。国が“これをしろ”と言ってきているとは認識しておりません。現状は各部署から要望を受けているところで、例えば事業部からは“プレミアム付き商品券を配ってはどうか”と提案がありました。市長は、市民の多様なニーズを踏まえて検討する意向と承知しております」(古賀市財政課の担当者)

 ほかに福岡県福岡市、静岡県静岡市、長野県長野市などがおこめ券配布を見送る構え。

 東京都江戸川区も独自路線を行く。

「住民税の非課税世帯に対して3万円を現金給付する予定です。サラリーマンなどの納税者は、国の所得税の基礎控除引き上げによる減税効果が今年の年末調整で2万〜4万円程度見込まれるなど恩恵があり、減税を実感できるはずです。年金生活者や低所得の非課税世帯はこうした恩恵を受けられず、物価高の影響を受けています。

 おこめ券配布はコストも時間もかかります。現金であれば使用期限もありませんし、高騰しているのは食料品全般です。経費も5%以内に抑えられ、スピーディーに配れます。市議会総務委員会の審議では、全会派に理解していただきました」(江戸川区財政課の和泉健課長)

住民の反応は――

 江戸川区で住民に話を聞いて歩くと、非課税世帯支援への反応はさまざま。米価高騰の対処には工夫がみえた。

「おこめ券大好き」の鈴木憲和農水相(共同通信)

 20代の女性会社員は、

「米の代わりにパンやパスタも食べるようにしています。お米は高いです。進次郎さん(小泉前農水相)は消費者とも向き合って仕事をしてくれましたが、鈴木農水相は生産者ばかり見ていますよね」

 パート勤務の30代女性は、夫と幼い子ども2人の4人家族で、米5キロでは1か月持たないという。

「米6対麦4の割合で麦ご飯に替えました。“食感がよくておいしい”と好評です」

 いずれの女性も、区の非課税世帯への支援には明確に反対しなかったものの、「本音を言えば納税者にも何か欲しいですね」などと打ち明けた。

 自営業の40代男性は言う。

「うちは食べ盛りの子どもがいるので米の値段が高いのはきついです。外食を控えるなどして食費を切り詰めています。非課税世帯に配るのは賛成。困窮する家庭の子どもの中には、給食でしかきちんと栄養をとれない子がいると聞きます。困ったときはお互いさまですよ」

 区内の米店を訪ねた。70代の男性店主は言う。

「私の代で店じまいです。健康維持のため商売を続けているようなもので、米30キロを担げなくなったら引退します。若いころは60キロ担いだんですけどね。おこめ券ですか、評判悪いですよね。

 財源は税金ですから、米だけでなく何にでも使える商品券などのほうが、みんなうれしいんじゃないかな。ちなみに、お客さんからは“米が高い”とよくお叱りを受けています」

 石破政権下では5キロ3000円台を目指す増産方針だったが、市場介入しない方針に転換された。お米の国ニッポン、生産農家も卸も小売店も消費者も、安心できる米政策をお願いしたい。