「高市発言による日中関係の悪化は、外交のニュースにとどまらず、私たちの暮らしにも影響を及ぼしています」(全国紙経済部デスク)
11月7日、高市首相が国会で述べた「もし台湾に対して武力攻撃が起きた場合、それが日本にとって“存立危機事態”になり得る」との発言に、中国政府は強く反発。日本産水産物の輸入停止や日本への渡航自粛要請を行い、日本人アーティストの公演が中止になるなど経済・文化の両面で対抗措置を相次いで打ち出した。
そうした「日中外交危機」が続くなか、私たちの身近な物価にも変化が起き始めている。政治ジャーナリストは、冷静に分析する。
「これまで観光地や不動産市場では、中国人観光客や投資家相手に、相場以上の値段をつける、“ボッタクリ商売”も少なくなかった。客層が国内中心に戻ることで、価格を下げざるを得なくなり、適正価格に戻る部分もあります」
そこで4つのキーワードから、私たちの暮らしへの影響を見ていこう。
暮らしの影響「観光地」
中国からの渡航制限や団体旅行キャンセルの影響はすでに各地で表れ始めている。
「京都では、宿泊施設が空室を抱え、国内客を呼び込むために宿泊費を抑える動きが出ています。東京・築地の海鮮丼や寿司店でも、外国人観光客頼みだった売り上げが落ち込み、地元客向けに値下げやセットメニューを強化する店が目立ちます」(前出・経済部デスク)
北海道・小樽や沖縄のリゾート地でも、団体旅行のキャンセルの影響で外食費や宿泊費が下がりやすくなっているという。つまり「旅先ではお得に泊まれる・食べられる」状況だ。ただし、料金面ではお得でも、アメリカや韓国、台湾などの観光客は急増しており、「オーバーツーリズムが解消した」という段階ではない。
暮らしの影響「不動産」
不動産市場でも「価格の調整」が起き始めている。
「中国人富裕層の“爆買い”が止まれば、港区のマンションは暴落する」といった極端な言説も聞かれるが、実態はもう少し複雑だ。中国事情に詳しいジャーナリストの北上行夫氏はこう説明する。
「前提として“中国人”の中身を区別しないといけません。例えば都心にある高級マンション群の『晴海フラッグ』。購入した中国人の6割は“日本で長く生活し、納税している在日中国系の住民”といわれています。中国本土の富裕層が投資目的で買い進めたわけではないんです」
最近では、中国籍を離れ、オーストラリア、ニュージーランド、アメリカ、イギリスなど、別の国のパスポートを取得する富裕層も多い。そのため彼らは日中関係が悪化してもこれまでどおり日本の不動産を購入できる。価格が下がるのは中国籍の不動産所有者に対する中国での「海外資産への本格課税」が始まったときなのだ。
中国当局が、「中国で稼いだ金で購入した海外不動産なら国の利益。課税強化は当然」と厳しく打ち出した場合、中国籍の投資家らが一斉に売却に動くだろう。中古マンションだったら3分の2、タワーマンションでは半値近くに下がるとみられる。とはいえ、それでも日本人が購入しやすくなるとは限らない。
「これまで中国人向けに高値がつけられていました。適正価格に戻れば、今度は欧米の投資家や、海外パスポートを取得した中国出身の富裕層が買い支えます。日本人にとっての“買いやすい価格”は、国際的にも“お買い得物件”なんです」(北上氏)
暮らしの影響「海産物・食品」
2023年以来、中国は2年ぶりに日本産水産物の輸入を停止した。しかし、アメリカや東南アジア向けに販路開拓が進んだことから、「今回の影響は限定的」との声もある。ホタテやサケなどは、中国の需要が価格を押し上げていた側面もあり、今後はその上乗せが外れて適正価格に近づくとみられる。
「国内向け海産物は価格が安定するでしょう。食品では、『中国産商品が棚から消えたこと』に気づく程度です。飲食店の食材輸入ルートは多角化しており、メニューの値上げも抑えられています。食品価格は比較的安定しています」(前出・経済部デスク)
暮らしの影響「小売店」
ネット通販の普及により、“爆買い”はすでに減少傾向にあるため、ドラッグストアや家電量販店など店舗の一部が閉店する可能性も。一方、中国からの輸入が困難になればコスメや生活用品の価格が上がるリスクは残る。
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実は消費者にとって深刻な物価問題は、ほかにある。
「レアメタルやレアアースは、スマートフォンやパソコン、さらには医療機器の製造にも不可欠です。中国が供給を絞れば製品価格が上がります。加えて医療機関や通信事業者が導入する精密機器の設備コストも高騰し、最終的にはスマホ料金や医療費という形で私たちにも跳ね返ってくるのです」(前出・北上氏、以下同)
もう一つが「学費」だ。中国人留学生頼みだった大学や専門学校、高校などは、学生が減り、学費の値上げが避けられない。
「MARCHなど中堅から上位の私立大でも、中国人留学生減少で生じる収入減を埋めるため、学費を上げざるを得ないでしょう」
北上氏は、「短期的には毎日の買い物が少しきつくなる程度の物価上昇で収まる」と分析する。物価が危険な状態になるのは、分断が長引いたときだ。
その場合、複数の研究機関の試算では、日本は数十兆円相当のGDPを失う可能性がある。これはリーマンショックやコロナ禍を上回る規模で、失業や倒産が急増、賃金やボーナスも大幅カット、子育て支援・奨学金・医療・介護サービスの縮小にもつながる。
一方の中国経済も深いダメージを免れない。前出の政治ジャーナリストは「中国目線でいうと、実は逆に焦っています」との見方を示す。
「中には『中国人がいなくなって快適』という人もいるでしょうが、捉え方次第なんです。今は快適でも、中長期的に見ると経済的な損失は大きくなり、家計には大きな影響が出ます。長引けばお互いに痛い目を見るでしょう。
ただ、今回の騒動は、日本側にとって持続的なパートナーシップを築ける相手を見極めるタイミングでもあります。感情抜きで賢く距離を置きつつ、儲かる部分は儲ける。健全な共存ビジネスがいちばん賢い選択なんです」(前出の北上氏)
日中双方はビジネスには欠かせない存在となっている。利益を第一に、いい距離感を保つことが今後の日中関係の課題なのかもしれない。
取材・文/当山みどり
