女優・浜木綿子といえば、どんな役とシーンが思い浮かぶだろうか? 宝塚の可憐な娘役、背中で泣く夜の女役、夫に三くだり半を突きつける痛快な妻役、息子のために奮闘するおふくろ役、事件を解決に導くスゴ腕の監察医……。これまで、さまざまな役を演じてきた浜さんが“仕事”という舞台を降りてから、今は自分の人生というステージを謳歌している。そんな浜さんに、日々の暮らしを楽しむコツを聞かせてほしいとお願いしたところ─。新しくスタートする連載コラムの“プロローグ”をお届けします!
こんにちは。浜木綿子(はま・ゆうこ)でございます。本名は香川阿都子で、息子は俳優の香川照之と申します。歌舞伎役者として九代目市川中車を襲名しており、孫は五代目市川團子でございます。
私は今年90歳の卒寿を迎えました。その少し前、久しぶりにテレビ出演いたしました。『ボクらの時代』(フジテレビ系)では欽ちゃんこと萩本欽一さんと、『徹子の部屋』(テレビ朝日系)では黒柳徹子さんとお会いして、とても充実した楽しい時間を過ごさせていただきました。
2025年6月に「最初で最後の本」を刊行
実は私、お芝居を演じていて「楽しい」と思ったことが一度もないのです。なぜって、楽しんでいただくのはお客様ですから。私が楽しむ余裕は少しもありません。芸って本当に厳しいですね。
今は、特に決まったお仕事はしていませんので“老婆の休日”を楽しんでいます。
私は今年6月に『楽しく波瀾万丈』(JTBパブリッシング)という書籍を刊行させていただきました。私にとって、最初で最後の本のつもりで作らせていただきました。生い立ちから、10歳のころに疎開先で終戦を迎えて、18歳で宝塚歌劇団に第40期生として入団。結婚、出産、離婚を経験。その間に東宝演劇部に移籍して、数々の忘れられない舞台に立ち、2時間ドラマをはじめとしたテレビのお仕事もさせていただいたことを本の中でお話ししました。なので私の昔話は、もうないかもしれませんが─。
ある日、私のもとにお手紙が届きました。差出人は週刊女性の編集者。もちろん知らない方です。その方から「今について話してほしい」というご要望がありました。
私はゴクゴク普通の人間。特別に面白いお話なんてないのです。それに、いつまで元気でいられますか、わかりませんでしょ?
週刊誌のペースでお仕事をお引き受けするのは無理ですってお伝えしたのですが、それでもいいので日々あったことや感じたことを聞きたいって。すごい熱意にドキッ!!です。
「昔はひと晩でブランデー1本を…」
ちなみに私は毎朝、ミニトマトをいただきます。今も1日3食です。寝る前には「宝塚体操」をします。これは、私が考えて若いころからやっていること。あおむけになって、両足を天井に向けて開いたり閉じたりを50回。それから両足をそろえて腰から左右へ倒したり、自転車をこいでいるようにしたり、ピーンと上に伸ばしたり。
昔はひと晩でブランデー1本を空けたこともありましたが、今は焼酎の水割りを1杯。おつまみはチョコレートやお饅頭。シシトウの甘辛煮もいいですね。それらをいただきながら、大好きなショパンの音楽を楽しむ。そうして一日が終わります。ほらね、フツーでしょ?
仕事をセーブするようになってから散策をしていますと、今まで気づかなかった小鳥の声も聞こえるようになり、道の辺に咲いている可愛らしい小さなお花にも目が行き、癒されて楽しいです。
舞台のときは、ウォーキングでも頭の中はセリフでいっぱい。四季の移ろいや自然を楽しむ余裕はありませんでしたからね。
それが今では何をするのも自由に時間が使えますし、怖いものがなくなってきたのかもしれません。ときめきながらの90歳。何だか今が好き!!
こんなゆるゆる暮らしの私ですが、マイペースでいいと言われていますので、年明けから浜木綿子の語り下ろしコラムを始めさせていただくことになりました。運命に抗いながらの90年、今の私の暮らしにお心を傾けていただけましたら幸いです。どうぞよろしくお願い申し上げます。
はま・ゆうこ/1935年、東京都生まれ。宝塚音楽学校卒業。'62年に文化庁芸術祭奨励賞、'73年にゴールデン・アロー賞、'89年に菊田一夫演劇大賞、'95年に橋田賞などを受賞。2000年に紫綬褒章、'14年に旭日小綬章を受章。
