宮島未奈さん 撮影/矢島泰輔

 デビュー作『成瀬は天下を取りにいく』で2024年の本屋大賞を受賞し、続編の『成瀬は信じた道をいく』も2025年の同賞にノミネートされるなど、大躍進中の宮島未奈さん。最新作『成瀬は都を駆け抜ける』は、成瀬シリーズの完結編となる一冊だ。

森見登美彦作品へのオマージュが

 主人公の成瀬あかりはマイペースでストイック、M-1に出場する、髪が伸びる速さを検証するために丸刈りにするなど時に予測不能の言動で周囲を驚かしつつも、自分らしく生きることでまわりの人たちを生きやすくしていく。

 過去2作では成瀬が生まれ育った滋賀県大津市を舞台に物語が展開されていたが、本作は京都を舞台に据え、京都大学に進学した成瀬の大学生活を中心に描かれている。

「成瀬シリーズを3部作にしようと考えたとき、3作目を大学生活編にして京都を舞台にしようと決めていました」

 冒頭の1編『やすらぎハムエッグ』は、京大の入学式で成瀬に出会う同期生の坪井さくらの視点で描かれている。彼女は高校時代のとある出来事を引きずり、浮かない気分で入学式を迎えていた。

「大学の入学式というのはおめでたい行事ですが、必ずしもその場にいる全員がうれしい気分ではないのかもしれない、というところから物語を考えました。実は『小説新潮』に掲載されたときは、さくらの過去はもっと悲惨だったんです。このままでは一冊にまとめたときに浮いてしまうと思い、単行本化にあたり大幅に変更しました」

 2編目の『実家が北白川』は、成瀬の同期生・梅谷誠の視点で語られる。梅谷の父親は小説家・森見登美彦作品の熱心な読者であり、彼は森見作品に影響を受けて立ち上げられた「達磨研究会」に所属する。

 この物語の随所に森見登美彦作品へのオマージュがちりばめられている。

執筆の際になかなか筆が進まず、森見さんの世界観を借りて書いてみたものがあるんです。その作品をもとに“成瀬の世界だったらどんな感じになるだろう”と考えて、今回の話になりました

 森見さんは宮島さんの京大の先輩であり、『成瀬は天下を取りにいく』の文庫版では解説を務めてもらっている。

私が二回生のときに森見さんがデビューされているんです。当時の私は、森見さんに文庫の解説を書いていただく未来があるとは思ってもみませんでした

 ちなみに本作の中には梅谷が映画『ショーシャンクの空に』のポーズをまねる場面があるが、これは宮島さんの学生時代に重なる描写だそう。

これで成瀬シリーズは終わることができる

友達にすすめられて学生のころに『ショーシャンクの空に』を見た記憶があるんです。私のまわりだけだったのかもしれないですが、なぜか京大生ってこの映画がめっちゃ好きなんですよね(笑)

宮島未奈さん 撮影/矢島泰輔

 簿記ユーチューバーとの出会いによって簿記の勉強を始めたり、達磨研究会に参加したりと、どの物語からも成瀬が成瀬らしい学生生活を送っていることが伝わってくる。

 その中でも週刊女性読者世代が共感するのは、母親の美貴子の視点でつづられる『そういう子なので』かもしれない。成瀬がローカル局のテレビ番組『ぐるりんワイド』に出演することになり、美貴子はその取材を通して娘と自分の人生を振り返っていく。

実は、この話は6編の中でいちばん最後に書いたものなんです。もともと美貴子がアルバイトをする話を書いていたのですが、一冊にまとめる段階で別の物語にしたいと思い、書き直しました。小説は書いた分だけ少しずつうまくなると思っていて、その点では、自身でいちばんの成長を感じられる話だと思っています

 幼少期からブレることなく自身の思考を貫き、カリスマ的な存在ともいえる成瀬だが、美貴子は特別な子だとは思っていない。

私自身、成瀬が特別にすごい人だとは思わないんですよね。ひとりの人間として見たときの成瀬は、美貴子と同じく“そういう子なので”という印象なんです

 最終話の『琵琶湖の水は絶えずして』は、びわ湖大津観光大使を務める成瀬が、ある事情によって幼なじみの島崎 みゆきに代役を頼む場面から始まる。島崎の視点を通してこれまでのシリーズの登場人物の近況が描かれ、成瀬の物語は多くの希望を残して幕を閉じる。

懐かしい人たちがオールスターで出てくる話にしたかったですし、成瀬がこれまで歩いてきた道を振り返るような総集編的な一編にしたいとも思いました。自分で書いた作品ではありますが、よく収まったなぁと感じています

 宮島さんの中でいちばん、印象深いのはラストの成瀬と島崎の会話後の一文だという。

この一文を書けたとき、“やっとたどり着いた”という気持ちになったんです。これで成瀬シリーズは終わることができると思いました

 成瀬シリーズを書き切った今、宮島さんは本作をどのように捉えているのだろうか。

1作目はとにかく必死で書き、2作目のときは、“このアイデアは次に取っておこう”という思考がちょっとだけありました。今回は出し惜しみせず、今、持っている力をすべて注ぎ込んだという実感があります

健康のありがたさを実感

 多くのファンを持つ成瀬シリーズだが、宮島さんには少々、不思議に思うことがあるそうだ。

たくさんの人に成瀬を好きになってもらえて、本当にありがたいと思っています。ただ、私自身、いろいろな小説を読む中で、“成瀬よりも面白い作品がたくさんあるのになぁ”と思うこともあるんです。本作で成瀬シリーズは終わりますが、成瀬をきっかけにほかの小説も楽しんでいただけたら、小説家としてとても幸せです

最近の宮島さん

「200歳まで生きることを公言して健康的な生活を送っている成瀬ほどではないのですが、私も健康には気をつけていまして、YouTubeの動画を見ながらストレッチやエクササイズを毎日1つはやるようにしています。

 基本的に健康体なのですが、この取材の1週間ほど前に体調を崩してしまいまして……。健康のありがたさを実感している今日このごろです」

宮島未奈著『成瀬は都を駆け抜ける』(新潮社)

取材・文/熊谷あづさ

宮島未奈(みやじま・みな)/1983年、静岡県富士市生まれ。滋賀県大津市在住。京都大学文学部卒業。2021年、『ありがとう西武大津店』で第20回「女による女のためのR-18文学賞」大賞、読者賞、友近賞をトリプル受賞。2023年、同作を含む『成瀬は天下を取りにいく』でデビューし、第21回本屋大賞ほか数多くの賞を受賞。ほかの著書に『成瀬は信じた道をいく』『婚活マエストロ』などがある。