写真左から西川吉伸院長、浜口順子 撮影/蒔田稔

「体外受精は“最終手段”」と、自分の偏見で治療を先延ばしにしていた浜口。今だからわかる、こだわりを貫きつつも赤ちゃんを授かる最短手段ー。

「1年たっても子宝に恵まれず、ちょっとおかしいかも、と」

「お恥ずかしい話、妊娠の仕組みといいますか、月に1度しかチャンスがないということすら知らなかったんです」

 '23年12月、38歳で第1子となる女児を出産した浜口順子。31歳の誕生日に結婚し、漠然と「子どもは欲しい」と思っていたが、

「自分が納得するまで仕事に専念したい」

 という気持ちで、結婚後4年間を過ごしたという。彼女のようにキャリアを優先し、出産を先に延ばす女性はここ何年かで確実に増えている。不妊治療の技術が飛躍的に向上し、これまで高齢出産といわれていた年齢での出産が当たり前になってきた現在。

 浜口のように高齢でも出産できる、と簡単に考えている人も多いのでは?

「結婚に適齢期はないが、妊娠にはリミットがある」

 と提唱している、週刊女性の不妊治療記事でもおなじみの「西川婦人科内科クリニック」の西川吉伸院長と共に、彼女の妊活を振り返る─。

西川 まずは基本的なことですが(笑)、排卵は月に1回しかないけれど、その4~5日前から妊娠のチャンスはあります。夫婦生活がほとんどないのなら話は別ですが、週に1回くらいのペースで夫婦生活があれば、1年間で70~80%の確率で妊娠します。

浜口 え、そうなんですね。

西川 それで妊娠しない人を、不妊といいます。これは病気ではなく、妊娠しない“状態”のことを指すんです。そこには隠れた原因があるので、治療ではそれを探していきますが、浜口さんは、不妊治療をどうやって始められました?

浜口 初めて行ったのが、不妊治療の専門ではなく、町の産婦人科です。“実は、子どもが欲しいと思っているのですが……”と相談に行きました。そこで簡単な検査で病気とかがないかを診ていただいて、すすめられたのがタイミング法でした。

西川 それが35歳のとき?

浜口 そうですね。お話ししたとおり、妊娠に対しての知識が本当に希薄で(笑)。当時、新型コロナが流行りつつあるタイミングで、病院も診察を受けるのに制限が出始めていました。もともと妊婦さん優先の病院だったのですが、1年たっても子宝に恵まれず、ちょっとおかしいかも、と思い始めました。

西川 35歳以上から高齢出産というけれど、タイミング法で自然妊娠される方もいらっしゃいます。年齢とともにいい卵子が出てくる可能性は減ってくるけれど、35歳ならまだ十分でしたね。

浜口 それで不妊治療の病院にかえてAMH(抗ミュラー管ホルモン)検査(卵巣にどれだけ卵子が残っているかを測る検査)をしたら、数値が高すぎて異常値が出てしまって。判定不能って言われたんです。

西川 AMHの数値が高いということは、卵子が卵巣にたくさんあるということなんですが、多嚢胞性卵巣症候群の人は数値が高いんです。また、男性ホルモンが通常より多いと、排卵しにくくなり、月経異常が起きてきます。

多嚢胞性卵巣症候群だと卵子の質が悪いということも

浜口 あのとき言われたのは、めちゃくちゃ数値が高いことと、その理由はわかりません、ということでした。ただ、次に行った病院では多嚢胞性卵巣かも、と言われました。でも、数値が高いなら卵子がいっぱいあるということだからラッキーって思ったんですが、数値が高いのも異常なんですよ、と諭されて(笑)。

西川吉伸院長 撮影/蒔田稔

西川 あまり高くてもね(笑)。あと、多嚢胞性卵巣症候群だと卵子の質が悪いということもあります。

浜口 そうなんですか。この病院で人工授精に挑戦したんですけど、授からず……。そこで不妊治療の実績が高いといわれているクリニックに移りました。そこで体外受精を2回しましたが、結果は出ませんでしたね。

西川 2回の体外受精がうまくいかなかったのも、卵子の質の問題だったかもしれませんね。採卵では何個くらい取れました?

浜口 2回とも1個ずつでした。注射ではなくお薬を飲んで採卵しました。実は、体外受精なんて大げさだと思っていて。私の偏見だったんですけど、妊娠できない人が最後にする治療だって。

西川 治療の最終手段、みたいな感じですか?

浜口 そうですね。1回人工授精をしたクリニックでは、もう体外受精に切り替えたほうがいいですよ、とすすめられました。でも体外受精は怖いとか、当時は保険適用じゃないということもあったので、すごく渋っていたんです。でも、今思うとあのときにやっておけばよかったな、って。

西川 妊娠率が圧倒的に違いますからね。人工授精の妊娠率だと8%くらい。体外受精なら胚盤胞(着床できる状態に変化した受精卵)を得ることができれば、50%以上の妊娠率になりますから。

浜口 人工授精は、やっぱり確率が低いんですね。

西川 体内受精だから本当に排卵が起こったのか、卵管にピックアップされているかどうか、体内の環境がわかりません。だからすごく不確実なんです。人工授精ですぐ妊娠できるなら、自然でも妊娠できますよ。

浜口 タイミング法と人工授精は経過が違うだけ、ということですね。

西川 ドクターからすれば1回目から体外受精をしてほしいというのもありますが、患者さんの立場もあるし。今は保険を使えるようになったので、ある程度の体外受精への道筋を立てていかないといけません。自然妊娠できる人に体外受精をすると、助成金をムダに使ってしまうという問題もありますしね。

金銭的なこと以上に精神的、身体へのダメージがつらかった

浜口 ただ、体外受精にトライしたとき、本当に痛くて苦痛でしかなかったんです。あんな痛い思いをしたのに、報われないんだ……って。

西川 それは自費治療で?

浜口順子 撮影/蒔田稔

浜口 1回目は自費で助成金をいただきまして、2回目がちょうど保険適用の切り替わりのときで、保険治療でした。でも、金銭的なこと以上に精神的、身体へのダメージがつらくて。

西川 そういうマイナスな気持ちを持って治療を続けるのは、決していいことではないですね。
ちょうどこのタイミングで、東京から三重県に引っ越すことになっていた浜口。不妊治療を中断することになる。'22年8月、三重県に移住、翌年の2月から治療を再開しようと、クリニックを探し始めた。

浜口 引っ越す前、名古屋に東京で通っていたクリニックと同じ系列のクリニックがあったので“三重県に引っ越すので、紹介状を書いてほしい”とお願いしました。そうしたら“うちでは紹介状を出していない。治療データも出すことはできません”と。それじゃあイチからやり直しじゃないって食い下がったんですけど、無理でした。

西川 忙しすぎて、そこまで手が回らないのかも。

浜口 それでもなんとかなりませんか、と言っていたら、先生が“僕の立場で言ったらダメなんだけど、治療法を替えてみたら?”と言ってくれたんです。卵子を1個しか取らないやり方でダメだったのなら、注射でたくさん採卵する方法をやってみたらと。

西川 それは正解ですね。たくさん卵子を取ってその中で質の良いものを選んで戻す、という方法もありますから。

浜口 ヘルプでたまたま来ていた先生かもしれませんが、クリニックのやり方とは別の方法を提案してくれたことに驚きました。それに、たくさん採卵する方法なんてあるんだ、って。無麻酔で採卵するのも、本当に痛かったし。それで移住をして、とりあえず半年間くらいは治療から1回離れようと。引っ越した先は海もあるし、夏だし(笑)。何も考えないで、とにかく遊ぼうと夫と話しました。

西川 気持ちを休めることはいいことでしたね。

浜口 それで'23年になってから、電車でアクセスのいい場所ということで名古屋にあるクリニックを選びました。今度は、絶対に保険適用で麻酔が使えるクリニックというのを条件にして。

西川 そこでは排卵誘発剤を注射で?

浜口 はい。注射で、20個採卵できて。そのうちの10個が使える、と残りました。その中でも5個くらいは卵子の質がいいって言われたんです。年齢などを加味してもいい卵子です、と言ってもらえて。それで1回目の体外受精で授かったんです。

西川 今から考えると、新しいところに行って違う方法にたどり着いたのがよかったですね。やっぱり自分の肌感覚に合ったところ、浜口さんの話されていた“痛み”についてもそうだし。

浜口 名古屋のクリニックが、いろんな意味で私に合っていました。とにかく、痛いのだけは絶対にイヤ、と初診のときから伝えて。先生も“絶対に痛くしませんから”と何回も言ってくれました。

西川 1回目の体外受精で授かったと聞いたときは?

浜口 絶対に無理だと思っていたんです。妊娠したらなんか具合が悪くなると思っていて。熱が出るとかお腹が痛いとか。でもめっちゃ元気で(笑)。妊娠判定日という日があって、合格発表じゃないけれどもうドキドキで。

西川 身体には何の変化もないし(笑)。

浜口 少しはお腹痛くなれよ、みたいな。“残念ですが”と聞くのがすごくイヤで、夫に代わりに行ってきてほしいと、前日に家ですごく泣いて暴れました。こんな元気だから、妊娠しているはずがないって(笑)。

“私ひとりじゃ成り立たない”

西川 でも、ほとんどの人はみんな無理や、と思って来られますよ。

浜口 本当ですか? そこ、先生に聞きたかったんです。みんなどんな反応されるのかな、って。私の場合は紙に“妊娠おめでとうございます”って書かれていて。いや、絶対ウソでしょ? 全然しんどくないし、と言ったら“すぐしんどくなるとかないですから。気が早いです”って。

写真左から西川吉伸院長、浜口順子 撮影/蒔田稔

西川 その反応が普通です(笑)。

浜口 夫と一緒だったんですけど、2人でポカーンとしてしまって。

西川 前に2回、ダメだったというのがあるからね。

浜口 そうなんですよ。それで、夫と“絶対に感情を表に出さんとこ”と言って診察室から出た覚えがあります。エコーの写真もカバンの中に隠して、平静を装って。クリニックにいる、ほかの方への最低限の配慮としてクリニックを出て、名古屋駅に着くまでは顔に出さんとこ、って。

西川 旦那さんも一緒に、ということですが、妊活に対して協力的だったんですね。

浜口 最初は人ごとみたいだったんですけど“なんで私だけこんな痛い思いをせなあかんの!”ってすごい勢いでキレて怒ったんです。彼には検査して問題がないことはわかっていたんですけど“私ひとりじゃ成り立たない”と言ったら、2軒目のクリニックから、できるだけついてきてくれるようになりました。

西川 それはすごいことですよ。このごろは付き添って来られる方が増えたけど、昔はいなかったですから。

浜口 私が八つ当たりするのが、本当はつらかったらしいです(笑)。心を無にしていたみたいで、サンドバッグになっているような感じ? でも、“俺だってつらいんだよ”と言ってるのを聞いて“私だけじゃなかったんだ”とハッとしたことはありました。もともと、子どもが好きで欲しかった、と後から知ったんですけど、今は本当に“子どもファースト”です。

 まったく妊活の知識がないまま挑んだ3年間。赤ちゃんを授かった浜口に、今、妊活に取り組んでいる人にアドバイスを求めると、「すごい難しいですけど……」とこう話し始めた。

浜口 とにかくやり切れない思いなどを、ぶつける方法を見つけてください。私は夫に当たりまくりましたけど(笑)、合法的に物を壊せるところがあるらしいんですよ。お皿とか家電を投げて壊せるような。とにかく自分の中にため込まず、人に迷惑をかけないで発散する方法を見つけることです。

西川 難しいですよね。医者の立場からすれば、事実は事実としてお伝えするし、もちろん希望を持てることも言いますが、それには制限があるということもはっきりとお伝えしています。

浜口 先生のように現実をはっきりと言ってくださることは、本当に大事だと思います。だからこそ、自分に合ったクリニック、先生に出会えることが大事だし、いちばん大切なことは、先生の言うことはちゃんと聞きましょう!  ということですね。これは私自身が振り返って、いちばん思うことです。

西川 初め、体外受精を拒んだこと?

浜口 そうですね。あのとき、もしやっていたら結果も変わっていて、無駄なストレスをためることもなかったでしょうし。もうね、毎回オーディションで落とされている感じですよ。受験勉強をいくらしても落ち続けているような気持ちでした。

 こうしてお話しするのも、誰かのために、何かのきっかけになればいいな、と思っているんです。いろいろな形のケースのひとつとして、読んでいただければ、と思っています。

取材・文・撮影/蒔田 稔

浜口順子 タレント、ライター。大阪府出身。'01年、ホリプロタレントスカウトキャラバンでグランプリを受賞し、芸能界デビュー。近年はライブコマーサーとしても活動。

西川吉伸 西川婦人科内科クリニック院長。医学博士。医療法人西恵会理事、日本産科婦人科学会専門医、日本生殖医学会会員、日本受精着床学会会員、大阪産婦人科医会代議員ほか。