1965年から1973年まで、9年連続で日本シリーズを制覇する“V9”の偉業を達成するなど、日本プロ野球界において絶大な存在感を誇る名門・読売ジャイアンツ。その中で“4番打者”を担った選手たちは、大きなプレッシャーを背負いながらも燦然たる輝きを放ってきた。2026年1月4日には、昨シーズンまで4番を任されていた岡本和真がMLBのトロント・ブルージェイズに移籍を発表。海の向こうでの活躍にも期待がかかる。そこで、全国の25歳以上60歳以下の男女500人を対象に「歴代巨人軍『最強4番打者』」についてアンケートを取った。
最年少記録を樹立
第10位は、お茶目なキャラクターで人気を博したアレックス・ラミレス。
2007年12月、ヤクルトスワローズからの移籍で巨人入りしたラミレス。2010年に記録した49本塁打は巨人軍の右打者における1シーズン最多本塁打であり、巨人の外国人打者においても最多本塁打。2011年には横浜DeNAベイスターズに移籍し、引退後は同チームの監督にも就任した。現役時代、本塁打を打った際やヒーローインタビューの際に、芸人の芸を取り入れたコミカルなパフォーマンスを行うことでも有名。“ラミちゃん”の愛称で多くのファンに親しまれた。
「打率も良いし、ホームランも打てるから」(東京都・50歳男性)
「試合成績以外でも愛嬌があった」(広島県・48歳女性)
「安定した成績が継続していた」(兵庫県・40歳女性)
第9位は、先述の通りブルージェイズに移籍した岡本和真。
2014年度プロ野球ドラフト会議で巨人から1巡目で単独指名を受けて入団した岡本。2017年に初の開幕一軍登録を果たすと、翌2018年にはレギュラーに定着。このシーズンの途中から4番を任され、日本プロ野球史上最年少となる22歳シーズンでの「3割・30本塁打・100打点」を記録した。その後も本塁打王と打点王の二冠を2年連続で達成するなど、数々の記録を樹立。2024年には、巨人の4番打者として史上4人目となる通算200本塁打を放ち、27歳11か月での達成は長嶋茂雄の32歳5か月を更新する球団最年少記録となった。2026年に行われるWBCにも出場意欲を示しており、MLBデビュー前の活躍にも注目が集まる。
「成績が安定していて頼りになる」(東京都・44歳男性)
「とても力強いイメージ」(千葉県・38歳女性)
「ホームランも多いし、とにかくよく打つ」(愛知県・55歳女性)
“番長”から“若大将”まで
続いては、清原和博と阿部慎之助が同票で7位にランクイン。
PL学園出身の清原は、高校1年生時から甲子園で活躍。5期連続甲子園出場、計13本の本塁打を放ち、桑田真澄との“KKコンビ”は一世を風靡した。プロ野球では1985年、西武ライオンズにドラフト1位で入団。その後に移籍した巨人ではパワフルな打撃と“番長”キャラで人気を博し、1998年にはプロ入りから13年連続20本塁打の日本記録を達成した。引退後、2016年には覚せい剤取締法違反で逮捕されたことも大きな話題に。現在は野球評論家、タレント、YouTuberとして活動している。
「迫力、気迫、華があった」(新潟県・52歳男性)
「いつでも打つイメージが強い」(東京都・55歳女性)
「番長として強いインパクトが残っている」(大阪府・32歳女性)
同率の阿部は、2000年11月のNPBドラフト会議において、ドラフト1位(逆指名)で巨人に入団。2001年、当時の一軍ヘッドコーチだった原辰徳の推薦で、阪神タイガースとの開幕戦に「8番・捕手」で新人捕手ながら先発出場し、プロ入り初打席初安打初打点を含む4打点を挙げる活躍を見せた。2年目には、ベストナインとゴールデングラブ賞を受賞。2007年には主将・4番に任命され、シーズン100打点に到達。その後も内野手へのコンバートなどを経ながら、巨人一筋で長らく活躍。引退後は巨人の二軍監督、一軍コーチを務めた後、2023年からは一軍監督としてチームを牽引し続けている。
「ホームランを打つ!期待を裏切らなった」(神奈川県・52歳女性)
「ジャイアンの4番と言えば阿部慎之助、印象に残っている」(長野県・33歳男性)
第6位は、ジャイアンツの“若大将”こと原辰徳。
1980年のプロ野球ドラフト会議において、巨人の藤田元司監督が広島・大洋・日本ハムとの競合の末に1位クジを引き当て、巨人に入団。デビューイヤーに新人王を獲得し、1983年には打点王、最多勝利打点、MVPを獲得。1991年には、新人時代から11年連続20本塁打の日本記録を更新。そんな原に関しては、監督としての活躍が記憶に残っている人も多いだろう。監督として通算で2度のセ・パ交流戦優勝、9度のリーグ優勝、5度のクライマックスシリーズ優勝、3度の日本一など、数々のタイトルを獲得。2009年には、WBCで侍ジャパンの指揮を取り、見事世界一に導いている。
「時代のアイドル的存在だった」(埼玉県・50歳女性)
「現役時代、テレビで見ていて凄いと思った」(福岡県・54歳女性)
「ミスター」もランクイン
第5位は、落合博満。
1994年から1996年の3年間、4番として巨人に在籍した落合。この3年間で、長嶋茂雄さん率いる巨人は2度のリーグ優勝に輝いている。1995年には通算2000安打を達成したが、名球会入りを辞退したことも話題になった。落合は「任意の団体だから入る自由もあれば、辞退する自由もある。名球会を目指して野球をやってきたわけではない。ゴールはまだ先」と語っていたが、入会資格を満たしながらの辞退は初のケースだった。続く1996年、史上7人目の通算500本塁打、史上7人目の通算1500打点を達成。43歳の年齢にして4番を務めた選手は落合以降におらず、現在も球団最年長記録。ロッテ時代に記録した、NPB史上唯一の“3度の三冠王達成”や、現役引退後の名将としてのイメージも強いだろう。
「どの球団でも活躍していたイメージが強い」(愛知県・60歳女性)
「圧倒的に天才なので」(大阪府・50歳男性)
「打撃を究極に追求し、ほぼ自身の思いのまま方向距離角度までコントロールした打球を打てるから」(千葉県・58歳男性)
第4位は、ウォーレン・クロマティ。
1983年、MLBのモントリオール・エクスポズから巨人に移籍したクロマティ。移籍1年目の1984年から35本塁打をマークし、1986年には打率.363を記録した。1988年、シーズン開始前にこの年限りでの引退を宣言していたが、6月の試合で指に死球を受け骨折してしまい、残るシーズンを棒に振ることに。1989年に再度この年限りでの引退を宣言し、開幕からヒットを量産。規定打席の403打席に到達した時点で打率は4割を超えており、首位打者を獲得した。最終的な打率.378は巨人の球団歴代最高打率でもある。MVPも受賞し、シーズン終了後には引退を撤回することとなった。助っ人外国人としてその実力を遺憾なく発揮した姿は、多くのファンの胸に刻まれている。
「チャンスに強い印象がある」(東京都・45歳男性)
「『お前が打~た~なきゃ~明日は雨~クロマティ~』と歌えば、期待に応えてくれたから!」(神奈川県・51歳女性)
「打率がずばぬけていて印象にのこっています」(神奈川県・53歳男性)
第3位は、“ミスター”こと故・長嶋茂雄さん。
ルーキーイヤーからオープン戦で7本の本塁打を放つなど、痛烈な輝きを放った長嶋さん。新人ながら29本塁打・92打点で本塁打王と打点王の二冠を獲得し、1959年の天覧試合ではサヨナラ本塁打を放ったことでプロ野球の人気に火をつけた。王貞治とともに“ON”コンビで目覚ましい活躍を続け、巨人のV9達成にも貢献。現役引退時のセレモニーで放った「我が巨人軍は永久に不滅です」の言葉は、球界屈指の名言だ。その後も監督として巨人を長く率いて、“ミスタープロ野球”“ミスタージャイアンツ”の愛称で親しまれた長嶋さん。2025年6月3日に肺炎のため89歳で死去した際は、日本のみならず台湾や韓国、アメリカ、イギリスでも訃報が報じられ、プロ野球では2026年シーズンから「走攻守に亘って活躍し、野球ファンを魅了し、日本プロ野球の文化的公共財としての価値向上に貢献した野手」を対象とした『長嶋茂雄賞』が創設される。
「V9時代の中心選手としてチームを引っ張り、好機を逃がさない打撃とスピード感あふれる守備でファンを魅了した」(埼玉県・47歳女性)
「時代を超えたレジェンドだから」(東京都・60歳男性)
「ミスターに勝る人はいない」(愛知県・43歳男性)
1位は「世界のホームラン王」
第2位は、メジャーでも活躍した“ゴジラ”こと松井秀喜。
星稜高校高校3年生時の夏の甲子園、2回戦の明徳義塾高校戦で受けた“5打席連続敬遠”は、もはや伝説だろう。1992年のドラフト会議で4球団から1位指名を受け、抽選の結果交渉権を獲得した巨人に入団。前述の清原とのコンビは「MK砲」と呼ばれた。1999年には5試合連続本塁打を記録し、2002年には通算300号本塁打を達成。輝かしい成績を残した松井は2002年にニューヨーク・ヤンキースに移籍。その後は2009年に日本人選手初となるワールドシリーズMVPに選出されるなど、世界最高峰の舞台でも“ゴジラ”の力を見せつけた。
「甲子園での連続敬遠もあり話題性十分で入団してきて実績も残した。当時の日本人バッターの中では圧倒的なパワーだったと思う」(福島県・51歳男性)
「巨人ファンじゃないけど松井は別格」(大阪府・54歳男性)
「高校野球の頃からずば抜けた能力で注目されていて、プロ野球に入ってからも期待を裏切らない活躍でファンを沸かせた選手」(岐阜県・53歳男性)
栄えある第1位に輝いたのは、“世界の王”こと王貞治。
代名詞の“一本足打法”を駆使して世界記録となる本塁打868本を放った、まさに最強の打者。前述の通り長嶋さんとの「ON砲」で、巨人の二枚看板として大活躍した。1964年に記録したシーズン55本塁打は、2022年にヤクルトの村上宗隆に破られるまで、日本出身選手における最多本塁打記録だった。本塁打王はプロ野球最多記録となる15回、打点王を13回、最多出塁数を12回、最優秀選手も最多記録となる9回受賞しており、ベストナインもセ・リーグ最多記録となる18回受賞。国民栄誉賞受賞者第1号であり、引退後も巨人とダイエー、ソフトバンクで監督を歴任し、2006年の第1回WBCでは日本代表監督を務め、見事チームを優勝へ導いた。
「バッターボックスでの鋭い眼光&圧倒的な気迫と、圧倒的なホームラン量」(福島県・59歳男性)
「引退の年にもホームラン30本以上打っているのはオドロキ。引退しなければ900本、1000本も夢ではなかった」(神奈川県・47歳男性)
「未だに世界記録を破られていない、『世界のホームラン王』」(群馬県・58歳男性)
プロ野球の歴史を華々しく彩ってきた、巨人の歴代4番打者たち。岡本が移籍した後を継ぐ候補としては、リチャードや荒巻悠、石塚裕惺、中山礼都、増田陸らに期待がかかっている。果たして、近いうちにこのランキングに名を連ねる強打者は現れるのか……今後のプロ野球からも目が離せない!
歴代巨人軍『最強4番打者』ランキング
1位:王貞治(176票)
2位:松井秀喜(109票)
3位:長嶋茂雄さん(94票)
4位:ウォーレン・クロマティ(24票)
5位:落合博満(13票)
6位:原辰徳(11票)
7位:清原和博(10票)
7位:阿部慎之助(10票)
9位:岡本和真(9票)
10位:ラミレス(6票)
※インターネットアンケートサイト「Freeasy」にて1月中旬、全国の25歳以上60歳以下の男女500人を対象に実施
