原田マハさん 撮影/山田智絵

 白壁の蔵屋敷や古民家、古い洋館などが立ち並び、川沿いには並木の柳がそよぐ倉敷の美観地区。観光地の中心にあるギリシャ神殿風の建物は、大原美術館。

 日本初の近代西洋美術館で、昭和5年に建てられた。設立した大原孫三郎は、紡績工場をはじめ、いくつもの会社を経営する財閥の創始者で、社会や文化事業にも熱心だったという。

普通の少女の成長物語を書きたいと思った

 原田マハさんの新刊『晴れの日の木馬たち』は、その大原孫三郎が経営する倉敷紡績に、一人の少女が働きにきて4年が過ぎた明治43年から物語が始まる。主人公の山中すてらは16歳の工女。原田さんは、すてらのことをこう言う。

彼女はどこにでもいるような少女。いえ、どこにもいないくらい悲惨な生い立ちです。でも、彼女の原動力はリベンジではなく、自分のやりたいことに素直で望みを捨てないことです

 すてらは幼いころに母に捨てられ、病身の父のわずかな稼ぎで暮らしていた。宣教師のアリス・ペティ・アダムスに助けられ、聖書を読むために読み書きを学び、アリスと話したい一心で英語も勉強した。父が倒れ、アリスの紹介で、寄宿舎のある倉敷紡績で働くことになったのだ。

 原田マハさんといえば、アートを題材にした小説の新ジャンルを拓いた作家。絵画や美術家にまつわる謎を追うミステリー仕立ての展開に、美術ファンならずとも夢中になった人も多いだろう。

 ピカソやゴッホなどの実在の人物も登場し、巧みなストーリーテリングで豊穣なアートの世界に連れて行ってくれる。

 この『晴れの日の木馬たち』でも、大原孫三郎も宣教師アリスも明治末から昭和初期にかけて生きた実在の人物。孫三郎がクリスチャンで、工場で働く人たちのために寄宿舎や尋常小学校をつくったのも事実。

 「白樺派」や「民藝」、芸術のよき理解者でもあった。ただ、すてらについては普通の少女として描きたかったという。

これまで小説では、ピカソのような実在の天才以外も、キュレーターや画商など美術界の突出したポジションにいる人を書いてきました。この小説では、そんな人たちではなく、普通の少女の成長物語を書きたいと思ったのです

 明治44年秋、倉敷紡績の「文化祭」が開かれることになった。すてらはそこで「小説」を発表し、訪れた人たちに読んでもらおうと考えた。完成した小説が『回転木馬』。惹かれ合う男女が雨の中で別れる悲恋の物語だ。

作家になる前に経験したことが生かされている

 最初の読者となった庶務課の主任は、すてらに言う。

《雨がそぼ降る回転木馬もすてきじゃけど……いつか書いてください。晴れの日の木馬たちの物語を》と。

原田マハさん 撮影/山田智絵

 この小説は孫三郎夫妻の目に留まり、孫三郎から《でーれえ『ええもん』を読ませてもろうた》と言われる。以来、夫妻はすてらを励まし、美術や評論も載っている『白樺』を貸してくれたりした。すてらは社内誌に小説の連載もするようになるのだった。

 その後、20歳を目前に倉敷紡績を退職し、故郷へ帰って住み込みの女中として働くことになったすてら。その家は吝嗇(りんしょく)で、休みもなく酷使される日々。それでも、すてらの“書く”ことへの情熱は冷めなかった。

 原田さんも、絵や漫画を描いて、架空の話を想像するのが好きな子どもだったそうだ。

いつも手を動かして何か創作していました。しょっちゅう妄想が爆発して、想像の世界に遊ぶということを楽しんでいました(笑)

 退職したときに孫三郎から贈られた『白樺』だけがすてらの心の支えに。その『白樺』は、ゴッホの口絵と画評が載っているゴッホの特集号だった。その中でも、どっしりとした女性の絵と武者小路実篤のゴッホ評が心に響いた。《私も書かなければ。ゴッホが絵を描いたように》と思い定める。

 大学では日本文学を専攻した原田さんだが、アートの仕事がしたくて、開設準備中の美術館に飛び込み、就職。伊藤忠商事に勤めたあと森美術館の設立準備に加わり、ニューヨーク近代美術館に派遣される。もっと深く美術に携わりたいという思いが、原田さんを行動に駆り立てた。

作家としてデビューしたのは、44歳のとき。かなり遠回りをしました。作家になる前に経験したことが、結果的に作家になって生かされていますから、よかったと思います

 美術関係の仕事をしていたことは、“アート小説”に結実したという。その第1作『楽園のカンヴァス』は、大原美術館の展示室から物語が始まるが、倉敷は原田さんにとって特別な場所のようだ。

10歳のときに大原美術館を訪れ、初めて実際の名作の数々を見ました。その体験が、私の礎をつくってくれたと思っています。今回の小説は、倉敷という場所を掘り下げ、ここを舞台に一人の少女が周りの人に支援されながら、大きく羽ばたいていく物語です

 すてらはその後、上京して、師となる作家の書生となる。物語は、読者を引きつけるいくつもの仕掛けが用意され、結末へとつながっていく。

たったひとつの好きなことは手放してほしくない

すてらは書けないときもありましたが、書くことを諦めなかった。自分の好きなことを手放さず、ステップアップしていきます。誰にだって好きなことがあると思います。だけど、やむなく諦めてしまう人もいる。でも、たったひとつの好きなことは手放してほしくない。それが伝わるといいなと思います

 この物語には、続編が用意されているという。すてらはどんな木馬に乗って、どのように羽ばたき、どこまで成長するのだろうか。すてらを応援しないわけにはいかない。

最近の原田さん

『あなたは、誰かの大切な人』に収めた短編をもとに、『無用の人』という映画を撮りました。国語の教科書に掲載された短編なのですが、それを読んだ女子高生から“まるで映像を見ているよう”という手紙をもらったことが、監督に挑戦するきっかけになりました。素晴らしいスタッフのおかげで、イメージどおりのものができたと思います。2027年公開予定です。ぜひ見てください

『晴れの日の 木馬たち』 原田マハ 新潮社 税込み2310円

取材・文/藤栩典子

原田マハ(はらだ・まは) 1962年、東京都生まれ。森ビル森美術館設立準備室、ニューヨーク近代美術館勤務を経て、2005年『カフーを待ちわびて』で日本ラブストーリー大賞を受賞し、作家デビュー。2012年『楽園のカンヴァス』で山本周五郎賞、2017年『リーチ先生』で新田次郎文学賞を受賞。その他、『本日は、お日柄もよく』『キネマの神様』『暗幕のゲルニカ』『たゆたえども沈まず』など多数。