佳子さま

「新年おめでとうございます。新しい年を、こうして一緒に祝うことをうれしく思います。その一方で、昨年も地震や大雨、林野火災、大雪などによる災害が各地で発生するなど、多くの方々がご苦労の多い生活をされていることを案じています。

 いろいろと大変なこともあるかと思いますが、本年が皆さんにとって穏やかで良い年となるよう願っております。年の始めに当たり、わが国と世界の人々の幸せを祈ります」

新年恒例の一般参賀で宮殿のベランダに立った天皇、皇后両陛下ら

新年一般参賀に出席し、皇居・宮殿前に集まった人々に笑顔でお手振りした佳子さま(2026年1月2日)

 新しい年、2026年がスタートした。1月2日、皇居で新年恒例の一般参賀が行われ、天皇、皇后両陛下と長女、愛子さまをはじめ上皇ご夫妻、秋篠宮ご夫妻と次女、佳子さまらが宮殿のベランダに立った。

 陛下は冒頭のように挨拶し、国民が平穏な日々を過ごせる一年になってほしいと述べた。

 昨年9月に成年式を無事に終えた秋篠宮ご夫妻の長男で、筑波大学1年生の悠仁さまが初めて出席した。一般参賀は午前と午後の計5回行われ、すべてに出席した悠仁さまは姉の佳子さま、従姉妹の愛子さまと一緒に、参賀者たちの祝意に笑顔で手を振って応えていた。宮内庁によれば、今回は約6万人が訪れた。

 これに先立ち元日には、皇居・宮殿で天皇陛下が皇后さまとともに皇族方や三権の長らから祝いの言葉を受ける「新年祝賀の儀」が行われた。毎年恒例の国事行為の儀式で、これにも成年皇族になった悠仁さまが初めて出席した。

 午前11時から、皇居・宮殿「松の間」で、衆参両院議長らが参列した儀式が開かれ、両陛下と愛子さま、秋篠宮ご夫妻、佳子さまらが出席した。陛下は、燕尾服に勲章を身につけ、皇后さまや佳子さまたち女性皇族は、ローブ・デコルテのロングドレス姿で、頭にはティアラが輝くなど新年らしい華やかな装いだった。陛下は、「年頭にあたり、国民の幸せと国の発展を祈ります」などと挨拶した。

 1月2日朝、悠仁さまの一般参賀デビューを見届けるため、私は皇居を訪れた。佳子さまたちが宮殿ベランダに立つ初回を目指し、午前9時半ごろ、桜田門に到着した。いつものように桜田門から入ろうとすると、門は閉鎖されていた。理由を尋ねると、「この先が大変、混雑しているから」と、担当者が手短に説明した。

 私は仕方なく、お濠に沿って歩いた。丸の内警察署前を左折し、今度は日比谷通りに沿って歩き、大きく迂回しながら皇居前の広場に到着した。人、人、人、見渡す限りの参賀者たちが列をつくっている。私は手荷物と身体チェックを済ませ、「8」の列に並んだ。

「新年祝賀の儀」に出席するため、車で皇居に入る佳子さまと悠仁さま(2026年1月1日)

 私の周囲には外国からの参賀者たちがたくさんいた。天皇陛下たちに直接、会えることと、普段は入ることができない皇居・宮殿まで行くことができるのが、海外の観光客にとっては大きな魅力なのだろう。これは私たちも変わりはない。

 青い空に白い雲がポッカリと浮かんでいる。気持ちがいい。それほど寒くはない。風もなく、日差しが当たるとポカポカと暖かいくらいだ。私より年輩の方々がじっと待っている姿を見て、私もここで静かに順番を待つことにした。

 初回には間に合わず、午前10時40分ごろ、私たちの列が動き出した。大勢の参賀者たちに揉まれながら皇居正門を抜け、参賀会場に到着した。「立ち止まらないでください」「前に進んでください」。警備担当者に促されながら、私はベランダ中央付近の最後部で佳子さまたちを見守ることにした。

 2回目は午前11時ごろ、天皇、皇后両陛下や秋篠宮ご一家らがベランダに姿を見せた。「どこ、どこ?」「右から3番目よね」。40代くらいの女性は、悠仁さまファンなのだろうか、盛んに連れの男性に悠仁さまの立ち位置を確認していた。ベランダに向かって右から3人目に悠仁さまがいた。隣に立つ佳子さまと時々、言葉を交わしながら、にこやかに手を振っている。悠仁さまが無事に、一般参賀デビューしたのを見届けた私は、安心して参賀会場を後にした。

昨年、秋篠宮ご一家は「戦後80年 戦争と子どもたち」展へ

「戦後80年 戦争と子どもたち」展を見学する秋篠宮ご一家(2025年12月26日)

「戦争の時代の子どもについて考えるきっかけになりました」

 昨年は、戦後80年の大きな節目の年だった。佳子さまをはじめ秋篠宮ご一家は、昨年暮れも押し迫った12月26日、東京都板橋区赤塚にある板橋区立美術館を訪れ、「戦後80年 戦争と子どもたち」展を鑑賞した。

 戦時中から戦争直後に制作された絵画や彫刻など約120点が展示され、ご一家は約1時間かけて見て回った。そして、佳子さまは前述したように語り、悠仁さまは、「画家が自分の伝えたい思いを強調しているのが絵画ではないでしょうか」などと、感想を述べたと報道された。

 私は翌27日、寒空の中、板橋区立美術館に足を運び、この展覧会を見学した。買い求めたカタログの中に、

《戦争の影響は、美術家たちが表現した子どもたちの姿にも明確に表れています。(略)うつむき加減で緊張した面持ちの子どもたちなど、戦争による先の見えない不安を反映させた作品も発表されるようになりました。(略)「子どもたちをめぐる美術」を時代背景と重ね合わせながら読み解くことで、美術家たちが子どもたちの姿をどのように捉え、作品に反映させていたのかを検証していきます》

 などと、主催者が展覧会を企画した趣旨などが説明されている。

 開館後すぐだったが、5、6人の来場者たちが熱心に作品を見ていた。松本竣介の「りんご」、青柳喜兵衛「天翔ける神々」、小杉放菴「金太郎遊行」などが、私の印象に残っている。

 特に、宮本三郎の「マライの娘」に引きつけられた。解説によると、マライとは現在のマレーシアなどのことで、ここも戦争中、旧日本軍が進出した。現地で見かけた2人の少女の姿を、宮本が描いた作品なのだが《硬く口を閉ざし、遠くをじっと見つめた少女たちの視線は警戒心に満ちており》(同展カタログより)、明らかに日本の兵隊や日本人たちを歓迎していない様子がひしひしと伝わってくる。中国や東南アジアの子どもたちを題材にした作品もあり、深く考えさせられた。

《昨年は、戦後80年という節目に当たり、先の大戦を思い起こし、戦中・戦後に人々が耐え忍んだ苦難と、人々のたゆみない努力により築き上げられた今日の我が国の平和の尊さに改めて思いを致すとともに、これまでの歩みを今後とも語り継いでいくことの大切さを心に刻みました。一方で、現在も戦争や紛争により、世界各地で多くの人々の命が失われていることに深く心が痛みます。平和な世界を築いていくために、人々が対話を重ねながらお互いの理解に努め、協力していくことの大切さを感じます》

 これは新年に当たっての天皇陛下の「ご感想」の一部だが、このように陛下は、平和がいかに尊いものか、さまざまな機会で言及している。また、昨年秋の還暦を前にした記者会見で秋篠宮さまも、平和の大切さについて、こう語っている。

「今年は80年ですけれども、81年であっても、82年であっても、折々に思い起こして、過去に学びながら、二度と同じことを繰り返してはいけないということを、一人ひとりが確認することが大事なのではないか」

 日本だけでなく、世界中の人たちが仲良く暮らし、平和な世界を築くことは皇室全体の強い願いである。今年もまた、佳子さまたちは平和への努力を重ねていくことであろう。

<文/江森敬治>

えもり・けいじ 1956年生まれ。1980年、毎日新聞社に入社。社会部宮内庁担当記者、編集委員などを経て退社後、現在はジャーナリスト。著書に2025年4月刊行の『悠仁さま』(講談社)や『秋篠宮』(小学館)など