指定難病「先天性ミオパチー」を患っている富士くん

 医学が発達した現代においても、原因不明であったり、治療法が確立されていない疾患は少なくない。厚生労働省が定める「指定難病」は、2025年4月時点で348疾病。2022年7月に誕生した、新井正輝さん・ゆりこさん夫妻の長男、富士(ふじ)くんも、そのひとつである指定難病「先天性ミオパチー」と向き合っている。

産声を上げられなかった富士くん

「先天性ミオパチー」とは、生まれつき筋組織に異常があり、筋力低下や筋緊張低下などの症状のほか、呼吸障害、心臓の合併症、関節拘縮などの症状がみられる疾患である。「ミオ」は筋肉、「パチー」は病気を意味し、日本での患者数は1000~3000人と推定される。

 富士くんは帝王切開で誕生したが、呼吸に関する筋力が弱く自発呼吸ができず産声を上げることができなかった。

「出産前最後の診察のとき、胎動が少ないということで、そのまま緊急出産に。母子共に無事であってほしいと手術室の前で落ち着かない時間を過ごしました」と父親の正輝さんは当時を振り返る。

 富士くんは出産後すぐにNICU(新生児集中治療室)に運ばれた。

「手術室のドアが開いて、保育器に入った息子が、看護師さんの駆け足とともに運ばれていきました。何が起きているのかわからない状態でした」(正輝さん、以下同)

 その後、正輝さんは医師に呼ばれる。

「自発呼吸がなかったことや、筋肉の張りがなく、身体がだらんとしているなどの説明を受けましたが、頭の中を整理しきれなかったですね」

 富士くんは、そのまま入院となり、約3か月をNICUで過ごした。その間にさまざまな検査を受け、「先天性ミオパチー」との診断が確定した。

2歳までの生存率は50%

「泣いてばかりいても、息子の病気は変わらない。ネガティブに考えるよりも、受け入れようと思いました。息子や妻のために、自分にできることは何でもしたい、という気持ちでした。

 一方で、先生に言われてショックだったのは、『もしかしたら、この子は長く生きられないかもしれない』という言葉。2歳までの生存率は約50%。根治的な治療法がないことは、かなりつらかったです」

 しかし、正輝さんは、自分でいろいろ調べていくうちに、海外では薬の治験が進んでいることを知る。

「動けなかった子どもが、歩いたり、乗馬ができるようになっている動画を見て、息子も治る可能性はゼロではないと。妻と僕にとって、それは希望になりました」

2023年の秋に家族で行った初めてのディズニーランド。富士くんは初対面のミッキーに少し緊張しつつもご満悦だったそう

 また、新井さん夫婦にとって、もうひとつの支えとなったのが、SNSやブログでの発信。

「同じような障害のある方たちと交流できればと思い、息子の成長をネットで公開しています。寄せられる応援の言葉のなかには“実はうちも……”と、家族に何らかの障害や疾患があることを、打ち明けてくれる人が、少なからずいました。まだ気持ちが落ち着かない時期でしたが、そうした連絡をもらったり、優しい言葉をかけてもらえたりして、すごく励みになりましたね。

 知人のひとりが同じような境遇で、『最初から受け入れられる親はいない。でも、時間をかけて受け入れられなかった親もいないんだよ』と言ってくれたんです。時間がたつにつれて、その言葉の意味がわかってきて、少しずつ前を向けるようになりました。発信することで、いろいろな人に話を聞いてもらえて、本当によかったと思っています」

 富士くんの入院中から、自宅での医療的ケアの準備を整えていく正輝さん。やるべきこと、用意するものなどを表にまとめ、同時に人工呼吸器の扱い、吸引の仕方や経管栄養チューブの挿管などの練習を繰り返した。

 2023年1月に退院。自宅でのケアがスタートするが、正輝さんは妻や息子が家の中に引きこもらないように、なるべく外出することを心がけた。

「ケアのための持ち物が多く、忘れ物をしてはいけないので、リストを作ってチェックしています。準備を考えるとおっくうになってしまいがちですが、息子にとっても外出することがよい刺激になっていると思います」

 近所の散歩に始まり、公園でのピクニックやイベントへの参加、ディズニーランドや新幹線を利用して京都までの旅行も経験した。

「鼻からの経管栄養は1回に3時間ほどかかっていましたが、胃ろうの手術をして、今は少しずつ半固形での栄養補給に切り替えています。首がすわってないので、座位を保ったり寝返りをしたりすることは難しいですし、気管切開をして人工呼吸器をつけているため、言葉だけでは意思の疎通が難しい状況。

 ハンドサインやジェスチャーを組み合わせてコミュニケーションをとっています。よく、手鏡を使って周囲を観察したりもしています。慎重な一面もありますが、いたずらっ子のようなところもありますね」

夫婦で前を向いていく

 訪問看護師やヘルパーの支援を受けながらではあるが、富士くんの成長とともに、少しずつ夫婦それぞれの時間も持てるようになってきた。

「出産前から夫婦でいろいろ話すほうでしたが、改めて気持ちを言葉で伝えるのは恥ずかしいこともありました。時間ができてからは、月に1回は家族会議を開いたり、妻に『調子はどう? 眠れている?』といった簡単なアンケートを取ったことも」

保育園に入園して約1年、人生初めての運動会に参加した新井正輝さん・ゆりこさん夫妻の長男、富士くん。かけっこではカートに乗った富士くんをクラスメイトがひもで引っ張って一緒にゴールした

 現在、新井さんは株式会社NEWSTAが運営する「ファミケア」のCOOを務めている。そして、ビジネスを通して、疾患や障害のある子どもを持つ家族の毎日を楽しくすることを目指し、事業づくりに取り組んでいる。

「医師は病気のことは詳しいですが、ケアのことや患者家族への支援については、必ずしも十分に把握しているとは限りません。全体像を理解している人って、実はほとんどいないんです。

 探せばいろいろな制度やサービスがあるのに、その情報にたどり着けていなかったり、誰にも相談できずに孤独を感じている人も多い。そうした家族の困り事を解決するヒントや、毎日を少しでも『楽しい』と思ってもらえるような情報を届けられたらと思っています」

 最後に正輝さんに、今後やってみたいことを聞いた。

「家族でいろいろなところに出かけたいですね。新幹線には乗ったので、次は飛行機に乗ってみたいです。それから、息子のためにも、自分が健康でいないといけないと思っています。

 先天性ミオパチーの場合、合併症として肝臓の病気を発症することがあるので、将来的に、僕の肝臓を息子に移植する可能性も考えています。以前はお酒をよく飲むほうでしたが、今はその可能性を考えて、かなり控えるようになりました」

 さまざまな制度を調べていくなかで、社会や政治への感度も高まったという正輝さん。「ファミケア」の活動を通じて、大学や企業との新たなつながりも生まれている。

 未来に不安がないわけではない。それでも、海外での治験の成功例が示すように、希望は確かに存在する。夫婦と富士くんが歩んできた道のりは、今、同じように悩み、立ち止まる誰かにとっての希望にもなっている。


取材・文/小林賢恵