2月6日にイタリアで開幕するミラノ・コルティナ冬季五輪。今年も雪や氷の上で、熱い戦いが繰り広げられる。
ヒーロー、ヒロインたちの名場面を振り返り
フィギュアスケートでは、鍵山優真・坂本花織の2人がメダル候補の筆頭だ。持ち前の表現力に加えて、4回転ジャンプもさらに進化した鍵山。選手権3連覇の坂本は、今季限りでの引退を表明。圧倒的な演技で、表彰台の頂点を狙う。
スノーボード・ハーフパイプの平野歩夢は、東京五輪でスケートボードの“二刀流”出場を叶えた。白銀の舞台で100%の力が発揮できれば、再び王の座が見えてくる。また、プロに転向したスキージャンプの小林陵侑は、2大会連続の金メダルに向けてビッグジャンプに期待だ。
そのほか、フィギュアスケート・ペアの三浦璃来・木原龍一組やスピードスケート女子の高木美帆など、日本代表の選手団に大きな期待が寄せられるミラノ大会。
『週刊女性PRIME』では、そんなミラノ大会をさらに盛り上げるべく、これまでの冬季五輪で私たちの目も心も魅了してきてくれた、さまざまな日本代表のヒーロー、ヒロインたちの名場面を振り返る―。
羽生結弦、浅田真央ら銀盤のスターたち、観客をハラハラドキドキさせた日の丸飛行隊、もぐもぐタイムで心を和ませたカーリング娘……アスリートたちが見せた一瞬の輝きがここに!
冬季五輪“名場面”をプレイバック パート1
1992年アルベールビル 銀メダル 伊藤みどり
女子初のトリプルアクセルを五輪でも披露!
小学5年生で全日本選手権3位に入り「天才少女」と呼ばれた伊藤。'88年に女子で世界初のトリプルアクセルを跳び、アルベールビルでは五輪で初めて成功させた。期待された金メダルには届かなかったが堂々の銀。記者会見では真っ先に「すみません」と口にしたが、女子シングルにジャンプの魅力を持ち込んだ功績は大きい。
1992年アルベールビル 金メダル 荻原健司
“キング・オブ・スキー”と呼ばれた男
前半のスキージャンプで大差をつけて、後半のクロスカントリーを逃げ切る。必勝スタイルでワールドカップ個人総合3連覇を果たした荻原。五輪では河野孝典、三ヶ田礼一と団体戦で金メダル。'94年リレハンメルも連覇した。アンカーで日の丸を振っての鮮烈なゴールシーンは複合競技を世に知らしめた。現在は長野市長。
1998年長野 金メダル 日の丸飛行隊
原田男泣き「みんなで力あわせて金メダル取った」
個人ラージヒルで金と銅に輝いた船木和喜と原田雅彦。中でも原田の大ジャンプはアナウンサーの「立て、立て、立ってくれー」という名実況を生んだ。迎えた団体戦、1本目で4位と出遅れた日本チーム。猛吹雪で中断後の2本目、岡部と原田が137mの大ジャンプで首位に。最後に飛んだ船木に、メンバー3人が抱き着いて喜びを分かち合った。
冬季五輪“名場面”をプレイバック パート2
2006年トリノ 金メダル 荒川静香
メダルゼロの危機を救った『誰も寝てはならぬ』
閉幕まであと3日、日本代表はメダルに手が届いていなかった。そんな状況で荒川が見せたフリーの演技はまさに圧巻。『トゥーランドット』の『誰も寝てはならぬ』が響く中で世界中が息をのんだ難度の高い演技。直接点数になるわけではない“イナバウアー”の完璧なまでの美しさ。圧倒的な存在感で逆転の金メダルに輝いた。エキシビションでも華麗なイナバウアーを披露。
2010年バンクーバー 銀メダル 浅田真央
日本中を明るくしてくれた真央ちゃんスマイル
前回トリノ五輪前のグランプリファイナルで優勝しながら、年齢制限で五輪は不出場。初出場のバンクーバー五輪ではキム・ヨナ選手に敗れ銀メダルに終わった。試合後の取材では悔し涙を流していたが、翌日の会見では「銀メダルを取れたことはすごくうれしい」。ショート、フリー合わせて3回のトリプルアクセル成功は女子では史上初。
冬季五輪“名場面”をプレイバック パート3
2018年ピョンチャン 銅メダル LS北見
「そだねー」と「もくもぐタイム」で最強チームに
長野五輪から7大会連続で出場している日本代表で、6度目にして念願の銅メダルを獲得したのがLS北見(現ロコ・ソラーレ)。スキップ藤澤五月を中心に大声を掛け合いながら戦術を共有し、「そだねー」と北海道なまりのあるやりとりで緊迫した場面を切り抜ける。連続出場した北京では決勝まで進んで銀メダル。カーリングの面白さを教えてくれた。
2018年ピョンチャン 金メダル 羽生結弦
『SEIMEI』で66年ぶりの連覇達成
右足関節外側靭帯損傷から十分に回復できないまま出場した羽生。「痛み止めなしには3回転も跳べなかった」という状態ながらショートは首位。フリーでは痛みのためミスも出たがなんとかリカバリーして2大会連続の金メダル。実に66年ぶりの快挙だった。
帰国後の4月には故郷の仙台で祝賀パレードを開催、10万を超える観衆が集まった。7月には安倍晋三首相(当時)から史上最年少(個人)の国民栄誉賞を授与された。両手を広げて足を踏み鳴らすフリー『SEIMEI』のフィニッシュはイリア・マリニンも憧れた所作。
