安青錦(写真/産経)

「すごくうれしいです。やっぱり今場所は立場が違ったので、みなさんのおかげで優勝できてよかったです」

 1月25日、拍手喝采の東京・両国国技館内で、このように語ったのはウクライナ出身の大関・安青錦。

安青錦、初土俵から2年で大関に

「この日行われた大相撲初場所の千秋楽で、熱海富士を相手に勝利を収め、2場所連続優勝を飾りました。彼は昨年11月の九州場所で優勝して大関に昇進したばかり。新大関が優勝したのは、'06年の白鵬関以来20年ぶりです」(スポーツ紙記者、以下同)

 6歳から母国ウクライナで相撲に取り組んでいた安青錦が日本に来たのは、'22年4月。その2か月前に始まったロシアによるウクライナ侵攻がきっかけだった。

「当時の彼は17歳。徴兵により出国禁止となる18歳の直前に、相撲を続けられる環境を求めてツテを頼って来日。その後、紹介を経て安治川親方の弟子となり、正式に力士になりました」

 '23年9月に初土俵を踏むと、たちまち勝ち星を重ねてトントン拍子で出世。

「初土俵からわずか2年2か月、14場所で横綱に次ぐ番付である大関になりました。3月に行われる春場所では“綱とり”と呼ばれる横綱昇進を狙う局面に入ることになります」

 この活躍を最も喜んでいるのは、安青錦と同じく戦禍を免れるため日本に避難したウクライナ人たちかもしれない。

 ウクライナ料理店「KRAIANY(クラヤヌィ)」で店長を務めているリセンコ・ナタリアさんはこう語る。

安青錦が来店した時の写真を投稿して優勝を祝うカフェ『クラヤヌィ』の公式X

「彼はウクライナ人らしい、諦めない心を持っています。言葉もわからない外国で、自分より大きい相手でも最後まで諦めずに戦う姿勢に勇気をもらえます」

 安青錦の活躍を見て、店を訪れる人も多い。

「安青錦さんの優勝をきっかけに、うちの店に食べに来て“お祝いしたい”と言うお客さんも多いです。自分も安青錦さんみたいにもっと頑張らないといけません。彼を誇りに思います」(ナタリアさん)

 驚きを隠せないのは、長年相撲を見続けているファンも同じ。好角家のやくみつる氏は、安青錦を“稀有な力士”と称賛を惜しまない。

安青錦“まさかのチョイス”

「安青錦の取り口は、姿勢を低くして自分の頭を相手の腹につけるスタイルで、これはいわゆる“食い下がり”と呼ばれるような、本来は防御の体勢なのです」

 お互いのまわしをつかみ、身体を密着させる“四つ相撲”とも、相手を土俵外に押し出す“突き押し相撲”とも異なるスタイルだが、安青錦はこの食い下がりの体勢で勝利を重ねている。

「安青錦は食い下がった状態のまま、止まらずにどんどん前に出ていくという、攻め続けるスタイルで勝ち星を重ねているんです。あえて言うならば“食い進む”というのでしょうか。この独自の戦法での快進撃には、あっけにとられています」(やく氏、以下同)

 一方で弱点もあるようだ。

「彼は場所ごとに3敗程度していますが、そのほとんどが、相手に上体を起こされた状況でした。しかし、安青錦が今の“食い進む”相撲に磨きをかければ、より負けにくくなるでしょう」

 やく氏も横綱安青錦の誕生を待ち望んでいるという。

「かつて国外の力士が活躍していた時期は、日本人力士の活躍を望む声がたくさんありましたが、安青錦に関しては排他的な意見が全然ありません。むしろ多くの日本人が彼の横綱昇進を求めているようにも思えます。もちろん、侵攻を受けているウクライナ出身というドラマ性もあるのでしょうが、彼の人柄によるものも大きいのでしょう」

 実際、安青錦の朴訥なキャラクターは人気に一役買っている。

「基本的に礼儀正しいのですが、九州場所の初優勝後のインタビューで“今夜は何が食べたいか?”と尋ねられた際“とりあえずラーメン食べてから考えようかなと思います”という珍回答で沸かせました。

 日本相撲協会の公式サイトに掲載されているプロフィールでは“好きな歌手”に河島英五さんを挙げ、まさかのチョイスも話題になりました」(前出・スポーツ紙記者)

 河島さんは『酒と泪と男と女』や『時代おくれ』などで知られる昭和から平成にかけて活躍したシンガー・ソングライター。安青錦が生まれる前の'01年にこの世を去っているが、なぜ安青錦は河島さんを好きになったのか。河島さんの実娘である河島あみるさんに話を聞いてみた。

「もともと、力士の方は父の歌を好きになってくれる人が多いようなんです。朝青龍さんはモンゴルにいたころから父のファンで、横綱に昇進して間もない'03年3月に父の墓参りがしたいとわが家を訪ねて来てくださいました。それを知った白鵬さんは“自分も英五さんを好きなのに”と不満を漏らしたとも聞いています(笑)。父の男らしい、不器用な歌が勝負の世界に生きる方々に響くのかもしれません」

 河島英五さん自身も大の相撲好きだったという。

「父の歌を安青錦さんのような若い世代が愛してくれているのですから、天国の父も喜んでいると思います」(河島あみるさん)

大関になっても大部屋で修行中

 誰からも愛される安青錦だが、普段はどのような人物なのか。安治川部屋の後援会にも入っており、“游刻家(ゆうこくか)”として活動している長坂ビショップ大山氏に話を聞いてみた。

「私は日本の伝統的な篆刻(てんこく)を、もっと自由で現代的な刻印にしていきたいと考え、自ら“游刻”と呼ぶ印字を創作する活動をしています。安治川親方が現役を引退する断髪式に合わせ、関係者から記念印の制作を依頼されたのが始まりです。親方が私の作品を大変気に入ってくださり、交流するようになりました」

 親方が独立して部屋を構える際の看板制作も任された長坂氏は、続けて安青錦の游刻を作ることに。

“游刻家”として活動している長坂ビショップ大山氏が作った安青錦の游刻。完成前の状態を親方が気に入り採用に

「安治川部屋と打ち合わせをしながら作っておりましたが、その際、調整前の“未完成”の状態でお見せしたところ、親方から“安青錦はどこまで行っても発展途上だから”と言って気に入ってくださり、あえて完成させないものが採用されたのです」

 日本中から注目を集めるようになった安青錦だが、その軸がブレることはないだろうと長坂氏は語る。

「安青錦さんは優勝してもストイック。稽古中は冗談を言っても笑いませんし、今でも稽古漬けの日々。番付が上がった弟子は個室を与えられたりするのですが、安青錦さんはそれを拒んで今も大部屋で修業を続けていると聞いています。おごらない強さを求めている彼ですから、今後ますます強くなるのではないでしょうか」

 謙虚に相撲道を突き進んでいる安青錦。今はまだ、後の世に語り継がれる“序章”なのかもしれない。


やくみつる 漫画家。1981年に『がんばれエガワ君』でデビュー。テレビやラジオ番組のコメンテーターとしても活躍。角界ニュースを追う好角家としても知られている

長坂ビショップ大山 元婦人画報社編集者。退職後、篆刻から着想を得た独自のオリジナル印「游刻」アーティストとして活動。依頼主の個性を踏まえて生み出す刻印は、各界にファンを持つ