「口の中にあったがんが身体の外に出てきて、顔に穴があいてしまって。YouTubeを始めたのはそのころ。自分の一番の弱みを強みに変えようと。今の自分だから伝えられるものがあるのではと……」
そう話すのは、“世界一明るいがん患者”こと、もりひさん。YouTubeで顔に穴があく希少がんとの闘病を公開し、大きな反響を集めている。
小学2年生のとき、歯に由来する希少がん
もりひさんのがんとの付き合いは長く、発症は小学2年生の時に遡る。
「最初は歯が痛くて、虫歯かなと思っていたんです」
歯科医院で良性腫瘍であるエナメル上皮腫と診断され、治療を行うも、痛みは一向に引く様子はない。悪性腫瘍を疑われ、病院を転々とし、最終的に明細胞性歯原性悪性腫瘍と診断された。歯に由来する希少がんで、大学病院で手術に臨んでいる。
「地獄の始まりでした。ただ当時はまだがんだとは聞かされてなくて。病院が大きくなるごとに、自分の病気の悪さに気づいていった感じです」
小学6年生の時、再発。5〜6時間の大手術を受け、右の頬骨をすべて摘出した。
手術は成功裏に終えたと思えたが、中学3年生の時、検診で腫瘍が発見される。だがすでに右頬骨を全摘しているため、これ以上の外科手術は難しく、放射線治療をスタート。治療が効を奏したのか、高校3年間は再発せず、鍼灸師の専門学校に進学している。
ところが、専門学校の2年生の時、顎骨壊死を発症してしまう。放射線治療の副作用だった。そこで念のため、がん検査を行うことにした。
「がんが見つかって。まさかの再発でした。数年再発がなく、安心していた矢先でした」
医師からは学校を辞め、治療に専念するよう提案されたが、「これで卒業しなかったら一生後悔する」と、通学を選択する。がんは広がることなく、鍼灸師の国家試験にも無事合格。治療を経て、晴れて鍼灸師として働き出した。もともと鍼灸師を目指したのは、病気がきっかけだったという。
「小学2年で最初の手術をした時、入れ歯にしたんです。噛み合わせのせいか、肩こりや頭痛がひどく、そのとき通っていた整骨院の先生に憧れて。先生に弟子入りしつつ、専門学校に通ってました」
鍼灸師になり、夢を一つ叶えた形だ。同時に、自身の病名を知るきっかけにも。
「カルテに悪性腫瘍と書いてあったのを見て、やっぱり自分はがんなんだと思って。専門学校の3年間で、ある程度医療の知識を学んだので、大体わかるようになっていたんですよね。これだけしんどいのだから、普通の病気じゃないだろうと思ってはいたけれど」
「人生終わったと」絶望した瞬間
明細胞性歯原性悪性腫瘍はまれな上、もりひさんのような若い男性が罹患するケースはほとんど前例がない。治療は迷走を続け、抗がん剤治験薬での治療を始めている。これが思わぬ結果を生んだ。
「治験薬を飲んでいたら、頬が黒ずんできて、顔に穴があいちゃった。病院の先生は、時期が重なっただけと言うけれど。症例がないから、結局何が原因かわからないんです」
昨年5月のことだ。前向きにがんと闘ってきたもりひさんも、これには大きなショックを受けた。
「もう何も考えられなくなって。あの時は、人生終わったと思いました。どう死のうかしか考えていませんでした」
もりひさんを救ったのは、周囲の人々の存在だった。
「周りの友達がすごく支えてくれて、泣きながら生きてくれって言う友達もいれば、暗くなっていてはよくないからと、笑いながら励ましてくれた友達もいました。彼女は普段は泣き虫なのに、あの時は泣かなかった。私は泣いてないから頑張って、と言ってくれました。そんなこと、なかなか言えないですよね」
昨年5月、動画配信をスタート。わずか半年あまりで10万人のフォロワーを得ている。フォロワーの声が何よりの励まし、と話す。
「ありがたいことに、毎日何千通とコメントをいただいています。私も病気で死のうと思ったけれど、動画を見て頑張ろうと考え直しました、なんて声もありました。逆に僕が励まされることのほうが多くて、力になりまくってます」
動画で趣味のギターを披露すると、「生で聴きたい!」との声が多く寄せられ、地元大阪でワンマンライブを敢行。100人収容の会場のチケットが一瞬で売り切れた。ミュージシャンとしてステージに立つのはもちろん初めてだ。
「もう震えてました。実はあの時、輸血が必要なくらいひどい貧血だったんです。成人男性のヘモグロビンが通常14〜15g/dLで、僕は7g/dL。フラフラの状態だったけど、ステージに立ったらアドレナリンが出て。九州や東北など遠方から来てくれた方もいて、こんなに応援してくださるんだと、気が引き締まりました」
ライブは大成功。だが時を前後して、新たながんが見つかる。
「体表に扁平上皮がんの細胞が見つかって。キイトルーダで治療しています。自分の免疫細胞を使った免疫療法です」
鍼灸師の仕事にやりがいを感じていたが、休職を決意。
「痛みがすごくて、泣きながら施術していたんです。貧血もひどく、フラフラしっぱなし。患者さんにも気を使わすし、医療人として自分の体調が悪いと治療にならないので」
再びライブをする理由は
現在は自宅療養に励みつつ、復帰を目指す日々を送る。もりひさんの一日は、痛みとの闘いだった。
「朝は痛みと熱で起きて、痛み止めを飲んで、効くまでしばらくじっとしています。顔に穴があいている以上、痛みはなくならないのではと先生には言われています」
口が開きにくく、歯磨きをするのもつらい。固形物は食べづらく、食事は麺類が中心。
「何をしても痛い。でも薬は成人男性が飲める最大量を飲んでいるので、一日の配分も考えなくてはいけなくて」
痛みに耐えつつ、動画配信を続けるもりひさん。今年、大きな計画があるという。
「夏ごろにライブをやります。自分の曲で勝負しようということで、バンドメンバーと気合を入れていて、新曲もバンバンやりますよ!」
会場は450〜500人収容とスケールアップ。そこに大きな覚悟が見え隠れする。
「鍼灸の仕事をしたいけど、できないのであれば、やれることをやるしかない。声もいつか出なくなるかもしれないし、いつどうなるかわからない。だからこそ、今できることを全力でやろうと思って。顔に穴があいた男にライブができるなら、たいてい誰でも何でもできるじゃないですか」
明るく話すが、時にはガクンと落ち込むこともある。リカバリー法はというと「彼女の声を聞く。もうそれしかないですね」と即答。彼女の存在が大きな支えと語る。
「結婚も考えているけど、その前に見た目的に少しでも修復して、ご両親に安心してもらえる姿になれたらって思っています。でもそれを考えれば考えるほど、しんどくなっちゃうけれど……」
やりたいことは、まだまだたくさんある、ともりひさん。病気を言い訳にせず頑張りたい、と前を向く。
「過去の自分を乗り越えていきたい。成長したい。ここでくたばるわけにはいかないんです。小学2年で発症したので、病気と闘うのは僕にとってもう当たり前なんです。そこからさらに頑張るのは自分次第。何事も諦めなかったらできるんですよって伝えられたら。自分を誇れる自分でいたい。恥ずかしくない生き方をしたいと思っています」
取材・文/小野寺悦子
