3人の男の子を育てる母・あいさん。重度知的障害を伴う自閉スペクトラム症の次男・たっくんを含む、3兄弟との日常をYouTubeやInstagramで発信中。子育ての悩みや喜びを包み隠さず伝える等身大の投稿が、母親世代を中心に支持を集めている

 自閉スペクトラム症(ASD)と診断される子どもは、近年増加傾向にある。日本の大規模医療データを用いた研究では、2009~2014年生まれの子どものうち、5歳までにASDと診断された割合が約2・75%にのぼり、出生年によっては3%を超えるケースも報告されている。

 診断や支援につながるまでに時間がかかるケースも多く、療育や相談体制の地域差に悩む家庭は少なくない。そうした現状の中、SNSで日常を発信し、同じ立場の親たちの心の支えとなっているのが、「3兄弟ままちゃんねる」

 重度知的障害を伴う自閉症の次男を含む、3人の男の子を育てる母・あいさんが日々の暮らしを紹介し、母親世代を中心に多くの共感を集めている。

不安でいっぱいだった日々

「SNSを始めたのは、5年ほど前に、念願だったマイホームを建てたのがきっかけです。最初はキッチンやバスルームの仕様など家のことを中心に投稿していたのですが、だんだんネタ切れになって(笑)。そこから家族のことも載せるようになりました」(あいさん、以下同)

 中でも次男・たっくんについての投稿には、同じような立場の家族から多くの反響が寄せられた。

「『うちも同じです』『励まされました』といったコメントをもらったり、悩みを相談されることもあります。現在、13歳の次男の障害がわかった当時は、まだSNSが今ほど身近ではなく、携帯電話で必死に情報を検索しては、不安を抱えていました。その気持ちは、よくわかります」

 あいさんは20歳で結婚。いわゆる“できちゃった婚”で、長男・がくくん、次男・たっくんを年子で出産した。

「上の子と1歳違いなので、発育具合を比べて、目が合わない、笑わないなど、違いを感じていました。1歳半の健診では、少し様子を見ましょうと言われましたが、3歳のときに重度知的障害を伴う自閉症と診断され、療育手帳をもらいました」

 同級生には、まだ学生という人もいる年齢。周囲のママたちとも年齢差があり、なかなか打ち解けることができなかった。実家にも心配をかけたくない。自閉症に関する知識もなく不安を抱え込む中で、一時は育児ノイローゼのような状態に陥り、体調を崩したこともあったという。

「ずっと呼吸が浅い感じで、頭痛が続き、一回、血尿が出て入院をすすめられたけど子どもたちもまだ小さくて任せられる状態ではなかったため、入院を断って帰ってきました。正直言ってそのころのことは、忙しすぎて記憶が飛び飛びなんですよね」

プロに頼る大切さを知った

 当時は賃貸のアパート暮らし。たっくんが癇癪を起こして一晩中泣き続けたり、排泄物を触って塗りつける「排泄遊び」で部屋を汚してしまうこともあった。

「いつか追い出されるんじゃないかと、ハラハラしていました。一日も早くマイホームを持とうと、夫は休みなく働いていて、夫婦でとにかく目の前のことに必死でした」

 たっくんは兄と同じ幼稚園に入園したものの、その園は自閉症のある子どもへの対応に、十分に慣れている環境とはいえなかった。

「ある日、様子を見に行ったら、たっくんが先生におんぶされて、されるがままの状態だったんです。別の日も同じようなことがあって、ほかの子と遊ぶ様子もなくて……。あれ?と思いました」

 そこで保育園へ転園。そこには、児童発達支援センターから保育士が派遣される「加配」の制度があり、子どもの発達状態を日常的に見てもらえる環境が整っていた。

「しばらくして、その保育士さんが所属する児童発達支援センターに空きが出たと声をかけてもらい、思い切って移ることにしました」

 幼稚園や保育園に通わせたのは、障害のない子どもたちと触れ合うことが刺激になり、発達にもよいのではと考えてのことだったが、それは大きな間違いだった。

「やっぱり先生が違うんですよね。発達障害のある子どもの“プロ”だなって。一人ひとりのペースに合わせて対応してくれて、たっくんもオムツが取れたり、食べられるものが増えたりしました。

 懇談の時間もたっぷり取ってくれて、いろいろ相談できたことで、少し肩の荷が下りました。だから小学校も、支援学校一択でした。専門家に勝る者はいないなって」

児童発達支援センターの卒園式。たっくんの癇癪が出て、それをなだめるあいさん

 たっくんは自閉症の診断を受けたとき、「言葉はしゃべらないだろう」と告げられていた。しかし、小学校4年生になった9歳のとき、授業参観で教室を訪れたあいさんに、たっくんが「ママ、ママ~」と手を振ってくれたのだ。

「めちゃくちゃ感動して、すぐに夫に連絡しました」

 その後、わりとすぐに「パパ」という言葉も出るようになったという。

「ひたすら話しかけても返事はなく、『私には関心がないんだろうな』と、むなしさを感じていました。でも、時間はかかるけれど、ちゃんと届くんだって思えたんです。実はそれまで、できないわが子を見るのがつらくて、授業参観が苦手でした。でも、その日の授業参観は、とても思い出深いものになりました」

小さな積み重ねが作る大きな希望

 この春、長男のがくくんは中学3年生、たっくんは支援学校の中学2年生、末っ子のりくくんは小学5年生。すくすくと成長し、それぞれの場所で、日々を重ねている。

「子どもたちが小さいころは絶対ママ!って感じだったのに、最近はパパと男同士の話が合うみたいです。たっくんの子育ても、ずいぶんラクになりました」

 自閉症児は“こだわり”が強いといわれるが、今はたっくんの“こだわりを崩している”ところだという。

「学校へ行くときの着替えや準備のルーティンなど、崩さなくていい部分はそのままに。外出のとき、同じ道だけ通るほうが安心すると思うのですが、通交止めがあったりもするんで、そういうときにもパニックにならないように、いろいろな道を使ってみたりしています。毎週のように外出することで、人混みでのパニックや、聴覚過敏もなくなりました」

たっくん(右)の12歳の誕生日に、家族旅行で山梨県へ

 3兄弟の成長を、スマホやPCの画面越しに見守っているフォロワーも多い。子育てに追われる日々の中でも、ネイルやメイクなどのおしゃれを楽しむあいさんの姿は、母であると同時に、ひとりの女性として人生を楽しむ姿が、同じ母親たちに大きな励みを与えている。

「私の場合は、いったん自分でできるところまでやってみる。でも、どうしても苦しいときは、支援者さんや周りの人に頼るようにしています。

 子どもの発達や育児のことで悩むことも多いですが、諦めず、できることをコツコツと、根気よく続けてきました。すぐに変化が見えるわけではないかもしれません。それでも、その時々の子どもと向き合い続けることが、私にできることだと思っています」

 最後に、3兄弟に望むことを聞いた。

「大人になっても、できるだけ兄弟仲良く、それぞれの人生を歩んでほしいですね。たっくんについては、親なきあとに備えて、支援者さんのいるグループホームに入所することなどを、夫と話し合っています。

 そのためにも、ヘルパーさんと外出する移動支援を利用したり、他人に慣れたりと、今から少しずつ自立の準備を進めていければと思っています」


取材・文/小林賢恵