吉田拓郎

「いつ、俺が君らに“引退します”って言った?(中略)ミュージシャンは引退なんてないんだよ!」

 吉田拓郎が吠えた! 2月2日、自身がパーソナリティーを務めるラジオ番組『オールナイトニッポンPremium』(ニッポン放送)で、過去に発言したとされる“引退宣言”を強く否定したのだ。

「拓郎さんは1月16日に、今年4月に名古屋と大阪で7年ぶりとなるコンサート『吉田拓郎 スペシャルLIVE 春だったね2026』を行うことを発表したんです。しかし2022年6月“音楽活動から一線を退く”と、リタイア宣言をしていたので、突然の復活にファンが騒然としています」(スポーツ紙記者)

 拓郎といえば『結婚しようよ』や『今日までそして明日から』『落陽』など、数々の名曲を世に送り出してきたミュージシャンだ。

「2003年に肺がん、2014年にも喉のがんが見つかるなど病気が続き、思うようなパフォーマンスができなくなったことでリタイアを決心したといわれています。この宣言と同時に、ラストアルバムと銘打たれた『ah―面白かった』をリリースしています」(音楽誌ライター、以下同)

 続けて、映像メディアから卒業する意向を示すことに。

「2022年7月には、拓郎さんが堂本光一さん、堂本剛さんと共演していた、フジテレビ系の音楽番組『LOVE LOVE あいしてる 最終回・吉田拓郎卒業SP』が放送。拓郎さんはこの出演を“最後のテレビ出演”と語り、その後、本格的に露出を減らしていったんです」

素性を伏せて連載していた『T日記』

 実際に有終の美を飾っていた拓郎だったが、去年から復活の予兆を見せ始める。

「2025年10月、CS放送『フジテレビTWO』の音楽特番『坂崎幸之助のお台場フォーク村 特別篇 拓郎あいしてる』に出演。ギターを弾きながら歌うパフォーマンスを披露しています」

 復帰ライブ自体も、昨年から計画していたようだ。

「11月7日から、今回のライブを主催しているプロモーション会社のホームページ上で人知れずコラムを連載しているんですが、開始当初は『T日記 今は言えない僕の素性』というタイトルで、名前を伏せながら続けていたんです。しかし、すぐに本人をにおわせるような描写が増え、連載開始から1か月後には拓郎さん本人だと明かしてしまい、今では4月のライブに向けての意気込みを熱く綴っています

2025年、坂崎幸之助(左)のテレビ番組に吉田拓郎(中央)が出演していた(坂崎のインスタより)

 ブログで積極的にライブの告知を行う拓郎だが、一連の宣伝活動を疑問視する声も。

「今回のライブはファン人口が最も多い東京では行われません。名古屋と大阪のコンサートホールもキャパ3000人以下と小規模で、チケットが当たる確率も低い。ライブに行きたくても行けない人が多いのではないでしょうか」(関東在住の拓郎ファン)

 引退と思いきや再開。匿名ブログを始めれば早々にネタばらし。待望のライブなのに東京では行わないなど、いろいろ相反する行動を取るのはなぜなのか。

 フォークグループ「猫」のメンバーで、若き日の拓郎のバックバンドやプロデューサーを務めたこともある常富喜雄氏に話を聞いてみた。

「彼の性格からして、東京以外の小規模の会場で開催するのは、今の自分の歌がどこまで通用するかという不安があったのだと思います。彼もいい年齢ですから、以前のようなパフォーマンスができるのか揺れているのでしょう」

「裏方に回る」30代にも引退を撤回

 また、拓郎が引退を撤回したのは今回が初めてではないという。

拓郎さんは若いころ“俺は30歳を過ぎたら裏方に回る”と言い出したことがありました。それで彼が32歳だった1978年に『ローリング30』というアルバムをリリースしたのですが、結局引退を撤回しています(笑)。あと、1985年にも『ONE LAST NIGHT IN つま恋』という“ラスト”と冠したライブを開いて引退を示唆。世間を騒がせたこともありました」(常富氏、以下同)

 これらの拓郎の言動は“正直すぎる性格”によるものだそう。

嘘とかでなく、その瞬間は本気でそう思っているんです。そんな真っすぐな気持ちがあるから、彼の歌は多くの人の胸を打つんだと思います。なにより80歳を目前にしても、迷いを抱えながら歌い続けているんですから。友人としてもファンとしてもうれしいですよ」

 4月に傘寿を迎える拓郎だが、音楽への情熱は、まだ燃え続けている─!