日本勢メダル獲得第1号の丸山希(撮影/JMPA)

2月6日から開幕しているミラノ・コルティナ冬季オリンピック。史上初めて複数の都市で開催されており、その熱気は世界中に広がっている。目覚ましい活躍を見せる日本代表選手たちの素顔と秘話を追ってみた!

「(母にメダルを)取ったよって、帰ったら報告したいなと思います。ゴールドメダルじゃないって怒っているかも(笑)」

 今大会で日本選手メダル第1号となった丸山希。女子スキージャンプに遅咲きのニューヒロインが誕生した。

歓喜に包まれた地元・野沢温泉村

「長野県野沢温泉村の出身で、スキーは身近な存在。丸山選手も自然と遊び場がスキー場になっていたそうです。兄と姉の影響でスキーに触れ、小学4年生のときに本格的に競技を始めました。丸山選手は“地元に育ててもらった”と、故郷に感謝していました」(スポーツ紙記者)

 野沢温泉村出身の選手が五輪でメダルを獲得するのは、1994年リレハンメル五輪での複合・河野孝典と、ジャンプ・西方仁也以来となった。

 久しぶりのメダリスト誕生に地元は盛り上がっているのか。村役場の担当者に話を聞いてみた。

「この村からメダリストが出るのは32年ぶりですので、村の人たちも非常に喜んでいます。パブリックビューイングには午前2時40分開始にもかかわらず、100人以上が集まりました。帰国したら本人や所属先との調整次第ですが“お疲れさま会”のようなことができればと考えております」

 五輪初出場でいきなりメダルを獲得したが、ここまでの道のりは決して順風満帆ではなかった。

「高校3年生だった2017年1月に母親が病気のため他界しました。丸山選手は3人兄妹の末っ子でしたが、母親にはよく怒られ、兄や姉より厳しく育てられたそう。

 ワールドカップ出場のため、札幌にいたときに母親の容体が悪化。知らせを受けて急いで地元に戻るも“チャンスを無駄にしてはいけない”というメッセージを父親に託して母親は他界。告別式には出席せずに札幌へと、とんぼ返りしたそうです」(スポーツライター、以下同)

 亡き母の思いを胸に競技に打ち込んだ丸山。2022年の北京五輪では出場をつかみかけていたが、アクシデントが起こった。

「2021年10月の日本選手権で着地の際に転倒。左膝の前十字靭帯や半月板を損傷する大ケガを負いました。手術を受け、出場が確実視されていた北京五輪は断念せざるを得ませんでした。

 そこから8か月は懸命なリハビリに取り組みました。復帰後も恐怖心から思うようにジャンプの飛距離が伸びずに苦しみましたが、助走のスタート地点を高くして、とにかく飛距離を出す練習を繰り返したそう。次第に飛ぶことの楽しさを思いだし、恐怖心を克服しました」

 少し遠回りとなったかもしれないが、天国の母に捧げる銅メダルは何よりも輝いていた。