スノーボード男子ビッグエアで日本勢初の金メダルを獲得した木村葵来(撮影/JMPA)

2月6日から開幕しているミラノ・コルティナ冬季オリンピック。史上初めて複数の都市で開催されており、その熱気は世界中に広がっている。目覚ましい活躍を見せる日本代表選手たちの素顔と秘話を追ってみた!

 スノーボード男子ビッグエアで日本勢初の金メダルを獲得した木村葵来。昨年3月の世界選手権では、右足首のケガに苦しみ、万全とはいえない状態で臨んだ。日本勢5人の中でただ一人、予選落ち。今回の金メダルは、その雪辱を果たす結果となった。

“世界一”は通過点

 木村を幼少のころから知るというスノーボードショップ「BRIDGEPORT」のオーナー・阿部好広さんは、

「最初は家族で滑りに来る、スノーボードが好きな男の子という印象でした」

 と語る。当時の木村は体操にも打ち込んでいた。プロとしての進路を巡って家族で話し合いが行われたという。

「最終的にスノーボードを選んで、そこから本格的に練習に来るようになりました。競技として始めたのは決して早くはありません。小学校高学年のころでしたし、今の基準では、むしろ遅いくらい」(阿部さん、以下同)

 しかし、体操で培った体幹と空中感覚は、ジャンプ競技において圧倒的な強みとなった。

「体操をやっていたおかげか、ブレない体幹があります。今回のビッグエアでの安定感も、そこが大きいと思います」

 一方で精神面はどうだったのか。阿部さんは「競技者らしくないほど穏やかだった」と明かす。

「あまり人に関心がなく、競うのが得意そうにも見えなかったので、本当に勝負の世界でやっていけるのかなと思ったこともあります」

 だが、その印象は年月とともに変わっていく。木村は他人を強く意識せず、常に“自分自身”と向き合っていた。

「今思えば、彼は最初からずっと“自分との戦い”をしていたんだと思います。他人と比べない。失敗しても誰かのせいにしない。その姿勢が大舞台でも動じない強さにつながっている。だから今は鋼のメンタルや、フィジカルモンスターなんていわれるんでしょうね」

 かつての学校生活でも、その姿勢は変わらなかった。遠征続きで授業に出られない時期も多かったが、遅れを言い訳にすることはなかった。高校3年間、木村の学生生活とスノーボードの両立を支えた母校の教師は、

「遠征から帰ってくると、遅れたぶんは自分で取り戻していました。勉強が好きというタイプではありませんでしたが、スノーボードを続けるためにやるべきことはやるという覚悟を感じました」

 と語る。そして迎えた世界一の瞬間。金メダルという結果を手にしたが、

「正直に言うと“やっとスタート地点に立ったな”です。彼の目標は世界一じゃない。ずっと“宇宙一になりたい”と言ってきた。だから、宇宙一を目指すなら、世界一は通過点ですよね」(阿部さん)

 世界一を手にしてもなお、視線はさらに遠くを見据えているようだ。