昭和の芸能スキャンダルについて、当時の報道などを検証しながら、改めてひもといていく連載がスタート!初回は結成から60年を迎え、今も“伝説のコメディアン”として語り継がれるザ・ドリフターズの一件。遡ること45年前、「競馬のノミ行為」に関与していたとして、メンバーの仲本工事と志村けんが書類送検されて大騒ぎになった。不祥事の渦中で垣間見えた“ドリフたるゆえん”とは─。
仲本工事と志村けんが競馬のノミ行為
芸能人とはつくづく因果な商売である。舞台やテレビで人を笑わせ、泣かせ、憎まれ、感動までさせながら、「コンプライアンス」なる言葉の汎用で、現代においては、勤勉さや実直さまでもが実生活で求められる。
そんな芸能人だが、今より自由を謳歌していた1981年2月、こんな不祥事を起こした。「ザ・ドリフターズの仲本工事&志村けん、競馬のノミ行為で書類送検」である。
1981年2月18日、警視庁保安一課は、都内のマンションで競馬のノミ行為の胴元をしていた芸能プロダクションの役員2人を競馬法違反で現行犯逮捕。
顧客名簿を押収したところ、ザ・ドリフターズの仲本工事と志村けん、さらに、彼らの出演するバラエティー番組『8時だョ!全員集合』(TBS系)のプロデューサーの名前まであって、世間は騒然となる。
「競馬のノミ行為」とは私設馬券屋のことで、客から指定された馬券を代わりに購入し、的中すれば配当金を支払うだけのことだが、実態は、受け取った金を懐に入れ、的中しなければそのまま着服する。
客にとっても、馬券売り場まで足を運ぶ手間が省ける利便性が、著名人や多忙なビジネスマンに重宝された。当然、非合法である。
スマートフォンで馬券を購入できる現代なら成立しない業態といえるが、1980年の総売上額は1兆3000億円(警視庁調べ)でJRA(日本中央競馬会)の売り上げとほぼ同額。その上、利益のほとんどが暴力団の資金源になっていた。
そんな違法行為に人気芸能人が関わっていたのだから、スポーツ紙すべてが1面でこの件を報じ「志村けん検挙」(スポーツニッポン)と大きく打ち出した社もある。
ただし、志村は2月14日のレースの1万6000円と、2月15日の重賞レース「目黒記念」の2レースだけで、合計4万3000円。
一方の仲本は、前年9月のレースで33万3000円をつぎ込み、2月15日の「目黒記念」では36万3000円と、合計にして69万6000円もつぎ込んでいる。“本命”は仲本だったのだ。
それでも上には上がいる。同時に書類送検された番組プロデューサーの居作昌果は、前年9月20日の1回のレースで155万円もつぎ込み、翌週27日の「スプリンターズステークス」では177万円と、2レースで332万円もつぎ込んでいる。
「TBSの視聴率男」の異名を取った居作は、日本テレビの井原高忠、フジテレビの横澤彪と並ぶ昭和の代表的なテレビプロデューサーである。『8時だョ!全員集合』『クイズダービー』『ザ・チャンス』など担当番組はいずれもヒット。視聴率が毎週100%を超えたという逸話もある。
そんな有名テレビマンでも、芸能人と一緒に違法行為に手を染めたとあれば、普通ならマスコミの追及から逃げようとするはずだが、彼の場合そうはならない。せんだみつおのコメントがある。
謹慎中の放送は番組史上2位の視聴率
《志村さんと一緒に馬で捕まったときも、フジテレビの2時のニュースでポーンと流したんです。TBSのプロデューサーも関わっていたと。わっとTBSに電話いって。そしたら居作さん、自分で電話取ってたんです。『はい、私がいまテレビに出た居作です』豪傑なんですね》(『昭和のTVバラエティ』太田出版)
プロデューサーがこんな調子だから『8時だョ!全員集合』も「番組は継続、当面はいかりや長介、加藤茶、高木ブーのみ出演」という基本方針が早々に決まる。
さらに驚くのは、発覚後のメンバーの行動である。発覚翌日の19日木曜日、志村は事情聴取のため、警視庁に出頭している。
約3時間の取り調べを終えた午後1時半、志村を乗せた車は赤坂のTBSに直行、Gリハーサル室で行われた翌週分の番組打ち合わせに参加している。いったいどういうことか。
《仲本と志村は謹慎を命じテレビには出さない。だが二人にはギャグ、アイデアなどの面で全力投球させる。それが私流のお仕置きだ》(いかりや長介のコメント/『スポーツニッポン』1981年2月20日付)
かくして、事件発覚後、初めての公開生放送の日が来た。1981年2月21日。場所は埼玉の入間市市民会館で、ゲストは内山田洋とクール・ファイブ、小柳ルミ子、河合奈保子、村木賢吉。
生放送開始の午後8時、番組のオープニングで、まず、リーダーのいかりやが、カメラに向かってこう述べている。
「とんだ不祥事でお騒がせして申し訳ございません。2人は謹慎中で私が出演させません。死んだ気でがんばります」
この日のコントは「ドリフの探検隊!ジャングル脱出作戦」。探検隊に扮したドリフのメンバーが、次々に襲いかかってくる猛獣や天災に悩まされるといった定番のコントだが「洞窟に閉じ込められた志村と仲本を救出します!」といったセリフがあったかと思えば、当時の志村の代名詞となっていた『カラスの勝手でしょ』を加藤が歌うなど、メンバー3人が大奮闘。
このとき小3だった筆者は、いつになくハラハラしたものだが、日本中の子どもが同様の印象を抱いたのではないか。
そんな視聴者の熱意が通じてか、週明けの月曜日、視聴率は番組史上2位となる47.6%(ビデオリサーチ・関東地区調べ)を記録。怪我の功名どころの話ではない。
その後も「3人ドリフ」は続き、いずれも視聴率は40%超え。3月21日、1か月ぶりに仲本と志村が復帰し、従来の番組に戻ると、視聴率は30%台に戻った。それでも十分高い数字なのだが。
ドリフは不祥事をコントに
芸能人がこれほど世間を騒がせた不祥事を起こせば“黒歴史”としていっさい触ろうとしなくなるものだが、この時代のドリフターズはそうはならない。
番組復帰から3週間後の4月11日、この日は定番の教室コント「ドリフの国語・算数・理科・社会」。教師役のいかりやと生徒役のメンバー、ゲストの間でこんなやりとりがあった。
いかりや「英語で犬は?」
ゲスト「ドッグ」
いかりや「猫は?」
ゲスト「キャット」
いかりや「馬は?」
仲本工事「やめました」
場内大爆笑である。本稿冒頭で筆者は、当時の芸能人を指し「今より自由を謳歌していた」と書いた。しかし、実際に自由を謳歌していたのは、素人であるわれわれだったのかもしれない。
取材・文/細田昌志
ほそだ・まさし 作家。2020年刊行『沢村忠に真空を飛ばせた男』(新潮社)で講談社本田靖春ノンフィクション賞、2024年刊行『力道山未亡人』(小学館)で小学館ノンフィクション大賞を受賞

