昨年末に刊行され、今ベストセラーとなっている『棺桶まで歩こう』(幻冬舎)が話題だ。著者は、「あなたが生きているのは医療のおかげではなく、あなたの根性のおかげ。人は歩けるうちは死にません」と説く、在宅緩和ケア医の萬田緑平先生。医療との向き合い方を変えて、最期まで自分の力で生きるための心構えを聞いた。
医療のおかげではなく自分の“根性”で生きている
「僕の診療所に来るのは、抗がん剤をやめたとか、もう治療法がないといったがん患者さん。死ぬのを待つしかないってがっかりしているんだけど、僕が『どんな元気な人も、一日一日老化して必ず死ぬ。治療ができないからおしまいじゃない。ここまで歩いて来たんだから大丈夫。ここから元気に生きましょう』なんて話をすると、みんなニコニコして帰っていきます」
死ぬときは食べられなくなって、歩けなくなる。反対に歩くことができていれば、死なない、と話すのは在宅緩和ケア医の萬田緑平先生。
「余命1、2週間と言われたけど、2週間たっても死ぬことはなく、少しずつ食べられるようになって、少しずつ歩けるようになって、結局4、5年生きた人もいます。今、みんなが生きているのは医療のおかげじゃなくて、自分の“根性”で生きているんです。人は病気が悪化して死ぬのではなく、病気があろうと治ろうと、弱って死ぬんです。
高齢になっていつか頑張れなくなると、歩けなくなる。そうなると、もう死にたい、死ぬのを待つだけ、となってしまう。でも歩いていれば、根性が出てきて、もうちょっと生きることができる。亡くなるその日まで歩こう。棺桶の高さは50cmだから、棺桶をまたぐため50cmは足が上がるようにしようって(笑)」(萬田先生、以下同)
そのことを患者さん以外にも伝えたくて、著書『棺桶まで歩こう』を出版したとのことだ。
もともと外科医だった萬田先生が、群馬県前橋市に「緩和ケア 萬田診療所」を開業し
たのは2017年のこと。緩和ケアに携わろうと思ったのは、「家に帰りたい」という入院患者をたくさん見てきたからだ。
「病院から家に帰って治療したい人はいっぱいいたけれど、それを引き受ける医者がいなかった。その受け皿になれればと、40代で外科医を辞めて、高崎市にある緩和ケア医・小笠原一夫先生の緩和ケア診療所に移ったんです。そこをがんの専門にして、9年間勤めて独立しました」
緩和ケア医をしてみると、ニーズは予想以上だった。
「ちょっとでも生存率を上げて、死亡率を下げて、延命して、というのが医療の原点です。ですから病院に行く限り、患者さんはいろいろな我慢を強いられて、死なないようにさせられる。でも僕は患者さんの好きなようにさせよう、家に帰りたいなら帰らせてあげよう、家族にありがとうと言って亡くならせてあげよう。本人が幸せに死ぬまで生きられればいいじゃないかという方針」
やりたいことは早くやったほうがいい
多くの患者さんが診療所を訪れるのは、そのような最期を迎えたいと思っている人が多いということだろう。
「患者さんが亡くなったとき、『ああ、よかった、本人も幸せだった』と、家族に思ってもらえるのが目標。今は9割方、『家に帰してあげられてよかった。最期まで看てあげられてよかった』と言ってもらっています。だから僕は、楽しんで仕事をしていられるんです」
萬田先生は、2025年8月から12月までの4か月間、診療所を休診し、念願だった世界一周の船旅を実現した。
「あるとき、全部の夢を書き出したんです。ほとんどは叶っていたけど、『オーロラを見る』だけ叶っていなかった。それに気づいて3年前から準備を始め、昨年の8月にようやく出かけることができました。刻々と形を変えるオーロラは素晴らしかった。
でも本来、薄い緑色をしているオーロラが、高齢者の方には白色に見える。70歳以上になると脳や目が老化して、オーロラのような薄い緑が識別できなくなるんです。それを知ったときに、年を取るってこういうことか、やりたいことは早くやったほうがいいと、改めて気づきました」
長く生きれば生きるほど、できないことが増えるのに、みんな長生きをしたいと思っている。そして、多くの人が平均寿命より長く元気に生きられるのを当然と思っているのではないか、と気づいたのも船の上だった。
「平均寿命というのは、あくまで“平均”。つまり、半分の人はそこまで達することなく死ぬということ。でもみんな、自分は平均以上は生きられると疑問もなく思っている。だから、がんと診断されるとショックを受けるんです。それは高望みなだけなのかもしれません。
自分は違うと思うのはいいけれど、実際にそうではないと知ったとき、こんなはずじゃないと思ってしまう。この間までこんなに元気だったのにって言うけれど、それが現実。平均より上だろうが下だろうが、どんな人もいつか必ず死ぬんです。死は必ず来るものと、覚悟しておくことが必要です」
そうはいっても、死に向き合うには、なかなか勇気がいる。
“棺桶まで歩こう”というメッセージの意味
「怖いからって先送りにしていると、もっと怖くなるだけ。だから自分が死ぬところから逆算して行動すると、いいと思う。『延命治療はしないで』と子どもに伝えている人も、口で言うだけでは全然ダメ。だって、子どもたちは親に生きてほしいんだから。子どもにとっては延命治療じゃなくて、全部必要な治療になる。だから、きちんと話し合って、何かに書き残しておくべき」
自分が希望する最期を話し合っておかなかったために、死ぬ間際に後悔が残ったまま亡くなる人も多いという。
「わがまま言っちゃダメ、家に帰っちゃダメ、帰ってきても面倒が見れない、それで亡くなったらどうするんだって。日本では、そうやって9割方の人が病院で亡くなっていくんです。患者さんにとって、それはつらいに決まっている。
好きなようにさせてもらえないんだから。でも、『ありがとう、治療したくないならいいよ、家に帰りたいならいいよ、お酒が飲みたいなら飲んでもいいよ』って言ってあげるのが本当に支えるということだと思うんです。そのほうが患者さんの精神状態もよくなります」
本人の人生なんだから、本人の好きなようにさせようよ、と言葉を強める。
「そっちのほうが本人も頑張れるし、根性も生まれる。根性があれば、食べられるし、歩くこともできる。亡くなるその日まで歩こうね。それが“棺桶まで歩こう”というメッセージ。棺桶に入れられるんじゃなくて、自分で歩いて入ろうって」
萬田先生自身、“死”を逆算して、生前葬を行ったという。
「僕が棺桶に入って、みんなが話しかけるというものを想定していましたが、実際は、来てくれた人たちに感謝を伝えて、すごく楽しい生前葬になった。幽霊の格好をしてしゃべったり、歌ったり。葬式はしなくていいけれど、生前葬は何回もやりたいなと思っています(笑)。死んでから、あいつはいいやつだったとか言われてもしょうがないですからね」
多くの人が、今は自分も親も元気だから大丈夫と思っている。そして元気じゃなくなって初めて“死”を考え始めるのだ。
「がんも急に発症するわけじゃなくて、数年かけて、がんになっていきます。2人に1人はがんになるわけですから、いつか自分もがんになったらどうするか、考えておかないとね。考えている人は、がんになっても想定内だから受け止めることができるわけです。そうでない人はつらいでしょう。でも実際に、もっとつらいのは歩けなくなったとき。
繰り返しますが、あなたが歩けているのは医療のおかげじゃなくて、自分の根性のおかげ。根性というのは、すなわち精神力。年を取るにつれて脳も衰え、精神力も弱ってくる。だから自分の好きなことをして精神力を維持して、治療よりも歩くことを頑張ったほうがいい。年を取っても、病気になっても心の状態と筋力は高められます。歩くスピードと余命は比例していて、できるところまで頑張る。死を遠ざけるのに、いちばん効果があるのは、やっぱり“歩く”こと」
誰でもいつかは死ぬ。棺桶に入るその日まで歩けるように、今のうちから好きなことをして“根性”を鍛えておこう。
取材・文/池田純子
萬田緑平先生 元外科医、在宅緩和ケア医。1964年、東京都生まれ。群馬大学医学部卒業後、群馬大学医学部附属病院第一外科に17年勤務。手術、抗がん剤治療、胃ろう造設などを行うなかで、医療のあり方に疑問を持つ。2008年から在宅緩和ケア医として、4歳から100歳まで2000人以上の看取りに関わる。現在、「緩和ケア 萬田診療所」の院長を務めながら、「最後まで目一杯生きる」と題した講演を日本全国で年間50回以上行っている。2025年は、自身のドキュメンタリー映画『ハッピー☆エンド』が公開された。

