NHK朝ドラ『風、薫る』に出演の見上愛(右)と上坂樹里(左)

 3月30日に放送開始が迫っている2026年度前期のNHK連続テレビ小説『風、薫る』。明治時代の看護界を切り拓いた実在の人物をモデルにした物語だ。通常、朝ドラのモデルとなった人物ゆかりの地は、放送開始に合わせて官民一体となった熱烈なプロモーションを展開するのが通例だが、今回はこれまでの作品とは少々異なる様子を見せているという。

大田原市は生家跡に記念碑

「今回は2008年度後期の『だんだん』以来、実に17年ぶりとなるダブルヒロイン制が導入されています。一人は大河ドラマ『光る君へ』での好演も記憶に新しい見上愛さん、もう一人は2400人超のオーディションを勝ち抜いた新星の上坂樹里さんです」(テレビ誌ライター、以下同)

 ドラマのモチーフとなっているのは、日本初の「トレインド・ナース(職業看護婦)」として活躍した大関和(ちか)さんと鈴木雅(まさ)さん。二人は明治時代に看護の道を志し、やがてアメリカへと渡った先駆者たちである。

 見上愛さんが演じるヒロインのモデル・大関和さんは、栃木県黒羽藩(現在の大田原市)の家老の娘として生まれた。一方、上坂樹里さんが演じるヒロインのモデル・鈴木雅さんは、静岡県の士族の娘という出自である。

 現在、放送開始を前に凄まじい盛り上がりを見せているのが、大関和さんの出身地・栃木県大田原市だ。

「大田原市では、市長を会長に据えた『大関和を広める会』が発足しています。市役所には巨大な懸垂幕が掲げられ、市内各所にはのぼり旗が林立。彼女の足跡を辿るガイドマップを作成し、市立資料館では特別展も開催されています。さらに生家跡に『日本近代看護の先駆者 大関和の故郷』と大きく書かれた記念碑も建て、放送を機に盛り上げようとPRに躍起です」

 ただ、こうした盛り上がり自体は、朝ドラの舞台としては決して珍しくないという。

「2023年放送の神木隆之介さん主演『らんまん』では、舞台となった高知県が県を挙げてモデルの牧野富太郎博士をプッシュし、観光客増に繋げた成功例があります。朝ドラ放送のタイミングで地元を盛り上げようとするのは、自治体にとっての“王道”といえます。逆にいえば、モデルの出身地でありながら何もしない自治体のほうが、これまでの朝ドラの歴史を振り返っても非常に稀なのです」

「史実の空白」という壁

 しかし、『風、薫る』のもう一人のヒロインのモデル、鈴木雅さんの出身地である静岡県は、現時点では驚くほど静かなままだ。まるで放送が始まることすら知らないかのように、公式なPRの動きはほとんど見られない。そこには、静岡県が「やりたくてもできない」深刻な事情があるという。

NHKが公開した朝ドラ連続テレビ小説『風、薫る』のメインビジュアル(公式サイトより)

「理由は明確で、鈴木雅さんに関する歴史的資料があまりに少なすぎるのです。大関和さんについては、家老の娘という立場もあり、経歴や著作がある程度残っています。ところが鈴木雅さんに関しては、静岡のどこで生まれ、どのような少女時代を過ごしたのかといった背景がほとんど不明なのです。家族や友人が書き残した一次資料も見つかっていません」

 その資料の少なさは、朝ドラ放送に合わせた関連本でも浮き彫りになっている。

「今回の放送に合わせて実在モデルに関する解説書がさっそく出版されていますが、大関和さんの経歴を記した年表が4ページにわたって詳細に掲載されている一方で、鈴木雅さんに関しては1ページどころか1行も年表がありません」

 資料がないということは、ドラマとして描く際に「創作」で埋める部分が多くなることを意味するが、実際に、『風、薫る』の看護考証を担当している日本看護歴史学会のメンバーで、天理大学医療学部看護学科の鈴木紀子教授は大学のホームページで「鈴木雅さんは実物とはかけ離れた描かれ方をしています」と指摘している。

 鈴木教授によれば、実際の鈴木雅さんは士族の娘であり、英語が堪能で通訳や実習指導もこなすハイスペックな才女であったというが、こうした“才女”としての実像に対し、ドラマではどのようなキャラクターとして描かれるのだろうか。

 栃木の熱狂と、静岡の静寂。この対照的な温度差を抱えたまま、17年ぶりのダブルヒロインによる看護の物語は、3月30日にスタートを切る。