『ばけばけ』ヒロインの松野トキ役を演じる高石あかり

 半年間の放送期間も、残り2週間ほどとなったNHK連続テレビ小説『ばけばけ』。

 爽やかさが売りの朝ドラなのにキーワードが「うらめしい」だったり、明治の物語なのに登場人物の会話が現代風だったりと、いろいろ異色続きの作品だったが、実在した人物・小泉八雲とその妻をモデルにしていることから安定感があり、視聴者からもおおむね好意的に受け止められたようだ。

東京編は最後の2週間だけ

小泉八雲旧居跡の案内板

 筆者も大いに楽しませてもらった一人だが、1点残念だったのは、八雲が晩年を過ごした東京編が、ほんの少ししか描かれないことだ。私は八雲終焉の地からそこそこ近くに住んでいて、東京編をまだかまだかと待ち続けていていたのに、まさか最後の2週間だけとは思ってもみなかった。

 史実では小泉八雲=ラフカディオ・ハーンは1890(明治23)年に来日し、9月に島根県松江に赴任。翌91年、後に妻となるセツを雇い、11月には熊本に転任するために松江を離れている。

 一方、『ばけばけ』でレフカダ・ヘブン(トミー・バストウ)が松江にやってきたのが第5週で、熊本へ発つのが第23週。ずい分いろんなことがあり、長い年月が経ったように感じていたが、18週かけて描いたのはわずか1年3か月のことだったのだ。朝ドラの中では極めて異例といえるだろう。

 その後、96(明治29)年に帝国大学英文学科講師となり、上京。最初は現在の新宿区富久町に住んだが、近隣の開発が進んだため、1902(明治35)年に現在の新宿区大久保に転居。04(明治37)年に同地で亡くなっている。つまり新宿区には8年間も住んでいるのに2週間しか放送がないなんて……。

 もちろん、松江は八雲と妻・トキ(高石あかり)が出会って愛を育んだ土地であり、八雲が日本の怪談に強く惹かれた点でも大事な土地であることは間違いないのだが、東京では有名な『Kwaidan(怪談)』をはじめ、多数の書物を執筆しているし、東京帝国大学を解雇されて、早稲田大学に招聘されたりと、多くのドラマもあったようだ。

 ならば東京編にもう少し時間を割いてくれても良かったのでは、特に女中や父親などの、なくても良さそうな遊びのエピソードに日数を使うのなら…と新宿区民としては思ってしまうのだ。

小泉八雲記念公園には八雲の生涯を紹介する碑や胸像

小泉八雲記念公園の円柱がある広場(写真/古沢保)

 ちなみに、東京で最初に住んだ富久町の跡地は、現在は成女学園という女子校の敷地になっており、小泉八雲旧居跡の案内板が建っている。例年、東京マラソンがスタートして10分後くらいにカメラに映る地域だが、八雲がその風情を好んだという寺・自証院は今も学園の向かいにある。

 転居した大久保の家は、コリアンタウンの外れに当たる。跡地には現在、区立大久保小学校が建っていて、小泉八雲終焉の地碑が見られる。そして徒歩1~2分のところには、小泉八雲記念公園という、それなりの広さの公園がある。

 ここには八雲の生涯を紹介する碑や胸像、故郷のレフカダ島を描いたタイル舗装などが設置されているだけでなく、真白い石の円柱が並んでいたり、色とりどりの花壇があったりと、どこかギリシャをイメージしした構造になっている。

 先日、私が主催する歴史散歩の会で現地を案内した時は、「なぜ、こうしちゃったのかな……」と、唐突なギリシャ風に首を傾げる参加者もいた。確かに怪談を始め、和の文化を愛した八雲なので、そちらに寄せた公園にした方がしっくり来たかもしれないが、他ではあまり見ないギリシャ風もチャレンジングで、私は案外嫌いではない。

 ただ、この公園は本当に知名度が低い。『ばけばけ』放送中だから、さすがにたまには観光らしき人を見かけるが、基本的には近所で働いている会社員やOLが息抜きに来ていたり、八雲像の前にホームレスの人が陣取っていたりする。

 新宿区も絶好の観光誘致のチャンスだったはずだが、あまりに期間が短かったのか、松江市長役の佐野史郎を招いた朗読劇を区民ホールで開催したりする程度で、うまく観光に結びつけられなかったようだ。

 新宿区民としては何とも「うらめしい」ことだが、トキのように「あははー」とごまかし笑いをして、これはこれで仕方ないと思うしかないのかもしれない。

 八雲も自分の家の周りがコリアンタウンになろうとは思いもしなかったはずだが、ここから人力車に乗って早大に通ったのかな、などと想像すると楽しい。あいにく現地で八雲グッズなどが買えるわけでもないが、興味がある方はぜひ訪ねてみてほしい。

 そして私が今、密かに期待しているのは、近年、他の朝ドラがスピンオフや劇場版を制作しているように、『ばけばけ』も東京編でスピンオフや続編などを制作してくれるのではないかということだ。そのために8年分もの東京でのエピソードをほぼ残しておいたのだとすれば、このアンバランスな配分にも納得が行くのだ。

古沢保。フリーライター、コラムニスト。'71年東京生まれ。「3年B組金八先生卒業アルバム」「オフィシャルガイドブック相棒」「ヤンキー母校に帰るノベライズ」「IQサプリシリーズ」など、テレビ関連書籍を多数手がけ、雑誌などにテレビコラムを執筆。テレビ番組制作にも携わる。好きな番組は地味にヒットする堅実派。街歩き関連の執筆も多く、著書に「風景印ミュージアム」など。歴史散歩の会も主宰している。