南原清隆

「ナンチャン、急にヒルナンデス休んでるけど大丈夫?」

「理由は発表されてないし、ちょっと心配……」

「WBCを現地で見に行くために休みを取ってたのかな?」

『ヒルナンデス!』を欠席した南原清隆

2025年7月、都内・世田谷区内の音楽スタジオを訪れていた南原清隆

 3月16日、日本テレビ系の昼の顔、ウッチャンナンチャンの南原清隆が、メインMCを務める『ヒルナンデス!』を欠席。2011年の放送開始以来、番組を守り続けてきた“大黒柱”の事前告知ナシの不在に、SNSでは瞬く間に疑問と心配の声が広がった。

 番組冒頭、女性アナウンサーから「今日は南原さんがお休みですので、小峠さんお願いします」と紹介されたバイきんぐの小峠英二が代役を務めたが、やはり欠席の理由について詳しく語られることはなかった。

 いったい、南原の身に何が起きていたのか――。

 その真相を、あるテレビ局関係者が明かす。

「実は、南原さんのお母さんが85歳でお亡くなりになったんです。欠席した16日は、実家のある香川県高松市で葬儀が執り行われ、お父さんが喪主を務められました。4人きょうだいの長男である南原さんも、最後のお別れをするために急きょ帰郷し、参列されたようです」

 南原は1965年、香川県高松市に生まれた。大工の父は、詩吟や尺八をたしなみ、民謡の師範代まで務めるほど「一つのことを極める」多趣味な人だったという。そんなストイックな父を陰で支え、家族を切り盛りしていたのが母だった。

役者志望だった南原

 もともとは役者志望だった南原。高校卒業後に上京し、横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)へ入学した。そこで運命の相方・内村光良と出会うことになるのだが、当時の様子を放送作家はこう語る。

「お母さんは、内心では心配でたまらなかったのでしょう。南原さんが上京する際には、わざわざ東京まで付き添っていったそうです。その後も地元の特産品や生活用品などを、高松から絶えず送り続けていたといいます」

 そんな母の無償の愛に、若き日の南原も心動かされていた。

「アパートで自炊を始めたころ、冬の冷たい水で洗い物をしながら、ふと“母親も毎日こんな冷たい思いをして家事をしてくれていたんだな”と気づいたそうです。それ以来、『母の日』には公衆電話から実家へ電話をかけ、感謝を伝えていたという心優しいエピソードもあります」(前出・放送作家)

 今や“芸能界の座長”として、後輩たちからも慕われる南原だが、順風満帆なことばかりではなかった。

「『ヒルナンデス!』が始まった当初、帯番組のプレッシャーと生活リズムの激変で、精神的にかなり追い込まれていた時期があったそうです。そんなとき、妻から“あなたが楽しくやっている姿がいちばん大事”と声をかけられ、救われたと明かしていました」(前出・テレビ局関係者)

 家族の絆を糧に、12年間、お昼の茶の間に笑いを届けてきた南原。

 最愛の母を送り出し、再びスタジオに立つ彼の姿を、天国の母もきっと「楽しいのがいちばん」と、優しい眼差しで見守り続けていることだろう。