「本当に悔しいですね。強かったですし、自分たちの持っているものを出しながら、最後、力で押し切られた感じ」
日本時間3月15日に行われたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)、準々決勝のベネズエラ戦に敗れた日本代表。大谷翔平も悔しさをにじませた。
歴代ワーストで敗退
「今回のWBCでは、大谷選手は打者のみで出場しました。ベネズエラ戦でも1点を先制された直後に同点に追いつくホームランを放つなど活躍。大会のベストナインにも選ばれました。ですが、ベネズエラ戦で最後の打者になるという、悔しい思いもしました」(スポーツ紙記者)
連覇をかけて臨むも、歴代ワーストとなるベスト8での敗退。
アジア人初のメジャーリーガーである村上雅則さんはこう振り返る。
「ベネズエラやアメリカ、ドミニカ、プエルトリコなどもメジャーリーガーをそろえて、ベストプレイヤーで戦ったレベルの高い大会でした。野球が盛んではないヨーロッパのイタリアが準決勝まで進んだのは、野球界にとってはよかった。ただ、日本はもう少し勝てたかなと。もっと日本らしい、いい戦い方ができたのではと思います」
一方で、大谷は新たな戦いが、まもなく始まる。
「ロサンゼルス・ドジャースは3月27日に開幕を迎えます。ワールドシリーズ3連覇を目指していますが、これまで3連覇以上を達成したのはニューヨーク・ヤンキースとオークランド・アスレチックスの2球団のみ。1998年から2000年のヤンキース以来、達成した球団はなく、厳しい戦いが予想されます」(前出・スポーツ紙記者、以下同)
2025年途中、右ひじの手術から投手として復帰。今年は開幕から二刀流として挑む。
「大谷選手はWBC敗退の翌日、3月16日にドジャースに合流しました。3月19日のオープン戦に投手として今年初めて実戦のマウンドに上がると、5回途中まで投げて1安打無失点と好投。今後はオープン戦でもう1試合登板してから、3月31日から4月2日のクリーブランド・ガーディアンズとの3連戦で今シーズン初登板となる見込みです」
前出の村上さんは、今年の大谷にこう期待を寄せた。
「最低40本はホームランを打ってほしいですね。打率はできれば3割、悪くても2割8分くらい。投手としてはケガが心配だけど、大谷くんの実力なら10勝は楽にできると思います。あとはドジャースだと山本由伸くんと佐々木朗希くんの日本人選手が活躍してほしいですね」
メジャーリーグ研究家の友成那智さんは冷静な目でこう話す。
「大谷選手は今年32歳とケガが怖い年齢になってきています。そういう意味ではWBCで投手として登板せず、準々決勝で負けて、調整の期間ができたのはいいことでした。大谷選手はこれまで限界の一歩先に目標を置いて、それをクリアしてきましたが、年齢的にも難しさが増します。ドジャースとしても10年という長期契約を結んでいるので、大きなケガはしてほしくない。休ませる試合を挟みながら起用されるでしょう」
メジャーリーガーは五輪に出場していない
ロサンゼルスでは2年後、世界一をかけた戦いが行われる。
「2028年にロサンゼルス五輪が開催されます。野球も追加競技として採用され、2021年の東京五輪以来の実施。日本代表は東京五輪で金メダルを獲得しており、連覇が期待されます」(スポーツライター、以下同)
その前に乗り越えなくてはいけない“壁”がある。
「ロス五輪の出場枠は“6”で、日本はまだ出場権を獲得していません。2027年11月に、メジャーリーガーは出場しない『プレミア12』でアジア最上位になるか、最終予選で勝ち上がる必要があります」
出場権を勝ち取ってもメジャーリーガーの大谷が出場できるかは現時点で決まっていない。
「これまで五輪にメジャーリーガーが出場したことはありません。東京五輪でも日本は国内球団の選手だけでチームを編成。他国も国内リーグやマイナーリーグの選手らで構成されていました。ただ、次回はアメリカでの開催ということもあり、メジャーリーガー出場の機運が高まっています」
大谷もWBCでベネズエラに敗れた試合後、
「代表戦はリベンジというか、挑戦したい」
と、日の丸をつけての再戦を誓った。
ロス五輪へのメジャーリーガー出場について、MLBのコミッショナーも前向きに検討しているという。
前出の友成さんはこう話す。
「メジャーリーグは選手を出すと思います。ロス五輪では“野球の原型”といわれているクリケットも実施されます。クリケットは発祥国のイギリスやインドでは、かなり人気のスポーツ。野球もクリケットに人気で負けるわけにはいかないので、メジャーリーガーの出場を許可して対抗しないといけません。本来なら調整段階の時期の3月に行われるWBCと違い、五輪はシーズン中の7月に開催。各選手はいい状態で臨むことになり、よりレベルの高い戦いになりそうです」
マイアミでの屈辱は、ロサンゼルスで晴らす。
村上雅則/アジア人初のメジャーリーガー。1963年に南海ホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)に入団し、翌年から野球留学で渡米。1966年に帰国後は南海、阪神、日本ハムで活躍
友成那智/メジャーリーグ研究家。雑誌のスポーツ担当として、日本で活躍する元メジャーリーガーとの交流や現地での取材を経験。2004年から毎年『メジャーリーグ・完全データ 選手名鑑』を執筆している
