乳がん発症から11年、今は寛解している、漫画家の夢野かつきさん。乳房再建をしたことも、2冊目の著書『続乳癌日記』に綴られているが、今はどんな生活を送っているのだろうか。
「ごくごく普通に生活していますが、やはり病気の前と後とでは、その意味がちょっと変わりました。今はもう生きていること自体が喜びですし、人とのつながりの大切さもすごく感じます。
病気をしてから、もともとあった絆みたいなものにちゃんと気づけた感じ。みんながいるから自分は大丈夫だぞ、と以前よりも強く思えるようになりましたね」(夢野さん、以下同)
趣味の時間を増やして不安を遠ざける
とはいえ、まだ薬の副作用で、ちょっとした悩みもあるとか。
「再発予防のために飲んでいるタモキシフェンというホルモン療法薬の影響で、少々太りやすくなっているのが困り事です。また、胸を全摘し、なおかつお腹の肉で再建したので、胸からお腹にわたる傷痕を見ると、ちょっと悲しい気持ちになります。
治療でリンパ節も取ったので、疲れたり、重いものを持ったりするとリンパ浮腫になりやすく、リンパマッサージなどのセルフケアが欠かせません」
現在の通院はどのくらいのペースで、主治医とはどんなやりとりをしているのだろうか。
「ホルモン療法の薬を処方してもらうために、大学病院に2、3か月に1度、通院しています。それ以外に年に1度、マンモグラフィー、エコー検査、CTスキャン、血液検査などの検査をしています。でも、治療して今年で10年がたったので、今後は大学病院の通院は終了し、主治医のいる病院での検診のみになります。
主治医とは、とてもよい関係です。その時々の不安を聞いてもらっています」
薬で太りやすくなっているというが、普段から気をつけている健康習慣はどんなこと?
「日光に当たる、運動をする、野菜中心の食生活にするなど……、特別なことではないですが、そういうことを心がけられたらいいなと思っています」
ただし、これまでより意識的に趣味の時間を増やしているという。
「がん経験者にとって、いちばん不安なのは再発です。私もそう。でも、それは仕方ないんです。心配しすぎるのもストレスになってよくないと思うので、普段はできるだけ楽しいことをして、考えないようにしています。
映画を見たり、本を読んだり。何か没頭できる趣味があると、少し解消できるのかなと思います。漫画を描いているときも、それだけに集中できます」
がんで悩む人たちの受け皿になれたら
漫画家として活躍する夢野さんだが、それ以外にも仕事をしており、再建手術後に転職を果たした。今は、その仕事にも夢中なのだとか。
「乳房再建のために長い休みをとる必要がなくなったので、今なら転職できるかも、と以前から興味のあったリラクゼーションセラピストになりました。お客様の身体をほぐして、安心感を与える仕事で、自分にとても合っていると思います。
ツボを押しながら、お客様の体調について聞いたり、大きい病気を経験された方には自分の体験談をしたり、毎日充実しています」
がんを経験しても、新しい挑戦はできるんだよ、と伝えたくて─そういった、がんサバイバーとしての実体験をSNSで発信している夢野さん。
「著書の『乳癌日記』も、もともとSNSで発表していたもの。無理せず少しずつアップしていたら、それをいろいろな人が見てくださって、とても励みになりました。一冊になった本を同人誌のイベントで売っていたときに、私のSNSを見ていたというお客様が来てくださって、ご自身やご家族のがん治療の経験を話していかれるんですね。
普段は病気の話はしないけれど、同じ経験をした人には話をしやすいのかもしれません。自分の漫画が、そういう皆さんの受け皿になっていたと思うと、うれしくなりましたね」
イベントで販売していた本は編集者の目に留まり、やがて『乳癌日記』として出版社から発刊されることに。
「本を読んで、お手紙をくださった方もいました。その方は脳のがんだったらしく、次はこんな治療をするんです、今はこんな状態です、と何回かやりとりしていましたが、ある日、ご家族から『亡くなりました。今までありがとうございました』というお礼の手紙が届きました。やはり、がんは難しい病気なんだとあらためて実感し、寂しい思いをしました」
2025年には、『乳癌日記』の続編として、友人の闘病記を描いた『続乳癌日記』を刊行した。
「友人から、実は末期の膵臓がんでずっと治療していて、途中で乳がんにもなったりしたけど、『今は寛解したよ』という連絡をもらったんです。それはすごいと思って。世の中のがん患者さんにも知ってほしいと思い、『漫画にしてもいい?』と打診したんです。
膵臓がんは治療が難しいがんで、残念にも亡くなる人も多い。あくまで、“治った事例もありますよ”という紹介であれば、という条件付きでOKをもらいました。友人は取材中も元気で、体調を全く心配することもなく、ひたすら『よかった』と思いながら描きました」
告知後すぐの不安と抗がん剤の苦しさ
2冊の著書を出版してからは、SNSで相談を寄せられることも増えた。
「がんを告知されてすぐの方からの相談が、いちばん多いですね。『これからどんな治療をするか全くわからなくて不安』という相談です。告知された当初はそうだと思いますが、治療方針が決まれば、気持ちは少し落ち着くと思います。
そして治療が終われば、元の生活に近い形に戻れる方も多いです。私も今は、とても元気です、なんて返事をしています」
また、「抗がん剤がすごくつらい、そんなときはどうしていましたか」といった、治療中の人からの相談も多いという。
「抗がん剤治療は、もう本当にきつくて苦しいので、『頑張ってください』とは言わないようにしています。だって、もう十分に頑張っていますから。乳がんの場合、抗がん剤投与の回数がだいたい決まっているので、その期間を何とかやり過ごせば、次のステップに進めることが多いと思います。
私も、つらいときは布団から出られませんでした。それが過ぎてしまえば、またいつものように動けるようになるはず。私は、投薬後の3日間は動けず、そのあと2日ぐらい家でおとなしく過ごすことが多かったです。そして回復したら、仕事に行っていました。だから、どんなに苦しくても、ちゃんと終わりはある。苦しい期間を、何とかやり過ごしてください、と伝えています」
夢野さんと話していると、ポジティブさに驚かされる。そのエネルギーは、一体どこから湧いてくるのだろうか。
「もちろん私も、がんと告知されたときは、『がんになっちゃった、どうしよう。死んじゃうかも』と思いましたが、主治医の話をきちんと聞いて、『ちゃんと治る病気ですよ』と言ってもらえて、じゃあ頑張ろうと思えてきたという感じです。
でも人生って、いろいろなことがありますよね。病気だけではなく、家族の問題だったり、いろいろなことが起こって、誰の人生にも何かしらのトラブルがあると思うんです。だから、がんも、人生で起こりうる出来事の一つと、私は考えるようになりました。そう考えると、トラブルの一つに、そんなにネガティブになることもありません。これまでちゃんと乗り越えてこられたんだから、病気も克服できるんじゃないかと思うんです」
最後に、読者にポジティブなメッセージをぜひ!
「闘病中の人もそうでない人も、がんは怖い病気だと思います。でも早期発見、早期治療で、思ったよりも大変じゃないというケースもありますし、私のようにがんが転移していても、治療で寛解することだってあります。
だから、ストレスをできるだけ減らして楽しく過ごしてくださるといいのかなと思っています」
1975年、千葉県生まれ。2015年に乳がんになったことをきっかけに闘病記を描き始め、2020年に『乳癌日記』を刊行。2025年には、友人の膵臓がんと乳がんの体験をもとにした『続乳癌日記』を上梓。医療系サイトや医療企業にて、がんに関連する漫画やイラストを執筆するなど、精力的に活動中
取材・文/池田純子
