来日したトンガの皇太子夫妻と会話を楽しんだ秋篠宮ご一家(2026年2月24日、宮内庁インスタグラムより)

「命を守ることにつながる、素敵な発明だと思います」

 秋篠宮家の次女、佳子さまは3月2日、東京・有楽町の東京交通会館を訪れ、全国の女性が手がけた暮らしに役立つ発明品を紹介する「第57回なるほど展」を視察した。

作品を熱心に見て回った佳子さま

「第57回なるほど展」の視察は、白のタートルニットとジャケットに黒のロングスカートを合わせたモノトーンの装いで(2026年3月2日)

 災害時、周囲に自分の居場所を知らせる「防災笛」として使用できるスマートフォンのスタンドを手にした佳子さまは、冒頭のような感想を述べていた。佳子さまは製作者の説明を聞きながら1時間近く、作品を熱心に見て回った。

《ご懇談では、トンガの手工芸品や料理などの文化、自然、両国の皇室・王室のつながりなどについてお話しになりました。また、秋篠宮皇嗣同妃両殿下が、平成15(2003)年にトンガを公式訪問された際のことや昨年4月にトゥポウトア・ウルカララ殿下とシナイタカラ・トゥクアホ妃殿下とお会いになった際のことについてもお話しになりました》

 2月24日、東京・元赤坂の秋篠宮邸で秋篠宮ご夫妻と佳子さま、悠仁さまは、トンガの皇太子トゥポウトア・ウルカララ殿下と皇太子妃シナイタカラ・トゥクアホ殿下と懇談した。宮内庁は、前述したように懇談の様子などについて公表している。

 秋篠宮ご夫妻は2003年9月から10月にかけて、皇族として初めてトンガとフィジー、サモアの太平洋諸国を公式訪問した。この年の11月、38歳の誕生日を前にした記者会見で、そのことについて尋ねられた秋篠宮さまは次のように答えた。

「今、太平洋地域に関心が高まっている中、日本の皇族としては初めてこの地域を訪れることができたのは大変よかったと思います。また、日本に何度もお越しになっているトンガの国王陛下、それから、サモアの国家元首殿下にも再びお目にかかれたことを大変うれしく思っております」

 佳子さまの弟で筑波大学1年生の、悠仁さまは2月26日から1泊2日の日程で京都市を訪問した。大学の春休みを利用した私的なもので、悠仁さまは26日、伏見区にある明治天皇陵と皇后の昭憲皇太后陵、それに東山区の孝明天皇陵と皇后、英照皇太后陵で玉串を捧げて拝礼し、昨年、成年式を無事に終えたことを報告した。

 翌27日、悠仁さまは能衣装を手がける織元の「佐々木能衣装」を見学した。報道によると、悠仁さまは機織りで使う糸を手にし、「ずいぶん、つやがありますね」と感想を述べ、機織りも体験したという。

 それから約1週間後、悠仁さまの姿は北の大地にあった。紀子さまと一緒に、3月6日、北海道留寿都村のルスツリゾートを訪れ、「世界スキーオリエンテーリング選手権大会2026」の競技を観戦した。

 スキーオリエンテーリングは、雪山を滑りながら地図とコンパスを頼りにして、チェックポイントを順番に通過し、ゴールまでの早さを競うもの。この日は日本チームが出場したスプリントリレーがあり、2人は選手たちを激励し、拍手を送っていた。

 午後は村の子育て支援施設を訪れ、園児約30人とのかるた遊びに参加し、紀子さま、悠仁さまの順で、かるたの読み札を読み上げるなど交流した。

 7日、紀子さまと悠仁さま親子は、ルスツリゾートでスキーオリエンテーリングの子ども向け体験会に参加した。約30人の子どもたちと一緒にスタートし、50分ほど競技を楽しんだ後、紀子さまは「子どもたちも力強く滑っていた。よい思い出になりました」と話したという。

 小、中学生たちと一緒に雪原を滑った悠仁さまは、「自然の中を滑るのも楽しく、うまく滑れたときに達成感がある、よいスポーツだと感じました」と感想を述べた。

紀子さまとの心温まるエピソード

1993年2月、スキーを楽しまれる紀子さま

 紀子さまは1990年6月29日、秋篠宮さまと結婚したが、その直前の5月、私は紀子さまの両親である川嶋辰彦・学習院大学名誉教授(故人)と妻、和代さんに紀子さまの子ども時代の思い出話などを聞いたことがある。そのとき、川嶋夫妻はオーストリア・ウィーンで暮らしていたころの紀子さまと弟、舟さんとの、スキーにまつわる次のような心温まるエピソードを紹介してくれた。

辰彦さん「そう、オーストリアにバドガシュタイという温泉スキー場がございます。研究所のスキー旅行に参加して、仲間の家族と一緒に出掛けました。妻と僕はふもとでクロス・カントリーを楽しみ、紀子と舟が研究所の仲間と一緒にリフトを乗り継ぎ、上のゲレンデまで登って滑っていたときのことでございました。天候が急変し、強風のためにリフトが運転不能になってしまいました。連絡を受けた妻と私が急いで駆けつけ、紀子と舟を斜面の下で待っていたのですが、気になって……」

和代さん「小さなお子さんには、皆さん大人の方がついて上のゲレンデにいらしてました。私たちは、子供二人だけで登らせていたものでございますから、リフトが止まったとき、上にとりのこされた人々の中では、紀子と舟が一番小さなペアでございました」

辰彦さん「紀子が舟を連れて上のゲレンデを発った、という連絡が入りましてから、かなりの時間を経て、紀子がスキーをはかせた舟を自分の両足の間にはさんで、大きく蛇行しながら濃い霧の中を降りてまいりました。待っていた時間は、長く感じられたのでございますが、実際はどれくらいかしら?」

和代さん「一時間程度でしょう。普通に滑ったらはるかに短い時間で下って来ることができるのでしょうけれど。遥かな霧の中から豆粒のような姿を現わして、滑って来る二人が見えました。降り着きましたときには、まわりの方々から、紀子よくやったー、エライ、エライ、と誉めていただきまして。あれはかなりの勇気がなければ、できないことでございましたでしょう」

辰彦さん「親の単純な感傷なのかも知れませんが、懐かしい想い出ですね」(『毎日グラフ臨時増刊』より)

 このとき紀子さまは11歳か12歳の少女で、舟さんは4歳か5歳の幼児だったようだ。そんな紀子さまも今年9月11日には還暦の誕生日を迎える。

《これまで国内外で重ねてきた経験を活かして、務めに励んでもらいたいと思います。そして彼女らしい生き方、幸せを心から願っています》

 昨年、59歳の誕生日に際して公表した文書に〈佳子の結婚や将来について〉という項目があり、その中で紀子さまはこのように綴っている。佳子さまの幸せを、心から願っている母親の真情がよく伝わってくる。

 今年もまた佳子さまは、母親と一緒にたくさんの素晴らしい思い出を築いていくことだろう。

<文/江森敬治>

えもり・けいじ 1956年生まれ。1980年、毎日新聞社に入社。社会部宮内庁担当記者、編集委員などを経て退社後、現在はジャーナリスト。著書に2025年4月刊行の『悠仁さま』(講談社)や『秋篠宮』(小学館)など