愛子さまは、戦後80年の節目に両陛下とともに沖縄県と長崎県を訪問された

 天皇、皇后両陛下と長女の愛子さまは3月25日に岩手県、26日には宮城県を訪問される予定だったが、両陛下に風邪の症状があるため、日程は再調整する見通しだ。

「今年は東日本大震災の発生から15年の節目の年。4月には原子力発電所の事故など大きな被害を受けた福島県も訪問される予定です」(皇室担当記者)

両陛下と『奇跡の一本松』

 象徴天皇制に詳しい名古屋大学大学院人文学研究科の河西秀哉准教授は、皇室の被災地訪問の変化についてこう解説する。

「かつて天皇の被災地お見舞いは、京都の御所から遠く被災地へ捧げるものでした。時代が変わり、戦前の関東大震災では後の昭和天皇が直接、現地へ足を運ばれましたが、被害の“視察”をする側面が強いものでした。

 そのあり方を大きく変えられたのが、上皇ご夫妻です。現地に赴いて被災した方々の話を聞き、同じ目線で話し、苦しみを分かち合うというスタイルを確立されました

 上皇ご夫妻が被災地でひざをつき、人々の声に耳を傾ける姿勢は“平成流”とも呼ばれ、両陛下もそれを継承されてきた。『皇室の窓』(テレビ東京系)で放送作家を務めるつげのり子さんは、印象的な場面があったという。

「'23年6月、両陛下が全国植樹祭の出席のため岩手県を訪問された際、陸前高田市の『奇跡の一本松』に足を運ばれました。震災で壊滅的な被害を受けた中で、一本だけ残った松というシンボルを前にして、おふたりがとても感慨深げに見上げられていたのが印象的でした。

 実はその10年前、陛下は学習院OBの管弦楽団の演奏会で、この一本松の一部が使われた『津波ビオラ』を演奏されています。深いつながりに、さまざまな思いを抱かれていたのではないでしょうか

愛子さまが次世代への架け橋

 当時、訪問先となった岩手県大船渡市の復興商店街「キャッセン大船渡」の代表・田村滿さんは、両陛下を迎えた日の思い出をこう振り返る。

「私の妻は社会福祉協議会の会長を務めており、商店街の中に共生型住民拠点として『にこにんプラザ』という場所をつくりました。雅子さまから『どのような施設なのですか』とお尋ねがあり、妻が中をご案内したのです。室内には地域の方々が手作りした手芸作品などを展示しており、雅子さまは『ここにいらっしゃる方々が作られたのですか』と興味を持ってくださいました。両陛下の穏やかさ、そしてにじみ出る品格に、終始身の引き締まる思いでした

 同じく商店街にある生花店「加茂ガーデン」の志田宏美さんは、陛下からかけられた言葉を今でも鮮明に覚えているという。

「震災で被災したリヤカーや三陸鉄道の枕木を、花台として店で使っていることをお伝えしたところ、とても熱心に聞いてくださいました。その際、『ヨーロッパのお花屋さんのようですね』と声をかけていただき、手探りで店づくりを続けてきた日々が報われたような気持ちになりました」(志田さん、以下同)

 今でも地震や津波警報で、当時のつらい気持ちがよぎるという志田さん。ご一家の訪問は励みになるそう。

「花屋として日々の暮らしに寄り添う中で、震災以降は“当たり前の日常が続くこと”のありがたみをより強く意識するようになりました。節目の年に訪れていただくことは、積み重ねてきた時間を見守っていただいているように感じ、“これからも前を向いて歩んでいこう”という励みになります

 愛子さまが東日本大震災の被災地を訪問されるのは今回が初めて。背景には、陛下の強い思いが垣間見える。

2月23日の陛下のお誕生日会見では、戦後80年の節目の年として行われた慰霊の旅に愛子さまが同行されたことに触れ、『戦争の記憶と平和の尊さを次の世代へ引き継いでいく役割を愛子にも担ってほしい』と述べられています。

 被災地の訪問についても『これからも被災地の人々に心を寄せていってもらいたい』と言及されており、愛子さまが次世代への架け橋となることに強い期待を寄せていることが伝わります」(前出・皇室担当記者)

存在意義を実地で学ぶ機会

 河西准教授は、愛子さまの訪問には二つの重要な意義があると語る。

まず、愛子さまが被災地を訪れることで、被災地や震災に関するニュースがより大きく報じられます。愛子さまと同世代の、当時の記憶が薄い若い人たちにとっても震災を知る機会が増えるでしょう。東日本大震災という出来事を日本全体で継承していくために大切なことです

 もう一つの重要性は“次世代皇族”としての自覚だ。

若い世代の皇族の中心的人物として、被災地訪問という重い公務を担う意味は非常に大きい。また、両陛下とご一緒されることで、ご両親が被災者と交流する姿を間近に見て、皇族の振る舞いや存在意義を実地で学ぶ機会にもなります。『平成からつないできた被災地訪問を今後も続けていく』という決意を、愛子さまご自身も肌で感じられるのではないでしょうか」(河西准教授)

 現在、日本赤十字社で働かれている愛子さま。就職の理由の一つとして、友人が震災復興のボランティアに参加していたことを挙げられていた。

「愛子さまは日赤のお仕事を通じ、災害時の被害を最小限に抑える『減災』への取り組みなどを、現場に近いレベルで捉えていらっしゃるはず。震災から15年がたち、教訓をどのように未来に伝えていくかという、新たなフェーズに入った今、愛子さまの視点は非常に重要です」(つげさん)

 愛子さまの訪問に、被災地からも歓迎の声が上がる。志田さんはこう期待を寄せる。

「震災の出来事だけでなく、支え合い歩んできた人々の時間や思いを、次世代へ丁寧に受け継いでいただけたらと思っています。悲しみだけでなく、再生しようとする姿や、日常を取り戻そうとする力も感じ取っていただけたらうれしいですね」

 また、田村さんも愛子さまの未来にエールを送る。

今回の訪問を愛子さまの糧にしていただけたら。将来、重要な立場を担われる方ですから、“実際にご覧になり感じた”経験を大切にしていただきたいです

 陛下と雅子さまからの“バトン”を受け継ぎ、愛子さまが拓く新たな“令和の道”には、どんな景色が広がっているのだろうか。
 

河西秀哉 名古屋大学大学院人文学研究科准教授。象徴天皇制を専門とし、『近代天皇制から象徴天皇制へ―「象徴」への道程』など著書多数

つげ のり子 西武文理大学非常勤講師。愛子さまご誕生以来、皇室番組に携わり、現在テレビ東京・BSテレ東で放送中の『皇室の窓』で構成を担当。著書に『素顔の美智子さま』など