巨人・阿部慎之助監督

 エース山崎伊織の故障によって先発ローテーションの見直しを迫られた阿部巨人。開幕投手にはドラフト1位の竹丸和幸を指名してファンを驚かせたが、さらなる大勝負をかける構えだ。

「20年間予想していて一番難しい」

 開幕を目前に控え、野球評論家の間でもシーズンの順位予想が花盛りだが、3月24日には巨人OBの江川卓氏が自身のYouTubeチャンネルを更新。今年の巨人について「20年間予想していて一番難しい」と切り出しつつ、「(サイコロのように)1から6まで。どっちに行くか極端になる」と語った。

 そんな江川氏が危惧する「極端な結果」をも恐れぬかのように、巨人・阿部慎之助監督は前年覇者・阪神との開幕カードでさっそく“大勝負”に打って出ると見られている。

 3月14日の練習前、ドラフト1位の竹丸を監督室に呼び、「開幕、行くぞ。思い切ってやってくれ」と直接伝えて大役を指名。さらに22日の楽天戦後には、ドラフト3位の山城京平についても「ローテーションに入るのは決まっています」と明言し、スポーツ紙などでは開幕3戦目での先発が濃厚と報じられている。

「竹丸が指名された際、ルーキーの開幕投手が1962年の城之内邦雄以来、64年ぶりであることが大きな話題となりましたが、新人2人が開幕カードで投げれば、こちらもやはり64年ぶりの出来事となります。しかし、64年前の“2人目”が誰だったのかを知る人は少なく、江川氏も動画でスタッフから聞かれ、『2000本安打』というヒントでようやく柴田勲氏だと気づいて驚いていたほど。

『赤い手袋』をトレードマークにV9時代に不動の1番打者だった柴田氏が、1960年夏と1961年春に法政二高のエースとして甲子園連覇を成し遂げた優勝投手だったことは往年のファンなら知るところですが、新人で開幕2試合目に登板していたことにはネット上でも驚きの声が続出。一部のファンから『1962年の巨人』が注目を浴びているようです」(スポーツ紙記者)

1962年の巨人と現在の“意外な共通点”

 果たして、開幕でルーキーを大抜擢した1962年シーズンはどんな結果だったのか。スポーツ紙デスクが明かす。

「開幕2連戦はいずれも敗戦。最終的な順位は、2リーグ分裂後で球団史上初となるBクラスの4位に終わっています。投手陣を見れば、城之内が24勝を挙げて新人王に輝いた一方で、期待の柴田は0勝に終わり、野手へ転向することとなります。その後の大成を考えれば歴史的な転換点でしたね。

 しかし、この年の最大のニュースは何といっても王貞治氏の一本足打法の完成です。大洋戦で初めて披露されたその打法で、自身初の本塁打王を獲得しました。今の巨人にも新しいスターが求められており、投打で突き抜けた選手が現れるか見ものです」

目黒の自宅前で週刊女性の取材に答える王さん(13年)

 ネット上でも、「柴田さんが投手として開幕カードで投げていたなんて!」「4位は困るが、王さんのような新しいスターが出てきてほしい」「竹丸も城之内のように20勝してほしい」「竹丸と山城が勝って歴史を変えるのが見たい」といった声が聞かれる。

「1962年の巨人と現在の状況を重ね合わせると、意外に多くの共通点が見て取れます。当時は名将・川上哲治監督の就任2年目で、チームの若返りを強烈に推し進めていた時期でした。まず挙げられるのは、“エース不在という絶体絶命の窮地”です。

 1962年は大エースの別所毅彦が引退し、大黒柱の堀本律雄も不調。現在の巨人も山崎の離脱に加え、元エースの戸郷翔征の調子があがってこないままですが、両指揮官とも既存の戦力で凌ぐのではなく、まったく新しい戦力をぶつけることで停滞感を打破しようとしました。巨人にとって最も負けられない阪神との“伝統の一戦”をあえて新人のテストケースにするという胆力も同じです。この采配が、単なる若手起用を超えた“チーム刷新のメッセージ”である点も似ています」(前出・スポーツ紙デスク)

 前年には日本一に輝いていた川上監督だが、Bクラス転落の責任を感じてシーズン後に辞表を提出。球団からの慰留を受けて続投し、その後、前人未到のV9時代を築くこととなった。阿部監督の命運はいかに――。