ヤマト運輸

 ネットショッピングで注文した品物から、遠く離れた人への思いまで届けてくれる宅配サービスは、今や私たちの生活になくてはならないインフラだ。そんな宅配サービスのパイオニアであるヤマト運輸の「宅急便」が、今年でサービス開始から50周年を迎えた。

 今回は、同社のエクスプレス事業を管轄する担当者に、知られざる50年のドラマと、荷物を届ける現場のプロフェッショナルたちが人知れず行っているさまざまな工夫について教えてもらった。

最初の荷物は11個、社運をかけた幕開け

「1976年1月20日にサービスを開始し、初めて集計を行った1月23日時点で集まったお荷物はわずか『11個』でした」(担当者、以下同)

 当初、「宅急便」という言葉は世の中に浸透しておらず、一般家庭に営業へ行くことにも不慣れであったため、セールスドライバー(SD)が手作りのチラシを配っても、思うように荷物は集まらなかったという。

「当時の運送会社では珍しいテレビCMに踏み切りました。同年の春に『電話ひとつで翌日配達』をキャッチフレーズにした15秒のCMを流したところ、本社に問い合わせが殺到しました」

 1979年にはおなじみの『♪クロネコヤマトの宅急便』というサウンドロゴも生まれ、宅急便という名が家庭に浸透していくにつれ社内の雰囲気も一気に活気づいた。さらに、当時の主婦にとって身近な米穀店や酒店を取扱窓口としてネットワークを拡大。

 現在でも街でよく見かける「のぼり旗」は、1981年10月に社員のアイデアから生まれたものだという。

 また、ヤマト運輸といえば、愛らしい「ネコマーク」と、「宅急便」というネーミングがイメージだが、そこにはサービスへの思いが詰まっている。

「ネコマークは宅急便開始前からありました。アメリカの提携会社が使っていた親子ネコのマークが持つ『careful handling(丁寧な荷扱い)』という精神に創業者が共感したのがきっかけで、その後使用許諾を得ました」

 当時デザインを担当した広報担当者の娘さんがクレヨンで描いた絵がヒントになり、親ネコが子ネコを運ぶように大切に荷物を扱う、という思いが込められたネコマークが完成した。

「宅急便」という名称は、当時社内公募を行い、ほかにも候補がいくつかあったが、開始前の小口貨物の営業キャンペーンで使用していた「宅急便」が実態をよく表しており、社内で定着しつつあったため採用したという。

現場のアイデアから開発された新商品

 宅急便の歴史は、私たちの生活を豊かにしてくれた数々の新しいサービスの歴史でもある。例えば冬の定番「スキー宅急便」は、現場のSDの“ひらめき”から生まれたものだ。

「1982年当時、長野県の支店では冬になるとリンゴの出荷が終わり、運ぶ荷物が激減していました。そんなとき、長くて重いスキー板を担いで雪道を歩くスキー客を見たSDが『あれを運べば、お客さまは手ぶらになって楽なのでは?』と思いつきました」

 このアイデアは大当たりし、1984年には「ゴルフ宅急便」、1989年には家やホテルで預かった荷物を空港で渡す「空港宅急便」と続き、日本のレジャーを「手ぶら」で楽しむことを可能にした。

 生鮮食品の流通に革命を起こした「クール宅急便」も、日本初のサービスとして打ち出された。「新鮮なものを送りたい」という利用者の声に応えるため、冷凍・冷蔵設備を集配車や運行車、営業所すべてに導入するという、当時の常識を超えた挑戦に出た。

ヤマト運輸、宅急便開始当初の取扱店の吊り下げ看板(電飾)

「『サービスが先、利益は後』という理念のもと、荷物を冷たいまま届けるための実験を幾度も繰り返し、150億円もの設備投資をして発売に踏み切りました」

 今では当たり前の「産地直送」も、ヤマトなくしてはありえない。サービスの歴史は、物流を通じて社会の文化を変革してきた歴史でもある。

「1931年に制定されたヤマトグループの社訓には『運送行為は委託者の意思の延長と知るべし』という言葉があります。私たちが運んでいるのは単なる荷物ではなく、お客さまの『こころ』である、という考えが原点にあります」

 現在、SDは全国に約5・4万人。荷物を安全に届けるための工夫は惜しまない。段ボールに貼られる「注意喚起シール」は、「ワレモノ」や「天地無用」だけでなく、「ふぐ刺し」「メロン」などご当地商品に特化したものも含め、なんと全46種類も存在するという。

 さらに、瓶専用の「ボトルBOX」や、最近のインバウンド需要に対応し、一部地域でスーツケースのキャスター保護パッドをトライアル導入するなど、荷物に合わせた梱包資材を取りそろえている。

年間約23億個を配達、受け取り方も多様化

 わずか11個だった宅急便は、ネットショッピングの普及などにより、現在では年間約23億個もの荷物を取り扱う巨大インフラへと成長した。それを支えているのが、物流システムだ。東京都大田区にある日本最大級の物流ターミナル「羽田クロノゲート」では、自動仕分けシステムによって1時間に最大4万8000個もの荷物を処理できる。

 また、すっかり定着した「置き配」を含む配送方法を直前まで変更できるEC事業者向け配送商品「EAZY」も、現場の気づきが出発点だった。

「玄関ドア前や宅配BOXなど対面だけでなく、置き配も含めた多様な受け取り方法を選べ、直前まで何度でも受け取り方法を変更できるサービスが提供できないかと、2018年からサービス開発に取り組んでいました」

 2020年のコロナ禍で非対面配送のニーズが急激に高まったが、以前からサービス開発を進めていたため、サービス開始時期を早めてすぐに対応ができたという。

ヤマト運輸、宅急便開始当初の取扱店の吊り下げ看板

 全国の地域課題の解決にも奔走。過疎地域の課題に対して、ヤマト運輸の全国ネットワークを生かし、荷物を運ぶだけではなくプラスアルファの付加価値を提供しているのだ。

 例えば愛媛県では高齢化や人手不足が課題となっているみかん農家に代わって、みかんの集荷から選果場までの定期輸送、選別後のみかんの箱詰め・発送までを一括で担う。山形県でも2025年からJAの集荷場までのサクランボの輸送を同社が引き受け、生産者の負担を大幅に軽減している。

 また、ヤマト運輸といえば、災害時に真っ先に被災地に駆けつける姿も印象深い。直近では、2024年の能登半島地震で被災した営業所も、翌年秋には自然災害に強く、環境に配慮したサステナブルな拠点として再建を果たした。

「2016年の熊本地震の例ですが、避難所に支援物資をお届けするにあたり、現場のSDが『避難所の中まで荷物を持って入ると、自分だけが荷物を受け取ることでほかの方に引け目を感じさせてしまうかもしれない』と考え、お客さまに電話をかけて、避難所の外で手渡しをしたこともあったそうです」

ハローキティとの特別コラボ企画も実施

 50年という月日がたっても、「『こころ』を届ける」という理念は変わらない。

「デジタル化が進む世の中だからこそ、50周年という節目に『贈り物の温もり』を改めて感じていただきたいと思っています。今年2月にはハローキティとの特別コラボ企画も実施しました。これからも『送る楽しさ』を体験できるような企画をお届けしていきたいと思います。

 そして50年後も物流という社会的インフラを担う企業として、お客さまに“便利さ”“快適さ”“安心”を提供し続けられる存在でありたいと考えています」

 次の50年も、その先も、ヤマト運輸は日本の隅々まで私たちの思いを届けてくれるに違いない。

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ドライバーの熱中症対策は……

 記録的な猛暑が続く近年、熱中症対策にファン付きベストを導入している。また、シャーベット状の飲料水を飲むこともあるとか。

どんなところへも荷物を届けるSDたち

 長崎県など、坂が多い地域では、背負子(しょいこ)を活用して荷物を配送している。積雪の多い地域では、ソリに台車をのせて配達することも。離島では、SDが荷物とともに船で海を渡り、集配業務をすることもある。

配達ルートは左回りが多い!?

 交差点事故を防ぐため、極力右折しなくて済むように左回りを基本とした配達ルートでの集配業務を推奨している。また、トラックの自走事故を防ぐため駐車時は輪留めの使用に加え、ハンドルを左切りするルールを設けている。

宅急便を出すついでにお買い物ができる!?

 人口減少・住民の高齢化が進む北海道奥尻島では、買い物支援としてドラッグストアと連携し、営業所をサテライト店舗として日用品を販売している。また、集配車両を活用した移動販売も行っているほか、集配用ワゴン車両を活用した公共ライドシェアの実証実験を実施するなど、地域に根差した社会課題の解決に取り組んでいる。


構成・文/高松孟晋