近年、'80年代に活躍したバンドが再評価されている。'80年代といえばバンドブームの全盛期で、後の音楽シーンに影響を与えるバンドが多数、現れたのもこのころのこと。
「リアルタイムで聴いていた世代はもちろん、良いものは良いと世代を超えて聴かれている。当時のバンドサウンドがシティーポップ同様、新しい音楽として届いています」
と話すのは、ライターで音楽プロデューサーの山本航さん。本紙読者にとっては懐かしく、一方、令和のZ世代には新鮮に映るようだ。そこで、全国40~60代の男女300人にアンケートを実施。'80年代に活躍した、復活してほしいバンドは?
「あの世からでも蘇ってほしい」
5位は19票でレベッカ。アンケートには、
「今でもカラオケでよく歌うので、またあの声量のあるボーカルを聴きたい」(東京都・女性・60歳)
「楽曲とNOKKOの声色が良かった」(神奈川県・男性・56歳)
と、解散したことを惜しむ声が多く寄せられたが─。
「実はレベッカは復活しているんですよ」と山本さん。'91年の解散後、何度か再結成を繰り返し、現在は不定期でライブを開催していると話す。
「再結成してツアーや新曲をリリースしていることを、多くの人が知らないのでは。NOKKOのライブにメンバーが久しぶりにゲスト参加したのがきっかけでした。再結成にあたり“触れてはいけないパンドラの箱を開けたらレベッカが熟していた。当時の曲を今の自分たちで再現してみたい”というコメントを発表しています」
4位は24票を集めたRCサクセション。
「清志郎さんの魅力は語り尽くせません。もう復活があり得ないからこそ、あの世からでも蘇ってほしい」(兵庫県・男性・68歳)
「絶対に叶わない夢。ロックという音楽を好きになるきっかけのバンドでした」(埼玉県・男性・62歳)
と、ボーカルの忌野清志郎さんを偲ぶ声が多い。デビューは1970年で、『ぼくの好きな先生』『雨あがりの夜空に』『トランジスタ・ラジオ』などヒットを放つ。坂本龍一さんとのコラボ曲で資生堂のキャンペーンソングになった『い・け・な・いルージュマジック』では、過激なメイクで坂本さんとキスをするPVが話題を集めた。
「当時は男性が化粧をするのが当たり前の時代ではなく、すごく騒がれました。化粧や服装など、清志郎さんは海外アーティストからエンターテインメントの神髄を生み出すのがうまい。そこから気になった人に気軽に聴いてもらい、シンプルに音楽を楽しもうぜ、という見せ方をする。それが音楽好きはもちろん、ライトな音楽ファンや若者も虜にする理由」(山本さん)
2009年に忌野さんが58歳でこの世を去り、バンドは事実上の解散に。
「パンクやグラムロックのイメージが強いが、RCの根っこにブルースなどアメリカのブラックミュージックがあって、音楽性が高い。晩年の清志郎さんはフジロックの常連で、若者たちに神格化されていました。
同時に政治的発言も多く、SNSで清志郎語録がバズったりと、今でも影響を与えている。音楽以外の部分でもまたすごく注目されて、ファンになっている10代、20代も多いようです。ただもう二度と見られない、だからこそ見たいですよね」(山本さん)
3位から上には“伝説のバンド”が
3位はBOOWYで、31票を獲得。
「布袋寅泰のギターをバックに歌う氷室京介の歌声をまた聴きたい」(愛知県・男性・60歳)
「小学生のころ、音楽に興味を持ち始めたときに知ったバンド。当時すでに解散していたので、ライブを生で見てみたい」(岡山県・男性・44歳)
と、男性の熱い声が目立つ。BOOWYは'80年代バンドブームの立役者、と山本さん。
「それまではニューミュージックが主流だったがBOOWYが出てビートという言葉が流行った。横に身体を揺らして盛り上がっていたライブ音楽から、縦にヘッドバンギングする、いわゆるエイトビートのタテのりへと日本の音楽文化を変えた。その後の日本のバンドのスタイルを大きく変えた、エポックメイキングなバンドでした」
アルバム『BEAT EMOTION』『PSYCHOPATH』がミリオンセラーに。当時、日本中のティーンがこぞってコピー演奏に励んだものだった。
「でもみんな、まねできなかった。自分たちがカバーするといかに難しいかがわかる。特にベースの松井常松さんとドラムスの高橋まことさんは、もう神様レベルの演奏。一人ひとりがすごいメンツで、これが全員同じバンドだったなんて考えられない。
今の若者は、リアルタイムで聴きたかったと言う。一世を風靡したロックバンドが世代を超えて高い支持をされているのはレア」(山本さん)
2位は37票が集まったチェッカーズ。
「当時中学生でクラスに数人フミヤの髪形をしてる子がいて、男子も女子もみんなが好きなグループでした。仲間割れで再結成は無理だと思うのですが復活してほしい」(大阪府・女性・54歳)
「解散することになってから好きになったので、ライブで生のステージを見たい」(石川県・男性・47歳)
と、男女問わず支持を集めた。セカンドシングル『涙のリクエスト』でブレイク。日本中がチェッカーズに沸いた。
「アイドル的要素があって、社会現象になりました。デビュー初期のビートルズみたいな現象だった。前髪の中心を伸ばして垂らすチェッカーズカットが日本中で流行りましたよね。男性も女性もみんな彼らのことが好きで、アンチがいなかった。これはバンドとしては非常に珍しい」(山本さん)
アイドルバンドとして数々のヒットを放ち、『ザ・ベストテン』(TBS系)の常連に。当初はいわゆる売れ線を行くも、本人たちの意向とは違っていたようだ。
「もともと彼らは地元でドゥーワップや'50~'60年代のロックンロールなど古いアメリカ音楽を好んで取り入れていたバンド。後期は彼らの志向が出てきて、音楽ファンにも注目されるようになりました。中でも解散の年に出した『Blue Moon Stone』は今でも人気で、若い世代でも好きな曲として挙げられている。
ブラックミュージックが根っこにある人たちは音楽性がしっかりしている。一過性の人気でなく長く残りますよね」(山本さん)
1位は人気絶頂で解散したあのバンド
そして58票を獲得しての1位はオフコース。
「中学生のころオフコースのカセットテープを何度も聴いて、小田和正さんの美しい声や、大人の歌詞に心が震えました」(大阪府・女性・55歳)
「短大時代に友人とよく聴いていて、コンサートチケットも取れず、フィルムコンサートで終わってしまったという悔しい気持ちがある」(神奈川県・女性・62歳)
「学生時代に車のカーステレオで聴いていた、デートの思い出の曲。メンバー全員が元気なうちに……。切なる思いです」(東京都・男性・65歳)
と、その人気はダントツ。
「小田さんは繊細な詞やメロディー、ボーカルで泣かせるタイプ。曲を聴いていた一人ひとりの中に思い出がいっぱい詰まっている。
対して鈴木康博さんはポジティブな歌詞とポップな曲が得意で、2人の個性にメリハリがあるから、余計にお互いが引き立つのが魅力。それもオフコースが支持されている理由ですね」(山本さん)
『さよなら』でブレイクし、『言葉にできない』『Yes-No』とヒットを飛ばすも、人気絶頂の'89年に解散。一般紙のトップニュースに取り上げられた。
「オフコースは今でいう聖地巡礼の火つけ役。横浜の港の見える丘公園だとか、歌の中に出てくる場所を巡って、あ、ここがそうなんだと浸る。情景が浮かぶメロディーとボーカルが、ほかのバンドにない魅力」(山本さん)
この先、彼らの再結成は叶うのか─。あなたの青春時代を彩った思い出のバンドは、何位に入っていましたか?
'80年代「復活してほしいバンド」ベスト10
1位 オフコース 58票
2位 チェッカーズ 37票
3位 BOOWY 31票
4位 RCサクセション 24票
5位 レベッカ 19票
6位 XJAPAN 17票
7位 PRINCESS PRINCESS 15票
8位 ユニコーン 14票
8位 JUDY AND MARY 14票
10位 THE BLUE HEARTS 9票
取材・文/小野寺悦子
