「愛子さま、ようこそ!!」
JR福島駅には、天皇、皇后両陛下と愛子さまをひと目見ようと多くの人が詰めかけた。
「4月6日から2日間、ご一家は東日本大震災の被災地である福島県を訪問されました。奉迎の列は駅前だけでなく、大通りまで途切れることなく続いていました」(皇室担当記者)
愛子さま訪問は生きる糧、“希望の灯”そのもの
2時間近く待ったという60代の女性は、今回の訪問に万感の思いを語った。
「福島は苦しい時期を過ごしてきたので、愛子さまが実際に足を運んでくださったことはこの上ない喜びです。生きる糧になりますし、まさに“希望の灯”そのものですね」
ご一家の訪問に対して目に涙を浮かべる人の姿も。
「来てくださって感謝の気持ちでいっぱいです。孫は愛子さまと同世代ですが、新しい時代が到来したことを改めて実感しました」(70代女性)
東日本大震災の被災地を訪れるのは、愛子さまにとって初めてのこと。ご同行は、両陛下の強いご意向で実現したという。
昨年の冬、陛下が周囲にご自身の防災対策について語られた一幕があった。
「陛下は自室の家具をつっぱり棒で固定されていることや、防災袋の中身を雅子さま、愛子さまと相談されていると明かされました。その徹底した備えには驚かされましたが、ご自身の身の安全のみならず、“自分の身に何か起きたら、被災地へのお見舞いがかなわなくなる”という、強い覚悟がにじんでいたのです」(宮内庁関係者)
「福島の歴史を学ぶことができました」と愛子さま
しかし、3月後半に訪問予定だった岩手県と宮城県は、両陛下の体調不良で延期に。
「責任感の強い両陛下ですから、訪問が延期になったことは、ご本人がいちばん残念に思われているはず。それだけに、今回の福島県訪問には、より一層強い思いを抱かれていたのではないでしょうか」(前出・皇室担当記者)
近現代の皇室制度に詳しい、静岡福祉大学の小田部雄次名誉教授は、皇室の被災地訪問の意義を次のように解説する。
「困難を抱えている人々に寄り添い、励まし、そしてその状況を広く国民に周知するという意味があります。被災地への訪問が皇族の重要な公務として位置づけられることは非常に意義深く、今後もより重視すべき公務の一つといえるでしょう」
初日に訪れたのは「原子力災害伝承館」。双葉町はかつて全域が福島第一原発事故により、避難指示区域に指定されていた。案内を務めた館長の高村昇さんは、ご一家との会話をこう回想する。
「除染した土の再生利用や最終処分について非常に深い興味を示されました。愛子さまからは『最終処分まではどのように運ぶのですか』『持っていった先ではどう管理するのですか』といった質問をいただきました」
伝承館では両陛下と共に献花を行った愛子さま。
「陛下が愛子さまを伴われた背景には、震災から15年が経過して、改めて東日本大震災や原発事故の記憶を継承する大切さを、肌で感じてほしいという願いがあったのかもしれません。愛子さまは終始真剣に耳を傾けられ、最後に『今日は福島のこれまでの歴史を、学ぶことができました』とおっしゃってくださいました」(高村館長)
2日目には大熊町を訪問。同町に移住し、大規模キウイ農園を運営する「株式会社ReFruits」の原口拓也さんは、懇談をこう振り返る。
「避難先で栽培されているキウイの美味しさに感銘を受けた話をさせていただきました。今年、ようやくキウイが収穫できるとお伝えしたところ、雅子さまと愛子さまは『楽しみにしております』と笑顔を浮かべてくださいました」
同じく、大熊町で懇談した「株式会社いんふぉ.」の野口美佐子さんは、震災後も、地元の情報誌を発行し続け、地域の絆をつなぎとめてきた。
「愛子さまからは『町に戻られていかがですか』とお気遣いいただきました。最近は朝にキジが鳴くので、その声で目を覚まします、とお答えしたところ、優しくうなずいておられました」(野口さん)
現地の人の声をもっと聞きたいという意欲が
一方で、愛子さまの慈愛に満ちたまなざしと振る舞いに心を打たれたという。
「次の懇談者のほうに移動する途中、愛子さまがふとこちらを向き、真っすぐに目を見て一礼してくださったのです。もっとお話を……と思ってくださったように感じました」
前出の高村館長も同様の印象を抱いていた。
「愛子さまから“もっとお話を聞きたい”という熱意が伝わってきましたね。予定にはなかったのですが、若い語り部のスタッフを、少しでも興味を持っていただけたらと思い、急きょ紹介させていただきました。すると、愛子さまは、同世代による伝承活動に強い関心をお持ちだったようで、積極的に言葉を交わされていました」
現地を訪問した前出の記者も、その積極的で“異例な振る舞い”に驚きを隠さない。
「訪問全体を通して、“現地の人の声をもっと聞きたい”という強い意欲を感じました。懇談は1人約5分という限られた時間。終了の合図があっても、愛子さま自ら話題を振られ、対話が弾む場面も多く見受けられました」
小田部名誉教授は、「戦後の皇室は、多くの国民と触れ合い、声を聞こうとする傾向が強い」としたうえで、こう分析する。
「中でも、天皇ご一家はそのお気持ちが強く、なるべく多くの国民の声を聞こうとされています。とりわけ愛子さまは、幼少期から他者への思いやりの念が強く、それが福島訪問でも自然に表れたのでしょう。日程上、時間の制約は避けられませんが、愛子さまの真摯な姿勢を鑑みれば、今後は公務の形式も柔軟に変化していくかもしれません」
被災地に寄り添う精神は、両陛下から愛子さまへと確実に受け継がれていく。
「被災地の現場を訪れ、復興に励む人々と懇談し、生の声を聞く。その声を多くの国民に伝える役目を果たされることは、今後の若い皇族のあり方や、公務の意味について大きな影響を及ぼしていくはずです」(小田部名誉教授)
愛子さまの深い慈しみの心があふれ出す訪問となった。
小田部雄次 静岡福祉大学名誉教授。日本近現代皇室史を専門とし、『皇室と学問 昭和天皇の粘菌学から秋篠宮の鳥学まで』など著書多数
