ドラマ化もされた『積木くずし』

 昭和の芸能スキャンダルについて、当時の報道などを検証しながら、改めてひもといていく連載。第2回は1982年、俳優の穂積隆信が綴った、非行に走る愛娘との闘争記『積木くずし』。ドラマ化や映画化で社会現象を巻き起こし、「家族再生」の美談として語られた舞台裏で実際の家族の歯車は確実に狂い始めていた。莫大な印税と引き換えに、彼らが失ったものとは―。

ドラマの第4回放送は37.2%を記録

 1980年代は、タレント本の最盛期だった。

 総発行部数2500万部超、世界各国で翻訳版が刊行され、映画化、ドラマ化を経て今も売れ続けている『窓ぎわのトットちゃん』(黒柳徹子/1981年)を筆頭に、自らの出自と、7年半の芸能生活を赤裸々に回想した『蒼い時』(山口百恵/1980年)、組織における身の処し方を指南し、200万部のベストセラーとなった『気くばりのすすめ』(鈴木健二/1982年)、球界の美談珍談にフォーカスして100万部超え、アニメ映画にもなった『プロ野球を10倍楽しく見る方法』(江本孟紀/1982年)などなど、枚挙にいとまがない。出る本がいずれもベストセラーとなった。

 そんな折、ある一人の俳優が家庭内における自身の体験談をまとめて、大手出版社に売り込みをかけた。しかし、黒柳徹子や鈴木健二のように著名ではなかったため、まったく相手にされなかった。

 仕方なく彼は、桐原書店という教科書や参考書を専門とする学術系の版元に持ち込み、どうにか書籍化にこぎつけた。 1982年9月のことである。

 すると、予想外のことが起きた。発売直後から注文が殺到し、桐原書店の電話がパンク。即重版をかけるも追いつかず、結果300万部超のミリオンセラーとなった。『積木くずし~親と子の二百日戦争~』。著者は穂積隆信である。

 気になる内容は、家出、登校拒否、無断外泊、シンナーといった非行に走るようになった中学生の娘・由香里に手を焼いた穂積夫妻が、警視庁少年第一課少年相談室の竹江孝なる人物を訪ねるところから始まる。その際、竹江は夫妻に次の3か条を言い渡す。

1・子どもと話し合いをしてはいけない。
2・子どもに交換条件を出してはいけない。
3・子どもが門限を破ったら、絶対に鍵を開けてはいけない。

 ここから壮絶な“親子戦争”が繰り広げられ、娘は次第に心を開き、更生のきざしを見せるようになる。─そんな衝撃と感動の実話が、日本中で大反響を呼んだのだ。

 刊行から5か月後の1983年2月15日、TBSで同名のテレビドラマがスタートする。穂積夫妻役は前田吟と小川真由美、主人公の由香里役を『欽ちゃんのどこまでやるの!』(テレビ朝日系)で当時、大人気だったユニット「わらべ」の高部知子が演じる話題性も相まって、初回視聴率は24.6%を記録

 門限を破った娘を自宅から閉め出すシーンが話題を集めた第4回放送で37.2%を叩き出し『積木くずし』は社会現象となった。

 当時、小学5年生だった筆者は、ドラマ版の全7回をすべて視聴した。いや、クラスメイトの大半や教師すら視聴していたと思う。

 前述の自宅から閉め出された由香里役の高部が「開けろよ、寒いんだよ、くそババア!」と玄関先で怒鳴るシーンは、翌朝、教室の扉を使って再現された。日本全国の学校で似たような現象が生じたかもしれない。

穂積夫妻は約3億円の印税収入を得るも……

 ミリオンセラーとドラマの大ヒットで、穂積は端役中心の中堅俳優から一躍、時の人となった。続編や関連本まで売れまくり、非行問題の教育評論家として日本中から講演依頼が殺到。

1982年に刊行された『積木くずし』は合計で300万部超を発行

 無料相談所まで開設し、欧州各国の非行事情を視察したかと思えば、自民党が参院選の目玉候補として担ぎ出すプランもあったらしい。その間も本は売れ続け、映画化も決定。穂積夫妻は約3億円の印税収入を得るに至ったのである。

 しかし、本当の悲劇はここからだった。高収入を得た翌年、高額な税金と国民健康保険料に悩まされるのは世の常であるが、社会現象にもなるミリオンセラーを打ち立てた穂積家も例に漏れず、莫大な税金が重くのしかかった。

 当時の状況について、穂積の妻で由香里の母・穂積美千子は後年、次のように述懐する。

《持ちなれない大金に気をよくして使いたいだけ使った挙げ句、気がついた時には一億七千万円という税金が残されたのです。(中略)外見は派手に見えても、家の中は火の車というのが実情でした》(『婦人倶楽部』1987年6月号)

 ここから、穂積家には不幸が続くようになる。まず「更生した」と日本中が涙した娘の由香里だが、ドラマ終了から半年後、トルエンの違法所持が発覚。

 1985年には覚せい剤取締法違反(当時)で逮捕されてしまう。非行どころか犯罪に走ることで、浮かれきっていた両親に冷や水をぶっかけたのだ。

 娘が逮捕された余波を受けて、穂積への講演オファーはいっさいなくなってしまう。当然だろう。「更生していない」となれば話を聞く必然性が消失するのは道理だからだ。

 無収入となった穂積家だがそれでも国税の督促はやまず、妻の美千子は夫の名義となっていた静岡・三島の土地を売却。造成費を差し引いて得た7000万円を、残りの税金と未払い分の返済に充て、どうにか窮地を脱したかに見えた。

 すると、穂積本人が妻を私文書偽造で告訴する事態が起きる。無断で土地を売り払ったのが納得いかなかったらしい。ほどなく夫婦は離婚。

 美千子は「積木の家」なるクラブを赤坂にオープンするも、繁盛するはずもなく1年半で店を畳んでいる。非行に走ったのは両親のほうだったのだ。

《『積木くずし』という本が出てからというもの、うちはお祭りの連続だったんです。それで、お祭りが終わってみたら、残っているのはうず高いゴミの山ばかり。風が吹いてそれがバラバラと散って、空しいあの光景と同じです》(穂積美千子のコメント/同)

娘の由香里は35歳の若さで他界

 その後のてん末はさらに痛々しい。都内のアパートでひっそりと暮らしていた美千子は、2001年、62歳で自ら命を絶っている

晩年の穂積隆信

 東村山市でスナックを経営するなど、自活していたかに見えた娘の由香里も、2000年に腎不全で入院。母の後を追うように2003年に多臓器不全で他界している35歳の若さだった。

 対照的に、著者である穂積は中堅俳優に戻り、長い余生を生きた。別の女性と再婚し、何事もなかったかのように舞台やドラマに出演、声優としてのキャリアも侮れない。

 2018年に87歳で鬼籍に入るまで、波乱に満ちた役者人生を全うしている。これだけたくましいのだから、娘の非行なんかどうとでもなったに違いない。

 そして何より『積木くずし』の一件から教えられることは、人生とは途中で何が起きようと「最終的には、落ち着くべきところにしか落ち着かない」という自然の摂理である。

取材・文/細田昌志