「もう一度人生をやり直せるとしても、陽月を産みたい。同じものを食べて、同じように過ごして、同じ妊娠をして」
と、語る勝野雅奈恵さん。
幼稚園入園をきっかけに、次男の自閉症と向き合う
俳優・勝野洋さんと、タレントでありハワイアンキルト作家のキャシー中島さんの次女として生まれ、自身も俳優として活動するほか、舞台の脚本やフラ&タヒチアンダンススクールの主宰など幅広く活躍している。プライベートでは、夫とともに3人の子どもを育てる母でもある。
そして、6歳の次男・陽月くんは、知的障害を伴う自閉症と診断されている。診断を受けたのは3歳のとき。幼稚園の入園にあたり、園長から「一度、専門家に見せたほうがいいと思います」と指摘されたことがきっかけだった。
「本当に驚きました。言葉が遅いとは感じていましたが、上の子もゆっくりだったので、あまり気にしていなかったんです。運動能力が高く、走ったり高いところに上るのも得意で、定期健診でも引っかかったことはありませんでした」(雅奈恵さん、以下同)
当時はショックのあまり泣き崩れてしまったという。しかしすぐに、「陽月を愛していることに変わりはない」という自分の気持ちに気づき、涙はすっと引いた。
それでも、「何がいけなかったのか」と自分を責めてしまうこともあった。
「妊娠中に食べたものがいけなかった? それともストレスが原因?と当時は思い詰めてしまって。どんなに調べても医学的に原因は特定されていないんです。
そして、次第に私自身を否定することは陽月本人を否定することになる、原因を追究することに必死になること自体が間違っていると気づき、目の前にいる息子を見つめ、何度生まれ変わっても、私はこの子に出会いたいと思えたのです」
診断を受けた陽月くんは療育(発達支援)に通うことになった。そして、無理だろうと諦めていた幼稚園の入園がかなう。
「園長先生から電話をいただき、“陽月くんはうちの園の子です”と言ってくださったんです。そのときはキッチンで泣きました。泣きすぎですよね(笑)」
そして雅奈恵さんは、陽月くんを通して、優しく温かな世界があることを知る。
「幼稚園の先生がとても親身に関わってくださって、運動会やおゆうぎ会などの園行事も、親として参加を諦めてしまうような場面も、陽月が安心して参加できるよう工夫してくださりました。お友達のなかには、陽月のお世話をすることを楽しみに幼稚園に通っている子も。
その子のお母さんから『小学校に上がったら陽月くんと会えなくて、うちの子が心配』と言われたこともありました。彼の存在が、守られるだけではなく、誰かの日常の励みになっていることは、とても誇らしくうれしかったです」
悲しみよりも、大きな愛をもらう日々
陽月くんは4月から支援学校の小学生になった。入学前の体験会でも、雅奈恵さんは
心を動かされたそう。
「小学校から中学校まである学校で、音楽の時間を見学したんですが、さまざまな年齢の子どもたちが思い思いに過ごしていて、とても輝いて見えました。指揮者が5人もいて、なんて自由でいい空間なんだろうって。
息子を迎えに行くと、先生にぴたりと寄り添っていて、とても充実した表情をしていました。遠くに感じていた息子の自立が少しだけ近くに感じられたのです。息子にとってとても良い学校と出会えたと思いました」
勝野ファミリーは、家族の絆の強さで知られる。雅奈恵さんの子育てにおいても、その存在は大きな支えとなっている。
「夫はスイス出身です。結婚が決まった時、私が姉を亡くした直後だったので、夫は私の両親との同居を選んでくれました。自宅は2世帯。上の階に住む両親には日々、いろいろと助けてもらっています。
父は、私たちの子育てには忙しくて参加できなかったからと、積極的に子どもたちのお世話をしてくれます。長女・八瑠子の学校の送り迎えは、心配だからと、毎日“ヒロシ”が担ってくれています。おじいちゃんと呼ばれることが嫌いで、子どもたちにはヒロシと呼ばせています(笑)」
また、夫のリカルドさんも積極的に子育てに関わる。
「陽月は体格がよく、6歳ですが体重も30kgほどあるんです。昨年、道路で動かなくなってしまったことがあって……。荷物を持ちながらなんとか抱きかかえようとしてもびくともせず、クラクションを鳴らす車に謝りながら、本当に大変でした。そのころ、忙しかったのもあると思うのですが、気持ちが折れてしまい涙があふれ、ぼろぼろになってしまいました。
そんな様子で帰宅する私を見て、夫が『僕が主夫になります』と宣言したのです。その後、在宅で夜に仕事をするように切り替え、日中は子育てにしっかり関わってくれるように。幼稚園の保護者会に出席してくれたり、お弁当を作ってくれたりと、支えてくれています」
そんな夫婦の共通の思いは“子どもたちが笑顔で生きてくれていればいい”と、とてもシンプルなものだ。
「陽月に関しても、まだ言葉が出ていなかったり、できないこともいろいろありますが、とにかく毎日、笑顔であればいいと思っています」
つながり広がる、新たな活動と場づくり
音に敏感で人混みが苦手な陽月くん。変化を感じとり、パニックになってしまい、雅奈恵さんや幼稚園の先生にかみついてしまうこともあった。
「言葉でうまく伝えられない分、手が出てしまうんですよね。でも、子どもには絶対に手を出すことはありません。私だったり、先生だったり、その場のリーダー的な存在の人に自分の気持ちを伝えたくて主張した結果、かみつきになってしまったのだと思います。
私たちは大きくリアクションせずに、落ち着いて優しく痛かったよと伝え、諭します。陽月がそのことで、自分を責めて、自分を叩いたり自傷してしまうことがないように……」
陽月くんをきっかけに、陽月くんのような特性を持つお子さんがいるご家族との交流も生まれている。
「療育で知り合ったお母さんたちは、同じような悩みを相談したり、気持ちを吐き出したりできる相手です。ウンチを部屋につけてしまう子を追いかけながら、お湯と漂白剤で掃除したり……なんて話は、やはり体験している人でないと、なかなかできないですから。子育てが一段落したら『みんなで飲みに行きたいね』なんて話しています」
主宰するフラとタヒチアンダンスの教室では、陽月くんのような子どもを対象にしたクラスもスタートさせた。
「療育で知り合ったお友達が、通ってくれることもあります。陽月もハワイの音楽が好きなんですよ」
雅奈恵さんや、特性のある子どもたちを育てる母親たちにとっては、子どもたちは皆「私たちの子」という感覚なのだという。
「みんな、かけがえのない存在。穏やかで優しい、平和的な存在であることを伝えていきたいですし、彼らを守りたいという思いが、私のさまざまな活動のモチベーションにもなっています」
また、雅奈恵さんが手作りのお菓子でもてなすカフェにも、障害のある子どもたちと、その家族が訪れることがあるという。
「普段は子連れでカフェに行くのが難しいという方が訪れてくださって。微力ではありますが、そうした場をつくれることがうれしいですね。こうしたコミュニティーの輪が広がっていけばいいなと思っています。
陽月からは、毎日たくさんの幸せをもらっています。日々の出来事や、そこで感じる感覚、人との出会いもすべて、陽月がいたからこそのギフトだと思っています」
取材・文/小林賢恵
