燃え殻さん 撮影/矢島泰輔

2024年から2025年にかけて本誌で連載されたエッセイ「シーフードドリアを食べ終わるころには」。昨年、タイトルを『この味もまたいつか恋しくなる』に改めて単行本化し、このたび、TVドラマ化が決定した。原作者の燃え殻さんに、映像作品として生まれ変わる心境を語ってもらった。

映像化にアレルギーがまったくない

─『週刊女性』連載を経て昨年4月に出版されたエッセイ『この味もまたいつか恋しくなる』がドラマ化されるそうですね。

「エッセイの映像化ってなかなか難しいと思うんですけど。映像化につながったらいいな……みたいな話は、連載中から担当編集者とよくしていたんです。原稿を書きながら、この人はこんな顔してるな、この部屋はこんな部屋だ、じゃあどんな描写があれば伝わるかなって自分の中でいつもイメージしていました。

 実際にドラマ化が決まると、ドラマの制作スタッフの方たちが話を読み込んだ上で『絵が見えるようなエッセイ』だと言って、作品を好きでいてくれていることがわかったんです。だとしたら、その人たちの手で映像化されたときに、自分の中のイメージとどう変わるのかを僕は楽しめるなと思ったんです

─燃え殻さんの作品は、これまで3作映像化されていますが、映画やドラマになることをどう捉えていますか?    

「映像制作の人たちがどんなふうに料理してくれるのかな、というのが楽しみなんです。いろんな原作者がいると思うんですけど、僕自身はもともと、テレビの美術制作という裏方の仕事を長くやっていたっていう物書きの中でも変わった経歴がある。

 だから、映像化にアレルギーがまったくなくて、映像制作の人たちと一緒に仕事ができることがうれしいんです。もし僕がシリアスなものを書いたとして、それが映像化でコメディーになっても『これをコメディーにできる人たちがいるのか!』って思っちゃうタイプなんです

─違うものになってもうれしい、という感覚なんですね。

「そうなんですよ。これは毎回思ってるんですけど、映像制作って分担作業に近くて、僕が原作という素材を提供して、それをイタリアンにしてくれたり、中華にしてくれたりするものだと思うんです。それぞれ得意なことが違うので、それを僕は楽しんで見たい。

『どうしても中華じゃなきゃ食べられません』みたいな感覚は僕の中にはなくて、『今日はどんな料理なんだろう』っていうワクワク感があるかもしれないですね。僕が机の上で考えていたことだったりとか、昔こんなことあったなって書いたことに、多くの人が関わって、脚本家が改めて物語にしてくれて、役者さんが演じてくれて、ライトを当ててくれて……。なんて贅沢なんだって思いますね

いいかげんにしろ!」と怒られた理由

─脚本になったものを、すでに読まれたそうですね。

「僕はまだ脚本家の方にお会いしてないんですけど、『どうしてそういうふうにできたんですか?』って聞いてみたいんですよ。エッセイは週刊連載でやっていたものなんで、各話ごとに小さなエピソードがいっぱい入っているんですけど、それを本当にうまく縫って縫って縫って、ひとつの物語にしてもらっているんです。

 僕の中で『そのエピソードとそのエピソードは一緒じゃなかったな』みたいなことがひとつの物語として成立しているのを読むと、『そこがひとつにつながるのか!』と不思議なぐらいで、逆に『なるほど、そう書けばよかったのか』と思ったりもしました(笑)

燃え殻さん 撮影/矢島泰輔

─ドラマの主演は高橋一生さんです。

「あの……前にAV監督の二村ヒトシさんに『あなたは自分が主役みたいな話ばっかり書いてるから、映像化したときに森山未來とか成田凌(映画『ボクたちはみんな大人になれなかった』では森山未來、配信ドラマ『あなたに聴かせたい歌があるんだ』では成田凌がそれぞれ主役を務めた)があなたの役をやってる。いいかげんにしろ!』とトークイベントで怒られたことがあって。

 それで僕もお客さんの前で『もう二度とこういうことはしません』って言ったんですが……自分としても“舌の根も乾かぬうちに”とはこのことだなと思いながらも……本当に光栄なんですけど(笑)。

 だから今回、高橋一生さんにどう演じていただけるのか、とっても楽しみです。自分の小さいころだったり、大人になってからの地味な話もエッセイにはいっぱい出てきて、そのどれもが一生さんが演じられていた『岸辺露伴は動かない』みたいな華やかな役とは違うんですけど、普通の方を演じるのもとってもうまい俳優さんだと思うんです。

 僕のような普通に生きてきて、なんかいろんなことがあって、たまたま書いちゃった……みたいな人間を演じていただくには、もうベストな方だと思います」

─エッセイは「食」が大きなテーマですが、燃え殻さんは「自分はグルメではないから」と当初、連載を断ろうと思っていたそうですね。

編集者からの依頼のメールを半年くらい置いてました。『ちょっと考えさせてください』って(笑)。でも、『これまで書かれてきたエッセイの中にも、食のアイテムが出てきてますよ』『同じ料理でも、誰と一緒に食べたかで、記憶の残り方は変わりますよね』『チョコレートとか、サッポロ一番でもいいんです』と説得されて、書くことになって。

『食は切り口でよくて、人との思い出を真ん中に』と言われたとき、確かに、自分では忘れていたことでも、同じものを食べたときにパッと思い出すみたいなことってあるよな、と」

いろんな味の記憶を思い出してくれるようなものになれば

─料理や味の記憶って、思い出と強く結びついているものですよね。

「よく、“母の味は?”って聞かれるんですけど、真っ先に思い浮かぶのは、マ・マーのミートソース。こないだ久々に食ったらうまくて。おふくろの味、コンビニで買えるなって。子ども時代に毎晩、妹と2人で食べてたんですよ。母親が、僕の家庭教師代を稼ぐために夜までスーパーのパートをしてたから。久しぶりに食べておいしかったのは、そんな思い出ごと味わえたからかもしれない。

 ある食べ物に関して、僕にはこういう思い出があったけど、人によっていろいろなことが呼び起こされるんじゃないのかなって思うんですよ。僕がひとつの素材として書いて提供して、読んだ人たちが『私はこうだった』とか『それ嫌いなんだよね』『その嫌いなものを好きだって言ってた男と付き合ったことある』みたいな。読者がいろんな味の記憶を思い出してくれるようなものになればいいなって。

 ドラマも同じようにみんなでワイワイガヤガヤ話してもらえたらいいなと思います。

 実は僕の母が今年の1月に亡くなったんですけど、母とまた一緒に食べることとか、『じゃあまた作ってよ』なんて言ってた料理って、手作りのものとなると、もう二度と口にできないんですよね。

 それが普通のものだったとしても……というか普通のものだからこそ、とってもかけがえがなくて、もうそれが食べられないのかと思うんじゃないのかなって」

─いま、また食べたいと思い出す料理はありますか?

「そう、最近思い出したことがあって。美術制作の仕事をやっていたころ、『もう嫌だ。仕事行きたくない、どっか行こう!』と思って昼過ぎに家を出て電車に乗って、それで目についたのが秋田の田沢湖駅で。

 何にも決めてなくて、どこ行っていいかわからないから、駅を出たところに昔からやってるような町中華っぽい、おばあさんとおじいさんがやってる店に入って、『何にも決まってないんです』って言ったら、おばあさんがホテルを予約してくれて。

 心配されたんでしょうね(笑)。そこで食べたラーメン、おいしかったなぁ。その日はとっても寒くて、もう夕方で、死ぬかもしれないと思って食べたんですよ。暖を取るように食べたラーメンでした。あれ、また食べたいなぁ

─ドラマの放送はまだちょっと先のようなので、それまでに燃え殻さんのエッセイをぜひご一読いただきたいですね。

そうですね。原作を読んでいただいて、それがどうやってドラマになるかを見ていただけると、きっと楽しいんじゃないかなって。僕自身もそうやって楽しもうと思っています

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ドラマ『この味もまたいつか恋しくなる』主演 高橋一生 NHK 2026年秋以降放送予定 NHK〈BS〉〈BSP4K〉60分×2話

取材・文/成田全

『週刊女性』に連載された「シーフードドリアを食べ終わるころには」に加筆修正と書き下ろしを加えて書籍化。浅煎りコーヒー、生姜焼き定食、おにぎりと味噌汁、ミートソースパスタ、餃子と高級鮨、卵かけご飯、金目鯛の煮付けなど、とあるメニューを口にすると思い出してしまう、ちょっぴり切ないあの日、あの人との物語を展開するエッセイ集。