前連載を単行本化した『この味もまたいつか恋しくなる』のドラマ化が決まり、活躍が目覚ましい作家・燃え殻さんが、週刊女性にまた帰ってくる。次号からのスタートを記念して、新連載のテーマについて語ってもらった。
タイトルは「どんな人生にも名ゼリフはある」
家族や友人、仕事相手の何げないひと言、あるいは、喫茶店で隣の席から聞こえてきた他人の会話。
日常の中で、ふと耳にした誰かの言葉がまっすぐ心に刺さった経験はないだろうか─そんな、僕にとって「名ゼリフ」として心に刻まれた悲喜こもごもの言葉を主役にした連載エッセイ。タイトルは「どんな人生にも名ゼリフはある」。
次号から、いよいよ始まる、新連載のテーマについて、作家・燃え殻さんに語ってもらった。
「自分は今、何だったら書けるのか……ということを編集者と考えるなかで、提案されてたどり着いたテーマです。前回の連載は、料理をきっかけに思い出す人や物語がテーマでした。それと同じで、“人の言葉(名ゼリフ)”をきっかけに、思い出す情景や感情の揺らぎなら、書けそうだな、と思いました。
例えば、誰かと一緒に映画を見に行って、鑑賞後に相手がどんな感想を口にするか、すごく怖いじゃないですか。昔、新宿テアトルに『東京日和』を一緒に見に行った女の子が、何と言ったか……。“名ゼリフ”ってキーワードのもとに、かつての誰かに言われた言葉を探しにいって、それを主役にものを書くっていうのは、ありだなと」(燃え殻さん、以下同)
タイトルのキーワードとして、当初は「名言」が候補に挙がったが、仰々しい印象を避けるため、「名ゼリフ」に改めたという。
「Xとかでも、人生の教訓とか、『名言bot』みたいなアカウントってあるじゃないですか。僕もかつて、Xでその類いの言葉をつぶやいて、バズってた時期があるんですけど、今は雑誌の連載などで書く文章には“名言”を入れたくないと思っています。
エッセイで、それを書いてしまうと、SNSでバズる文章との差がなくなっちゃう。名言じゃなくて、“名ゼリフ”なら、その領域から逃げられるんじゃないかと」
「名ゼリフ」なら、「名言」と違って、いつどこで誰が言ったかによって、言葉の意味合いも、強度も変わる。そこに魅力を見いだしているようだ。
例えば、どんな名ゼリフが、燃え殻さんの心を揺さぶってきたのか。真っ先に挙げたのは、人生初のデートで好きな女の子を連れていったプロレスのデスマッチ大会でのワンシーン。
「小田原まで、釘板デスマッチを見に行きました(笑)。リング上に、釘を打ちつけた板(釘板)を設置して、選手が叩きつけられて流血を伴ったりするんですけど。
小田原城の駐車場が会場で、丘の上からリングの設営風景をずっと見てたんです。僕は、もうワクワクしてるんですよ! 『釘板がどんどん設置されていくね♪』って。そのとき、彼女は『あそこに花が咲いてるね』って言ったんです。たぶん、『おまえ、釘板見すぎ』って意味の返しだった。
それって、名言ではないけど、名ゼリフではあるじゃないですか。『あそこに花が咲いてるね』(=釘板見すぎ)は、僕の人生に爪痕を残す言葉だった。『恋愛とは××である』みたいな、どんな名言よりも、恋愛の教訓として残った。人生において、そういう名ゼリフにみんな助けてもらってるんじゃないかな、と」
Xでバズりたいと思わなくなった
すでに書き始めているという原稿の中に、認知症の祖父に言われた「あなた、友達を大切にしなさいよ」というセリフを扱った回がある。
「このひと言だけ聞くと、名言でもなんでもないと思うんです。でも、エッセイ全体を読めば、なんでこの言葉が僕にとって“名ゼリフ”だったのか、がわかる。それは、エッセイという、ある程度の長さの文章表現だからこそできることで、Xのポストではできないことなんですよ」
燃え殻さんは、もともと会社員として始めた旧ツイッターで、日々のやるせないことを140文字以内の言葉でつぶやき、多くの投稿がバズったことで注目を集め、作家活動につながった経歴を持つ。
「今、Xでバズりたいと思わなくなったんです。いろんな人がバズる言葉を狙って投稿を始めるなかで、自分はそうじゃないことをしよう、その先にもっと面白い表現があるんじゃないか、と。
もう少し複雑な回路のものを書きたくなったんだと思います。一文を抜き出せないけど、全体を読むと面白いものを、この新連載でも書いていきたいと思っています」
新連載では、親交のある著名人の名ゼリフも扱っていくという。
「前に、エッセイで竹中直人さんに会った夜のことを書いたことがあるんです。学生のころからずっと憧れてた人。その夜は、雨が降っていて、竹中さんが窓の外を走る車を見ながら、『ヌードの夜みたい』(竹中直人主演の映画。監督:石井隆/1993年公開)って言ったんです」
竹中直人のこの言葉そのものが、名ゼリフであるが、その出来事を綴ったエッセイを読んだ、歌人・俵万智さんに言われた感想もまた“名ゼリフ”として、燃え殻さんの心に刺さった。
「先日、僕がやってるラジオ番組のゲストとして、俵万智さんが来てくれて。俵さんも、『ヌードの夜』が大好きで、出ている俳優さんと一度飲みに行ったこともあるそうで。自分の人生でも大事件だったけど、だからこそ、そのことを短歌にもエッセイにも書けなかった。
書いても自慢にしかならないだろうし、感情をコントロールして書ける自信もない、と。でも、『燃え殻さんは、親の話や友達の話を書くみたいに、有名な人も無名な人も、自分が好きな人も嫌いな人も、“全部同じ温度で書かれているのがいいわね”』って言ってくれたんです。“あなたプロね”って認めてもらえた気がして、その言葉がうれしかった」
文章を書くときの、自分のスタイルを俵さんに言語化してもらった気がしたという。
「言われるまで、気がついてなかったんですけど。昔から大好きな竹中さんにお会いしたことを特別なこととして書くのが嫌で、ただ、日記みたいに書きたかった。『竹中さんに会えた、すごい日だった!』って書いて、次の日が普通だと、テンションがガタガタになるじゃないですか。
常に同じテンションでいきたいんですよ。いい日も、悪い日も一緒。浮かれもしないし、バッドにもなりすぎない、みたいにやっていかないと、特に週刊連載みたいなものは、続かないと思うから」
今の年齢の自分が本当に書き残したいものと向き合いたい
ひょんなことから作家になって10年がたち、書きたいことが変わってきたと話す。
「年齢が53歳になったのもあるんですけど、かつて書いてきた“修学旅行の前夜”みたいな、恋愛話とか、学生時代の青春話とかを書きたい気持ちがどんどん減っていて。
今の年齢の自分が本当に書き残したいものと向き合いたいな、と。10年後には絶対書いてないだろうな……ってことが、今、自分の中にたくさんある気がしているので」
人生の節目で、どんな名ゼリフに出会ってきたか、どんな名ゼリフに笑わされたか、はたまた、救われたか─
“事実は小説より奇なり”ということわざが示すとおり、案外、名作の演劇や映画、小説の世界より、なんてことない日常にこそ、とっておきの“名ゼリフ”が転がっているのかもしれない。
その面白さに着目した新連載「どんな人生にも名ゼリフはある。」にご期待ください。
取材・文/兵庫慎司
もえがら 1973年、神奈川県生まれ。テレビ番組の小道具制作会社勤務を経て、2017年に小説家デビュー。小誌で連載し、単行本化されたエッセイ『この味もまたいつか恋しくなる』がNHKにて、主演・高橋一生でドラマ化決定。2026年秋以降放送予定
