窪美澄さん 撮影/佐藤靖彦

 直木賞受賞作『夜に星を放つ』をはじめ、孤独や悩みを抱える人々の心情を静かに鋭く描き続けている窪美澄さん。最新作『君の不在の夜を歩く』は、高校の同級生5人が30代後半で仲間の自死に直面し、人生が変貌していく様子を描いた連作集だ。

自死によって残された人々の人生が動き出す

「2022年に直木賞を受賞して以来、受賞作と同じような癒しのある物語の執筆依頼をいただくようになりました。そんな中で新潮社さんから、“何でも自由に書いてください”とお声がけをいただいたんです。

 私は『女による女のためのR-18文学賞』でデビューしたこともあり、性描写のある作品を多く書いていた時期がありました。ここ最近は性描写からだいぶ遠ざかっていましたが、今回は性描写を含めて書きたいことを書いてみようと思い、最初の一編を執筆しました

《菜乃子が死んだってよ》というメッセージから始まる第一話の『窓辺の夕餉に』は、登場人物のひとりである沙耶の視点で描かれる。

例えば、孤独死は同情される傾向がある一方で、自死は“天国に行けない”“地獄に落ちる”と、死者に鞭打つような言い方をされることがあります。私はそれがすごく嫌だったんですね。死は平等であり、死の種類によって差別があってはいけないのではと常々思っていたんです

 沙耶は一見、自立した女性に見えるが、結婚して子どもを持ちたいという夢を内に秘めている。

沙耶が抱いている夢は、私よりも下の世代にとってはかなりハードルが高くなっているように思うんです。家庭的な幸せも含め、かつてはやすやすと叶えられていたことに手が届きにくい人もいる時代だと感じています

 同級生の健太と関係を持っていた沙耶は、菜乃子の死後、健太への気持ちや態度に明らかな変化が生じていく。

今回の物語では、菜乃子が死んだあと、残された4人がどう変わっていくかを描いています。それまでの沙耶は男性に対して甘い部分がありましたが、菜乃子の死後はノーと言えるように変わっていったのだと思います

 第二話『野辺の送り』では、健太が宗教2世であることをひた隠しにし、悩み苦しんできた事情が明かされている。

今回の5つの物語を書いている中で、安倍元首相銃撃事件や、トー横キッズによる市販薬の過剰摂取の問題といったニュースが相次いで報じられていました。当時の私の心に引っかかった出来事が、物語の中に少しずつ反映されているように思います

 健太は菜乃子の夫となった仲間の達也に好意を持ち、長い間、密かに想い続けていた。

自身の経験や感覚を登場人物に投影

以前、性自認や性的指向がわかるLGBTQの自己診断チェックを使ってみたことがありまして、性的マイノリティーの可能性があるという結果が出たんです。

 私は結婚も出産も経験しているので100%異性愛者だと思っていたのですが、振り返ってみると女性が好きだった時期もあるんですよね。同じように揺らいでいる人が意外といるのかもしれない、という想いを健太に託したような感覚です

 5人の同級生の中で窪さん自身と重なる部分が多いのが、菜乃子の死後に小説家として世に出た倫子だという。第三話『空夜』では、高校時代から文章を書くのが得意だったものの、小説家という職業は遠い存在だと認識していた倫子の背景が描かれている。

このあたりの事情は、私と倫子は近いと思います。私の場合、“この先、小説家という道はないのかな”と迷いながらライターとして働いていて、40歳を過ぎて“もう書いてもいいのではないか”と小説を書き、44歳でデビューしました。デビューの時期が遅いことも倫子と重なっています

 第三話の後半には、菜乃子の死後、「小説家になりたい」と口にする倫子に対し、祖母が次のように語る場面がある。《「倫子になれないものなんかない。倫子なら何にでもなれる」》

若い方から深刻な悩みが書かれたお手紙を頂くことも多く、中には“小説家になりたい”というお手紙をくださる方もいらっしゃいます。そうした想いを抱える方たちに、『なれなかったとしても、何にでもなれるよ』と伝えたいんです。

『なりたいものになれなくても大丈夫で、その人生も全然ありなんだよ』ということを、この本の中で伝えたいと思いました

 第四話『石榴色の雪』は菜乃子と高校時代から交際していた達也の視点で、第五話『芍薬の星月夜』は死後の菜乃子の視点で物語が展開する。同級生4人のエピソードから想像する菜乃子は聡明で繊細で、生きづらさを抱えた女性だが、幽霊となった菜乃子は生前よりも活力があふれているように感じられる。

私自身、大切な人を亡くしたあとに、ふと“あの人は生きている”と思う瞬間があるんですよね。職業的に想像力が異常に膨らんでいるせいかもしれないのですが、ふいに気配を感じたりとか、原稿を書いている様子を見られているような気持ちになることがあります。だから、死者が“生き生きと死んでいる”という情景にしたかったんです

 中高年になった同級生たちの人生を菜乃子が傍観する中で、著名な小説家となった倫子が、とある悩みを持つ少女に「そこにいるだけでいい」と声をかける場面がある。

そのままでいいんですよ」

「当たり前で大事な言葉ですが、誰かに言ってもらえる機会はそうそうないですよね。これまで小説を書いてきたのに、どうしてこの言葉を書いていなかったのだろうと不思議に思いました。

 今回の小説は自死を扱っている話ではありますが、誰に対しても『そのままでいいんですよ』というメッセージを込めています。読者の方にそれを受け取ってもらえたらうれしいです

最近の窪さん

ここ2年ほど毎日、『Speak』と『Epop』という英語学習アプリを続けています。『Epop』は韓国のアプリで、韓国の高校生や大学生が多く使っているんですね。毎週日曜日にランキングが発表されるのですが、私は最高ランクまではいけるけど、まだ1位を取れていなくて……。今は1位を目標に、韓国の若者に交じって頑張っています

窪美澄著『君の不在の夜を歩く』(新潮社) 税込み1980円
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取材・文/熊谷あづさ

窪美澄(くぼ・みすみ) 1965年、東京都生まれ。2009年『ミクマリ』で女による女のためのR-18文学賞大賞を受賞。受賞作を収録した『ふがいない僕は空を見た』が本の雑誌が選ぶ2010年度第1位、2011年本屋大賞第2位に。同年、同書で山本周五郎賞を受賞。2012年、第2作『晴天の迷いクジラ』で山田風太郎賞、2019年、『トリニティ』で織田作之助賞、2022年『夜に星を放つ』で直木賞を受賞。そのほかの著作に『アニバーサリー』『よるのふくらみ』などがある。