2004年4月「JAL銀婚旅行ベストカップル2004」に選出された五十嵐淳子さんと中村雅俊

《俺の人生最大のラッキーは妻と出会ったことでした。その妻を亡くすことなど考えたことがなくて、今はその現実を受け止めることができません》

 4月28日、中村雅俊と芸能界きってのおしどり夫婦として知られていた五十嵐淳子さんが亡くなった。

「五十嵐さんは、持病や長い闘病生活を送っていたわけではなく、急な病で天国へと旅立ってしまったそうです」(テレビ局関係者)

 5月3日に自民党の小野寺五典衆院議員が、3月に五十嵐さんと中村と3人で撮った写真をSNSに公開。五十嵐さんは、変わらぬ美貌をうかがわせ、体調不良を感じさせない姿だった。

 中村と五十嵐さんの自宅近くに住む男性が語る。

「このあたりは、あまりご近所付き合いをしないんだけど、うちは昔から中村家とは付き合いがあるんです。五十嵐さんとも、亡くなる1週間ほど前に世間話をしたばかりでした。そのときだっていつもどおり元気な様子で、突然の訃報を聞いたときは本当に驚きましたよ」

 五十嵐さんが亡くなったことで、中村は当然ながら憔悴しきっているようだ。

ゴミをまとめる場所がわからない

5月3日には雅俊さんが泣きながら、うちに挨拶にいらっしゃったんです。急な出来事で混乱しているようにも見えました。数年前のお正月には、雅俊さんに“今日だったらゴミを出せるよ”と声をかけてあげたことがあったんです。すると、“家の中でゴミをまとめている場所がわからない”と言っていて……。雅俊さんはこれまで家のことは全部、五十嵐さんに任せていたみたいで、これからが大変だと思いますよ」(近所に住む女性)

 夫婦を襲った突然の別れ。来年は金婚式を迎えるはずだった。

 ふたりが出会ったのは1975年。中村が出演していたドラマ『俺たちの勲章』(日本テレビ系)に五十嵐さんがゲスト出演したことがきっかけだった。

1977年2月、赤坂プリンスホテルで結婚式を挙げた中村雅俊と五十嵐淳子さん

ふたりは楽屋で挨拶を交わし、五十嵐さんがその場から立ち去ると、中村さんは“え~かわいい”と一目惚れしたようで、大はしゃぎしていたんです。1976年には、映画『凍河』でふたりは恋人役を演じました」(前出・テレビ局関係者、以下同)

『俺たちの勲章』は、中村と松田優作さんによるダブル主演ドラマだった。

五十嵐さんに好意をもったのは中村さんだけじゃなかったとか。当時は五十嵐さんを巡って、中村さんと優作さんがライバル関係になったと報じられました。1977年に中村さんと五十嵐さんは結婚しましたが、ふたりは人気が上り調子の時期。中村さんは26歳、五十嵐さんは24歳と若かったこともあり、周囲の反対を押し切っての結婚だったんです」

 結婚後は1男3女の子宝に恵まれ、五十嵐さんは一時、芸能界から離れることに。

「主婦として家庭を支えていましたが、1988年にフジテレビ系で放送された『教師びんびん物語』に出演して、女優業に復帰。1999年には、昔からの夢だったという生花店を東京の原宿にあるビルの1階にオープンさせました

 五十嵐さんは店の開業までに、1年もの歳月を費やした。

女優で、生花店と喫茶店のオーナー

「フラワーアレンジメントのスクールに通ったんです。生花市場やいろんな花屋さんに足を運び、流通システムの勉強もしたそうです。同じビルの2階にはお客さんがゆっくりくつろげるよう喫茶店もオープンしました。ケーキなどを取りそろえており、時には中村さんも顔を見せていたようです」

 五十嵐さんは女優であり、生花店と喫茶店のオーナーであり、家族を支える主婦としても奔走していた。なぜ、それほどまでに奮闘し、挑戦できたのか。

「五十嵐さんは、自分のことを“とても欲張りな人間”だと言っていました。子どもはたくさん欲しいし、仕事にも取り組みたい。さらに、良き妻でもありたいと強く願っていたんです。

 料理も得意で、レパートリーは60種類以上あったんだとか。五十嵐さんから何が食べたいか聞かれたら、すぐに答えられるように、中村さんは料理名をメモしていたといいます」(スポーツ紙記者、以下同)

1992年、フジテレビドラマ『誰かが彼女を愛してる』制作会見に出席した五十嵐淳子さん

 五十嵐さんは、中村が自宅にいるときは仕事のことは考えずにリラックスしてほしいと願っていた。

「自宅で台本を読んでいても、中村さんが帰宅すると、それまで読んでいた台本を隠して、中村さんを迎え、夕食の準備に集中するようにしたそうです」

 そんな絵に描いたような良妻賢母の五十嵐さんに惚れ込んでいた中村。ふたりで一緒に過ごすことが多かった。

中村さんは暇さえあれば、五十嵐さんの後ろにくっついて歩いたんだとか。買い物について行くし、五十嵐さんが雑誌の撮影があったときにはメイク道具を持ってスタジオに付き添ったこともあったそうです。結婚記念日も大事にしており、中村さんから五十嵐さんへ感謝を込めた花束を贈ることが夫婦のお決まりになっていました

妻の他界から10日後にステージへ

 2004年、銀婚式を迎えたおしどり夫婦が選ばれる「JAL銀婚旅行ベストカップル2004」に選出されたふたり。世間に理想の夫婦であることを改めて知らしめた。

 一方、五十嵐さんの支えもあって、これまでずっと芸能界の第一線で活躍してきた中村。

「放送開始から50周年を迎える日テレのドラマシリーズ『俺たちの旅』が映画化され、1月から全国で公開されています。当時の若者を中心に圧倒的な人気だった青春群像劇が、タイトルを『五十年目の俺たちの旅』と一新しました。中村さんは主演だけでなく、初めて監督も担当しているんです」(前出・テレビ局関係者)

 中村は愛する伴侶が突然いなくなっても、予定されている仕事は行うという。

「俳優業だけでなく、歌手としても活動を行っています。現在は2026年のコンサートツアーの真っ最中です。5月9日には、五十嵐さんが亡くなって10日ほどしかたっていないものの、中村さんは予定どおりコンサートを行いました」(音楽誌ライター)

 1974年にリリースされた中村のデビュー曲『ふれあい』には《ひとはみな一人では生きてゆけない》という歌詞がある。それでも、中村の“旅”は続く─。