人生100年時代。「とにかく健康でいれば老後も安心」。そんな思い込みが、実は将来を不安定にすることがある。
そう語るのは、82歳の今も現役で診察に立つ医師・中野義澄先生だ。神経内科専門医として長年診療にあたり、さらに約20年にわたり介護付き老人ホームを経営してきた中野先生。多くの高齢者の人生に寄り添ってきたからこそ、見えてきたことがあるという。
健康だけじゃ足りない! 老後を幸せにする秘訣
「健康や経済的なゆとりがあっても、気持ちが晴れなかったり、後悔を抱えて過ごしている方は少なくありません。心身ともに幸せな老後のためには、健康に加えて“人間関係”“生きがい”“終のすみか”を整えることが重要なカギになると実感しています」(中野先生、以下同)
では、その4つにどう備えていけばよいのか。今日からできる一歩を、一つずつ見ていこう。
まず、幸せな老後のための「健康」を手に入れるにはどうすればいいのか。健康診断を受けていても、問題はそのあとにあるという。
「女性は不調を我慢してしまう人も多く、異常値が出ても『まあ大丈夫だろう』と放置してしまう方が多いんです。検査後にきちんと治療をしないと、何にもなりません」
コレステロール値、高血圧、血糖値は自覚症状が乏しく放置されやすいが、進行すると、心筋梗塞や脳梗塞といった重大な病気につながるリスクがある。また、貧血の急な悪化などには、消化器系のがんが潜むケースも少なくないという。
「薬に抵抗がある人もいますが、必要と言われたら早めに服用するほうがメリットが大きい。健康管理について気軽に相談できるかかりつけ医を持つことも、安心できる健康を手に入れるための最大の備えです」
こじれた人間関係が介護や医療の質を下げる
2つ目のカギは人間関係だ。
「身近な人とのつながりが安定している人ほど、穏やかな老後を過ごせています」
パートナーや親子関係のこじれが原因で、経済的に余裕があっても、心から安心できる介護や医療を受けられなかった高齢者の姿も見てきたという。
「人間関係は、相手が変わってくれるのを待っていても始まりません。日常の声かけや感謝のひと言、思いやり。その積み重ねが老後を支える人間関係の資産になると考えてほしいですね」
老後に失われやすいものの代表が「生きがい」だ。退職後など、人から必要とされる機会が減り、生活の張りをなくしてしまう人は多い。外出が減って、認知症に進むケースもある。
「好きで続けられるなら、仕事をそのまま生きがいにしてもいいでしょう。でも、仕事にこだわる必要はないと思います。地域の自治体や趣味のサークルなど、誰かとつながって必要とされる場があれば、それも生きがいになってくるはずです」
生きがいを見つけやすい人の共通点は「自分から動けるかどうか」。積極的な人は、生きがいづくりが上手だという。
最後のカギとなるのは「終のすみか」。「最期まで自宅で」と望む人は多いが、夫婦どちらかが病気になれば老老介護になり、いずれは限界を迎える。「子どもと住む」選択肢も、子世帯側の事情を考えると当てにしすぎるのは危険だという。
「高齢者施設は介護が必要になってから探しても、納得のいく施設が見つからないことが多いので、元気なうちから情報収集をしておくことが肝心です」
自立できるうちは「シニア向けマンション」、介護が必要になったら「介護付き有料老人ホーム」などと、2段階で考えておくのが賢明だ。
「50代から少しずつ備えておけば、本当に幸せな老後生活が送りやすくなります」
未来の安心のために、今からできることを始めたい。
中野先生が心がけている日々の習慣
1. 年齢を言い訳にしない
「年齢を理由に何かを諦めたくはないですね。昔から、全国の祭りに出かけて写真を撮るのが好きなのですが、体力に合わせて無理せず工夫しながら続けています」
2. 生活リズムを変えない
「朝は5時半から6時に起き、夜は11時に寝る。この生活リズムは若いころからほとんど変えていません。毎日同じペースで動くことが、体調を安定させる秘訣です」
3. 楽しい計画を立てる
「夫婦での旅行や、子どもや孫との食事など、楽しい計画は自分から立てています。先に楽しみがあると、日々の生活にも自然と張りが出ますね。妻との時間は特に大切にしており、休日はなるべく妻の予定に合わせて行動するようにしています」
幸せな老後を過ごすための4つのポイント
どれか一つに重点を置くのではなく、この4つをバランスよく考えて老後に備えることが大切だ。
健康
年齢相応の体力と健康を保てていることは、幸せな老後の大きな土台になる。そのためには、若いうちから健康診断で指摘された異常値にしっかり対応し、必要であれば薬も早めに取り入れる姿勢を持ちたい。「健康管理のパートナー」として、健康の悩みを気軽に相談できる、かかりつけ医を近くに探しておくことも大事。
人間関係
老後の満足度を大きく左右するのが、家族や身近な人との関係。特に親子関係や夫婦関係がこじれていると、自分が望む介護や医療の選択ができないこともある。「子どもは親の面倒を見るべき」「夫婦ならこうあるべき」といった固定観念を手放し、自分から歩み寄る姿勢が大切。日々の会話の積み重ねが、老後を支える大切な人間関係の資産に。
生きがい
老後は、退職などで人から必要とされる機会が一気に減り、意欲を失いやすい。生きがいの核心は自分の役割を持ち続けること。仕事でも地域活動でも、誰かの役に立つ場があれば心の活力が生まれる。大切なのは自ら動く姿勢。趣味のサークルに参加したり、地域の役員を務めるなど、小さな一歩から、生きがいづくりを始めてみよう。
終のすみか
「最期を自宅で迎える」のは理想だが、現実は想像以上に難しいもの。介護が必要になってから施設を探すと選択肢が限られ、後悔につながりやすい。元気に動ける時期の住まいと、介護が必要になった時期の住まいを2段階で考えておくと安心だ。老人ホームなどの条件や費用は、早めに何か所かから情報収集をしておきたい。
取材・文/田島えり子
