《両殿下は、富山県氷見市の市長や山梨県丹波山村の村長から、地域の現状や隊員の活動状況などについて、説明を受けられました。続いて、地域おこし協力隊員、元隊員一人一人から、地域の方々とともに農業や学習支援、商品開発、地域の活気づくりや情報発信などに携わっている様子について、お話をお聞きになりました。
また、氷見市長に令和6年能登半島地震の被害を受けた氷見市へのお見舞いのお気持ちを伝えられたほか、隊員にはそれぞれの活動の内容についてご質問になり、和やかにご歓談になりました》
地域おこし協力隊員らとオンラインで交流した秋篠宮ご夫妻
佳子さまの両親である秋篠宮ご夫妻は3月24日、東京・元赤坂の秋篠宮邸で、富山県氷見市と山梨県丹波山村の地域おこし協力隊員らとオンラインで交流した。宮内庁のホームページでは、冒頭のように協力隊員らとの懇談の様子が、写真とともに紹介されている。
以前からご夫妻は、地域おこし協力隊の活動に関心を持ち、総務省から協力隊の活動について説明を受けるとともに、2021年、'22年、そして'24年に地域おこし協力隊員らとオンラインで交流を深めている。
地域おこし協力隊の活動は、'09年度に始まった。協力隊員は都市部から過疎地域などに移住し、地域ブランドや地場産品の開発や販売、農林水産業や住民支援など地域の振興に取り組んでいる。
「本日、国立看護大学校が開校して25周年をお迎えになりましたことをお慶び申し上げます。(略)25年前の今日、ここで開校を共にお祝いしましたことを思い起こしております。看護を取り巻く環境が大きく変化するなか、国立看護大学校は、豊かな人間性と高度な実践能力を併せ持つ看護人材の養成に取り組まれ、2100名を超える看護師、助産師を送り出してこられました。(略)
これまで看護職の皆さまは、自然災害の発生時やCOVID-19の感染拡大時など、大変厳しい環境の下でも医療の現場を支えてこられました。今後も大学校では、災害や感染症への対応をはじめ、より高度な専門性のニーズにも応える教育と研究が進められるよう期待しております」
紀子さまは4月9日、東京都清瀬市にある国立看護大学校を訪れ、同校25周年記念式典に出席した。そして新入生らを前に、このように挨拶している。看護大学校は'01年、国立高度専門医療研究センターの看護職養成のために設立されたもので、紀子さまは挨拶にもあるように、開校記念式典にも出席している。
また今年3月、同大学校を私的に訪れ、聴覚障害のある患者とコミュニケーションをとるために手話を学ぶ学生らと交流した。さらに、図書館でナイチンゲールが著した『看護覚え書』の初版本を見たり、看護学の歴史などを学んだという。
国立看護大学校のある清瀬市は東京都の西部に位置し、結核予防会総裁を務める紀子さまにとって、ゆかりの深い場所でもある。1931年10月、市内に結核専門の「東京府立清瀬病院」が開設され、それ以降、周辺に次々と結核療養所などが建てられたからである。
現在、結核は薬や高度な外科手術で治る病気となったが、それまでは、きれいな空気の中で安静にし、栄養をとって体力をつけるという療養重視の時代が長く続いた。また、結核の死亡率は高く、「不治の病」と恐れられてもいた。
以前、この連載でも触れたが紀子さまは'24年4月に同市を訪れ、清瀬市郷土博物館で、清瀬病院の跡地から出土した医療器具や患者が使用した歯ブラシなどの日用品を見学したり、中央公園にある清瀬病院記念碑を視察している。
このときは2時間以上かけて、清瀬に残る結核の足跡をじっくりたどったが、紀子さまは、「たくさんの学びがありました」との感想を残している。
「ええ、とても元気そうな」
「元気そうな、いい赤ちゃんでした」
佳子さま誕生に眞子さんは
1994年12月29日、皇居内の宮内庁病院で佳子さまは生まれた。この日の夕方、秋篠宮さまと長女の小室眞子さん、上皇ご夫妻と長女の黒田清子さん(当時は紀宮さま)が相次いで宮内庁病院を訪れ、紀子さまを見舞っている。病院を出る上皇ご夫妻と清子さんを、秋篠宮さまと眞子さんが見送った。
当時3歳の眞子さんは、妹が生まれ姉となったのがとてもうれしかったのか、病院内から飛び出してきた。その後も、1人で玄関ポーチをバタバタと音を立てて歩き回るなど、少しもじっとしてはいない。「陛下、おめでとうございます」。記者がこのように声をかけると「どうもありがとう」と上皇さまは答えた。さらに、「赤ちゃんのご印象はいかがですか」との記者からの質問に、上皇さまと上皇后さまが前述したように笑顔で答えている。
「眞子ちゃんに似ていますか?」と、記者から聞かれた上皇后さまは、とっさに眞子さんを目で追いかけるが、彼女はそばにおらず、跳び回りながら車のところに行ってしまった。瞬間、記者たちから笑い声が起き、上皇ご夫妻も笑顔を見せた。
上皇ご夫妻と清子さんは同じ車で病院を後にしたが、眞子さんは「バイバイ」「バイバイ」と、小さな手をさかんに振りながら車が見えなくなるまで見送っていた。
早いもので今年の4月30日、佳子さまの祖父である上皇さまが退位して丸7年を迎えた。2019年のこの日、皇居・宮殿で行われた国の退位儀式「退位礼正殿の儀」で上皇さまは、
「即位から30年、これまでの天皇としての務めを、国民への深い信頼と敬愛をもって行い得たことは幸せなことでした」
などとお言葉を述べた。
また、上皇さまは天皇陛下としての最後の誕生日を迎える前に行われた、2018年12月の記者会見では、「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵しています」と、語っている。アメリカとイスラエルによるイラン攻撃など、戦火が世界に広がりつつある今、「令和」に生きる私たちにとっては、とても重い意味を持つ言葉だといえよう。
佳子さまは、成年を迎える前に行われた記者会見で、祖父母の上皇ご夫妻について、次のように話している。
「祖父母としての両陛下についてですが、お若かったころのご自身の経験などをよくお話ししてくださいます。日本をはじめ海外についての歴史や自然・文化などについてお話ししてくださることもあり、学ぶことが多いと感じております」
今でも、平成の天皇、皇后両陛下を懐かしく思い出す人は多いだろう。佳子さまも、忙しい公的な仕事の合間に上皇ご夫妻に会ってたくさんのことを学んでいただきたい。
<文/江森敬治>
