『女性芸人No1決定戦 THE W』で2024年、2025年と準優勝に輝く一方、私生活では'22年に第1子の長女を出産。しかし、自身は5歳と21歳のときに卵巣嚢腫で手術を経験し、卵子の数も少なく、妊娠の可能性はかなり低かったという。それでもキャリアと子どものどちらも諦めなかった彼女に、今までの道のりを聞いた。
出産の何倍もの痛みといわれている
「卵巣嚢腫で5歳のときに右の卵巣を、21歳のときに左の卵巣を手術しました。小さいころから病気を患っていたことで、自分にとって何が一番大切なのかを考える時間が長かったように思います」
そう話すのは『R―1ぐらんぷり』2年連続ファイナリスト、『女性芸人No1決定戦 THE W』2年連続準優勝と勢いに乗っている芸人の紺野ぶるまさん。紺野さんは5歳のときの症状をはっきりと覚えているという。
「夜中にお腹が痛くてもがき苦しんで、救急車で病院に運ばれたんです。エックス線検査で便がたまっているのがわかり、便秘と診断されて浣腸をして家に帰りました」
それから間もなく、紺野さんは再び腹痛に襲われた。
「大学病院で検査を受けたところ右の卵巣が腫れていることがわかり、卵巣嚢腫と診断されました。私の場合、卵巣がねじれる卵巣捻転という状態で、後から聞いたところによると出産の何倍もの痛みといわれているらしいです」
紺野さんは入院し、右の卵巣を可能な限り残せる手術を受け、小学校を卒業するまでは定期的に検査を受けていたそうだ。
「中1のころに受けた検査で病院の先生に『とりあえず大丈夫』と言われたんです。だから、『もう定期検査は必要ないのかな』と思い、中2からは定期検査を受けなくなりました。実際、中学ではバドミントン部で都大会でベスト8に入ったりと、すごく元気でした。
部活中に時々、お腹が痛くなることがあったのですが、少し休むと治るのであまり気にしていませんでした」
紺野さんの身体に異変が生じたのは21歳のときだった。
「いつの間にかお腹がふくらんで硬くなっていたんです。婦人科での内診のとき、先生に『うわっ、めっちゃ嚢腫じゃん』『でかすぎて右か左かわからないよ』『早く大学病院で治療受けないと危ないよ』『破裂したら危険だよ』といったことを次々と言われました」
すぐに大学病院に入院して手術を受け、その際に嚢腫の大きさが判明した。
「左の卵巣嚢腫で、大きさは21cmでした。嚢腫は1年に1~2cm程度しか大きくならないそうなんです。13歳で定期検査に行かなくなって8年がたっていて、その間に大きくなっていたんですよね。手術では左の卵巣を最大限残してもらえましたし、病気のショックよりも、お腹が大きくなった原因がわかった安心感のほうが大きかったです」
医師のすすめで、紺野さんは低用量ピルを服用するようになった。
「卵子は生涯で数が決まっていて、私の場合は卵巣を削った分、少なくなったんですね。だから、残り少ない卵子を取っておくためにピルを飲むことになりました」
病院を出た直後に泣いた
紺野さんは子どもが好きで、いずれは子どもを授かりたいと思っていたという。
「卵巣嚢腫の手術によって将来の可能性が狭まり、傷ついたのは確かです。ピルを飲むようにと処方され、自分なりに情報を調べました。ピルと相性の悪いタバコは絶対に吸いませんでしたし、定期検査にも必ず行くようになりました。そうしてできることを積み重ねていくことで希望を感じていました」
それでも、時折、心が折れそうになることがあった。
「私の卵巣は微弱だけれど2つある、ということに希望を持っていたんです。それだけに、定期検査で右の卵巣がほとんど機能していないと言われたときにはとても落ち込み、病院を出た直後に泣きました」
紺野さんは2019年に31歳で結婚している。
「居酒屋でナンパされて、怪しい人ではないことを確認したくて保険証を見せてもらいました。彼は社会保険に加入している会社員で、私よりもよっぽどまともな人だなぁと思いました」
知り合ってすぐに自身の卵巣の事情を伝えたという。
「私が、酔っ払って傍若無人に振る舞ったり、感情をあらわにしても咎めることもなく、彼はいつも落ち着いた様子で。そんな包容力のある彼だからこそ、気軽に話せたのだと思います。『何か僕にできることはある?』と優しく受け止めてくれました」
同棲をした後に結婚し、紺野さんは先輩から妊活に関するアドバイスをもらった。
「『子どもを持つことを考えているなら、早めにお互いの機能を調べたほうがいい』と言われたんです。卵子の数がわかる検査をしてもらったところ、結果は0.028という数値でした。一般的な同年代の数値は5とか6だそうなので、私はその200分の1程度しか卵子がないということなんです」
紺野さんは卵子の数から子どもを持つことは難しいと思い、自分から病院で夫に別れを告げたという。
「検査は一番の課金先」
「夫はすごく優しい人で、『君が賞レースで決勝に進むときのことを思い出してごらん』と言ったんです。『普通の芸人さんは100個くらいネタを作ってそのうちの1個で決勝に行くけど、君は1個のネタで決勝に進めるんだから、数じゃないよ、質なんだよ』『君は卵子が1個あればいいんだよ』って」
夫の言葉どおり、その後、紺野さんは妊娠し無事に出産した。
「実は30歳のころから定期検査のたびに子宮頸がんの手前の軽度異形成を指摘されていて、あと少しで上皮がんというところまで進行していたんです。ただ、出産のときに悪い部分が剥がれることがあるとも聞いていました。出産後に調べたところ、子宮頸がんの兆候がなくなっていることがわかりました」
当初は出産後1か月で仕事に復帰する予定だった。
「夫にも両親にも『私が産むから育ててね』と話していたんです。でも、赤ちゃんがかわいすぎて、子育てと向き合うことが楽しみになりました」
大きな幸せを感じる一方で、今後の不安を抱えていたという。
「入院中、赤ちゃんが吐き戻しをしたときに『死んじゃう!』とパニックになったことが不安に苛まれたきっかけのような気がします。
ネタがうまく作れなくなって現場でスベったり、『女性芸人No1決定戦 THE W』の2回戦で落ちたりして、『親に子どもを預けて仕事をしているのに、誰も幸せにできていない』と落ち込みました。最近になってようやく、本来の自分が戻ってきたように思います」
自身の経験を踏まえ、紺野さんは検査の重要性を実感していると語る。
「検査は本当に大事なことで、一番の課金先だと思います。40歳を過ぎると乳がんや子宮頸がんは自治体の検診でも受けられますし、自分の健康を維持するためにも検査を怖がらず、検査をしないほうがリスクがあるかもしれない、とお伝えしたいです」
取材・文/熊谷あづさ
こんの・ぶるま お笑いタレント。東京都出身。下ネタなぞかけでブレイク。『女性芸人No.1決定戦 THE W』で2年連続準優勝。「紺野ぶるまのなにかをかけるライブ90分」が6月7日に開催予定。
