中華料理の「日高屋」など、関東を中心に470店舗以上を展開する株式会社ハイデイ日高。その創業者であり、現在も毎日出社する“現役”の会長が半生をつづった書籍を出版した。これまで合計して約8億円相当の株を社員に還元して注目された会長が改めて熱く語ったのはパートやアルバイトも含めた一緒に働く従業員たちへの向き合い方と、会社の最終目標だった─。
人を集めるのは永遠の課題
中華料理チェーン店「日高屋」などを展開する株式会社ハイデイ日高。同社の創業者であり、現在は会長を務める神田正さんが3月に『10人中6人に美味しいといわれたい』を出版。
'73年、当時の埼玉県大宮市にオープンした5坪程度のラーメン店「来々軒」から、現在の日高屋に拡大するまでを「週刊女性」に語った。
「実は私、どうしてもラーメン店をやりたかったわけではないんですよ。中学を卒業して何か商売をやりたいと思っていたんです。そんなときに友達から“ラーメン屋が出前持ちを募集しているよ”と聞いて働きだしたのが始まり。
もし、それが八百屋さんだったら八百屋になっていたかも。ただ、出前持ちではよく怒られて、3か月くらいで辞めようと思っていました。でも、辞めないでよかった。それに中卒ではなくて、高校や大学に行っていたら今の私はなかったと思います」
事業の拡大には数々の苦労があったと思うが、一番苦労したことはというと─。
「それは“人”ですね。人を集めるのは永遠の課題です。店を始めた当時は社会保険も充実していないですから。両親を早くに亡くした子どもたちがいる養護施設や、少年院に入った人の社会復帰を手助けしている保護司に人を紹介してもらったり。
そうやって、なんとか人を集めているうちにバブルがはじけて。すると少しずつ、うちの店で働きたいという人が集まってきました」
人を大事にしてきた神田さんだからこそ、従業員への“還元”は忘れない。'18年に保有していた当時約3億5000万円相当の株と、'23年には当時約4億5000万円相当の株を社員らに贈与した。
「'99年に株式公開したときは時価総額がかなり小さかったのが、今はかなり大きくなった。株価が膨れ上がるということは、創業者であり株を一番持っている私が恩恵を被ったということです。それを全部、還したという当たり前のことをやっただけ。
時価総額を上げてくれたのは従業員のみなさんですから。株を持っている創業者しかできないことですし、やってよかったと思います」
正社員のほかにも店舗では多くのパートやアルバイトの従業員が働く。その人たちへの感謝も忘れていない。
“フレンド社員感謝の会”の効果
「パートやアルバイト従業員のことを“フレンド社員”と呼んでおり、15年くらい前から“フレンド社員感謝の会”というのをやっています。毎年、フレンド社員の方々を300人ずつくらい、数回に分けて集まっていただいて。ホテルのパーティー会場でおいしいものを食べて、かくし芸をやったり、カラオケで歌ったり。
海外の方も多くて国際色が豊かです。これをやるようになってから、事情があって辞めるときに友達を紹介してくれたり、大学生がそのまま就職することが増えました。そういう効果があるので、やってよかったです」
人を大事にしながら会社を大きくさせてきたという神田さん。経営者としての“先見の明”は確かなものだった。書籍のタイトル『10人中6人に美味しいといわれたい』にあるように、味ではなく違うところに目をつけて成功を収めた。
「飲食店だと一番研究するのは味だと思うのですが、店がまだ1、2店舗のころ、味はあまり研究しなかったです。今でこそ味を研究する部署があって、しっかりやっていますが、それよりもどうしたら夜遅くまで営業できるか。
今は遅くまでやっている店が多いですが、当時は屋台くらいしかなかったんです。とにかく、いかに人を集めて夜遅くまで営業できるかにこだわりました」
この戦略がうまくいって大成功。駅前を中心に出店してきたが、そこにも時代の流れを読む力があった。
「今から50年以上前は車社会の到来で、店を出すなら駅前よりも郊外のほうがいいといわれていました。金融機関にお金を借りに行っても、大きな道路沿いに店を出せと言われましたが、それでも駅前にこだわりました。
当時、駅前には屋台が多かったのですが、警察の許可を取らずに営業している店も多かったので、いずれはなくなるだろうと。そこで駅前に店舗を出し続けました。そのうち屋台がなくなっていき、どの地域に店を出してもうまくいきました」
“駅前戦略”を当てた神田さん。成功のウラには別の理由もあったようで……。
みなさんに喜んでもらうのが会社の一番の目標
「日高屋は、ほかの中華料理店やラーメン店と比べてアルコールの売り上げの比率が非常に高いのです。日高屋ではお酒を飲めて食べられる。これは強いです。学者からは“食事かお酒のどっちかを中心にしたほうがいい、どっちつかずはダメ”と言われましたが、私はそう思わなかった。ちょっと飲めて食事もできる。
居酒屋にはお昼の時間帯はあまり人が来ないですが、日高屋には食事があるから来る。夜も軽く飲みに来る人がいる。それに、郊外だと車の運転ができなくなってしまうのでダメです。飲むと食べるが両方できるのが当たりました」
現在85歳で、会長となった今も毎日出社するなど、まだまだ“現役”。
「毎年20店舗ほど新規出店していますが、そのために従業員が出店候補地を探してくれます。いい場所があって、出店するかどうかは私が実際に現地に行って決めます。出店しても失敗すると1億円くらいの損失が出てしまう。失敗が続くと責任を感じて辞めていってしまう人がいるので、私が決めるようにしています。そうして今までやってきました」
部下に責任を取らせない体制で店舗数を拡大。関東地方の1都6県に日高屋グループ全体で472店舗を展開中。4月には日本海側初となる店舗を新潟県にオープンした。
「ゆくゆくは全国チェーンにしようと思っています。大宮から始まって、今は小田原まで広がっていますから、次は熱海、名古屋、大阪と。東北も福島や仙台。そうやって徐々に伸ばしていきたいです。まだまだ駆け出し。これからの勝負です。でも、今のビジネスモデルでしたら、どこに店を出しても売れると思っています」
そんな神田さんの最終的な目標はというと……。
「この会社の最終目標は、儲けることではないんです。利益が出ないと会社は存続できないから大事ではありますが、最終的な目標はやっぱり社員が幸せであること。
それと、もう一つありまして、初めての地域に出店すると近所の人が喜んでくれる。遅くまでやっていて、店の灯りがついているから街が明るくなったと。地元の警察からも明るいから治安がよくなったと言われます。
店を1軒出店すると、パートやアルバイトとかも入れて30人くらい採用することになりますから、雇用促進の意味でも社会貢献ができていると思います。そうやって、みなさんに喜んでもらうのが会社の一番の目標です」
一代で大手飲食チェーンを展開する企業を築いたが、まだまだ発展途上のようだ。
